第10話

「意識が戻って何よりだ」


優雅を崩さない見事さで急ぎ足に近付いて来て、安堵の表情を浮かべるルー。


「ありがとう。ごめんね、心配かけて」


 起き上がって礼を言う。

 態々、帝宮から訪ねてくれたルーに申し訳ない気持ちで一杯だ。


「起き上がって大丈夫か」


 心配そうにルーが言う。


「うん、大丈夫。……あのね、私、運動神経もそう優秀じゃないみたい。落ち込むなぁ。ダンスで相手の足を踏んだり、転んでしまうかもしれないよ。もう、前世と同じでダメダメだ。せめて恥ずかしくない所作でごまかさなきゃ」


 溜め息交じりにそう言うと


「私が相手ならば問題ない。足を踏まれぬようにするし、転ばせぬ」


 目を見開いた。


「踊ってくれるの?」


「無論だ」


 真剣にそれこそ当然の様に言うルー。

 優しさが胸に沁みる。

 申し訳なさが溢れてくる。


「ごめんね。迷惑ばかりかけて」


「私は気にしておらぬ」


「でも……」


「もう謝るな。そなたに伝えたい事もあるのだ」


 強い光を放つ瞳に思わず黙る。



 何度か逡巡しながら、彼が言った言葉は驚愕だった。



 私は、魔力は無いが異能力があるという。


 それは、【無効化】


 無効化は魔力や魔法、魔素や異能力といったモノにしか効かない。


 剣で切り付けられたり、直接殴られたりといった物理攻撃は防げない。


 魔法も全て防げる訳ではないし、私には魔力が無い。


 よって、シールドとかを張れないから、弓等の直接物理で攻撃されたら終わり。


 常に自分や誰かがいるとは限らないから、危険な目に遭って欲しくないと、黙っていた。


 だが、自分が足手纏いだと思った私は無理をする。

 見ていられないから話した。


 私は危険に突っ込んで行きそうで怖い。


 そう諦めたように目線を曇らせ締めくくった。





 異能力、か……まるで自覚はないのだけれど。

 これは、誰かの役に立てるという事なのだろうか。

 使い方次第だろうけれど。



 それに、ルーに多大な心配を掛けているという事が解った。

 どうしたら良いのだろう。



 私はきっと、また無茶も色々としてしまうだろう。

 誰かが傷つけられそうになったら飛び出すだろうし。

 それは私を大事に思っている人達を傷つける行為なのかもしれない。



 そうだと、解っていても、私は……





 考え込んでいると、無表情だけれど、どこか思い詰めたような雰囲気のルーが話しかけてきた。


「エルザの心は読まないようにしている」


 ルーが唐突にそう言うから


「何故?」


 と当然問えば


「嫌だろう」


 そう返された。

 それもとても深刻そうに。


「確かにちょっとは嫌だけれど、読まないようにするのが大変なら別に読まれても構わないよ。大して難しい事は考えていないから、呆れて読む気を失うかもしれないけれど」


 笑って話した。

 私、本当に大したこと考えていないからなぁ。

 明日のご飯は何かなとかそんな感じだし。


 彼は瞳を零さんばかりに見開いている。


「何故平気なのだ。皆、心を読まれれるのを恐れるはずだ」


「だって貴方に特別隠したい事もないし。一番隠しておきたい前世の事ももう知っているじゃない。だから、今更隠すべきことが思いつかないの。私って単純なのよ」


 正直に微笑んで返した。

 ルーはしばらく、思わず見惚れる綺麗な瞳を伏せ考え込んでいたが、ぽつりぽつり、言葉が零れ落ちたように話し出す。


「どんなモノも全てわかる。神々が隠したか、神々しか知り得ない事でなければ。誰でも、例え植物や石だろうと、本人も知らない力や才能まで詳らかだ。魔力があろうがなかろうが関係なく干渉出来る。暗闇の中に放り出され、前後左右上下もわからぬ。誰でもおるのに誰もおらぬ。何でもわかるのに誰も自分を見ぬ。そこにいるのは自分独りだ。現在過去未来が同時にわかる。だからといって、この未来にどの現在が繋がるかはわからぬ。その中に放り出され、誰も彼も素通りする。誰も私を見ぬ。皆おるのに、誰もおらぬ」



 しばし考えて、答える。


「私は良く見えるって言ってたよね」


「ああ」


「なら私を目印にしたらいいよ。何処にいるのかわからなくなったら掴まったら良い。目印に掴まって周りを見たら、独りじゃなくなるかもしれない。それでも不安ならわたしが捕まえている。それなら迷わないでしょう?」


 360度暗闇って怖いよね。

 何かに捕まっていたら、少しは安心するかもしれない。



「何故、捕まえていてくれるのだ」


 心底不思議そうに彼が訊く。


「だって始めに捕まえてくれたのは貴方だから。前世がわかる事が不安で、魔力無しで困っていた私に色々教えてくれて、そのおかげでこの世界に居て良いって言われたみたいで嬉しかったから。だからそのお礼。思いっきり掴んでも大丈夫なように、鍛えるからね」


「どうやって鍛えるのだ」


 真剣な顔でそんな事を言う。


「……今から考える!」


 うん、せめてルーが掴んでも良いように身体を鍛えなきゃいけないなぁ。

 がんばろう! そんな事を考えていたら、ルーの顔を見て驚いた。

 


 彼が満面の笑みを浮かべていたからだ。 

 ルーの笑顔って初めて見たかも! 密かに興奮していたら、彼が思わず縋り付くような感じで抱きついて来て、私の存在を確かめるように首筋に顔を埋めた。



 私はまたまたびっくりする。


「早速道に迷ったの?」


「――――ああ」


 やれやれ仕方がないな。

 彼の背をとんとんと叩く。

 宥めるように


「掴むのではなかったか」


「だってこの方が落ち着くかなと」


「――――好きにしろ。エルザの事は必ず守る。約束する」


 とても神聖で尊い者に言い募る様な声で、彼は厳かに誓いを宣言した。


「約束されても返すものが何も無いよ」


 そう、ありがたいけれど、本当に何も返せるものが無いのだ。


「たまに話を聞いてくれれば良い」


 ちょっと笑いながら耳元で言われた。


「そんな事で守ってもらったら申し訳ないのだけれど」


「気にするな」


「もう。なら何か返せるように考えておくね」


「そうか」


「気のない返事ね。それにしても、いつか道しるべがなくても歩けると良いね」



 私は自然と笑みを浮かべながら、心から彼の幸せを祈りつつそう言った。

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