第9話

 帝国の誕生は苦難の歴史だ。

 


 かつて、魔力の強い者達は全て奴隷だった。 


 数の多い魔力の弱い者達に扱き使われ、搾取され続けたのだ。


 人類にとって、彼等を隷属させるのは当然だった。


 それに耐えられず反旗を翻そうにも隷属の首輪がそれを許さず、反抗したというだけで、圧倒的な物量差で無残に一族ごと殺されるのだ。



 魔力は遺伝する。

 魔力の強い親からは決して弱い者は生まれない。 


 何より魔力の強い家系に生まれれば否応なしに奴隷である。



 ある時、圧倒的に魔力の強い者達が複数生まれた。 


 その中で最も魔力の強い者が考えたのだ。


 皆で反乱するのではなく、別の、誰も住んでいない場所に行こうと。



 最も魔力の強い者は、異能力である精神感応能力以上の力で、他の魔力の強い者達を選抜して呼びかけた。 


 そして皆が賛同し、一斉にその地域を離脱したのだ。


 劣化していた全ての隷属の首輪は、脱出する時に最も魔力の強い者が、他の者に魔力を付与して、壊した。




 様々な場所から皆を集め、海の反対側を目指して進んだ。 


 魔力の最も強い者は、大陸の端の国に生まれたので、人の居ない所となるとそうなった。



 彼らは生まれついての魔力はもとより、異能力も駆使し未知の土地を彷徨ったのだ。


 本来なら、耐えられるものではなかったろう。


 だが彼等は知っていた。


 過酷な労役に長いこと就いていたのだ。


 それ故、身体を丈夫にする術を知っていたし、疲れを癒す方法や傷を治す手段を心得ていた。



 数多の艱難辛苦に耐え抜いた先で、目の前に豊かな土地が広がっていたのだ。


 その時、彼らの心に語り掛けてくるものがいた。



 漆黒の赤い瞳のドラゴンが睥睨する。


「我等は神々より、この地を守護し、世界の魔素の均衡を保つ様任じられたもの。


 汝らを歓迎しよう。汝らはこの土地に適応せしものだ。

 ならば我らは汝らにこの地を与えよう。 

 

 我等の友となり、この地を共に守護し、世界の魔素の均衡を保つ様尽力するならば、我等は汝らに力を貸すと約束する。


 汝らが邪なものになリ果てぬ限り、我ら幻獣と妖精は汝らと誓約を交わし共にこの地を守ろう」


 その声と共に目の前には見たこともない獣達や妖精が現れた。



 ここまで彼らを率いていた、最も魔力の強い者が最も力の強い幻獣と盟約を交わし、この地を治めたのだ。


 この地には、他の土地に出現する獣とは比べ物にならない程に強力な魔獣が出て大変苦労したが、それでも豊かな土地で様々な恩恵があった。


 それに強力な幻獣と誓約を交わせる者は、必然的に魔力が特に強い場合が多く、彼らが後に支配層である貴族となったのだ。


 幻獣は気に入れば一族と代々誓約を交わしたりするので、長く続く家は幻獣との繋がりが強いという。



 魔素の濃い土地である為、魔獣も強力だが、それに加えて、その魔獣が引き起こす魔素の滞る場所や汚染された土地を幻獣と共に整えるのも帝国の仕事。


 帝国の土地は魔素が通常よりも濃いため、帝国人以外の者は長期間滞在できず、体調を壊す。

 無理して居ると死んでしまう。


 魔力が高ければ多少は耐えられるらしい。 


 帝国製の魔導具で魔素を防止しなければ滞在できないという。


 その為この地は人間の住む場所ではなく、魔族の住む地と帝国の友好国以外の人類に言われてしまう原因。



 帝国人は、普通二か国ある友好国以外の帝国の外には行かない。


 帝国の外側は友好国以外は帝国人が迫害されるから。


 帝国の人間は友好国以外の他の人類から恐れられている。

 魔族と呼ばれ、蔑まれるのだ。







 帝国の成り立ちを、何故か家庭教師に教えてもらった教科書の挿絵と共に夢に見て思い出していた。

 自主勉強でも興味があって見ていたからかな。



 ああ、そうだった。

 帝国人は未だにそれ以外の人々を恐れているのだ。

 故にこう思っている。

 力が無くてはまた隷属させられる。

 だから、何にも勝る力がいるのだと。

 そして助けてくれた幻獣や妖精達の力になりたい。

 その為には力がいる。

 そう思っているのだ。

 それで、私も足手纏いにはなりたくないと思った。

 あと大切な人達の力になりたいとも。



 この世界に転生して思った、他の国と揉めていないと良いなという願いは見事に打ち砕かれた。

 二か国を除いて、世界中が敵とか難易度高すぎないか。

 アールヴヘイム王国とレムリア王国以外は国交断絶、民間レベルでも交流は皆無。

 友好国以外はアンドラング帝国人と分かったら、即、抹殺対象とか怖すぎる。

 思わず頭を抱えたものだ。



 だから少しでもこの国の為に成りたいなと思っていた。

 それで、アンドラング帝国人は帝国の成り立ちから、自分達を【幻獣と妖精の同盟者】と称すると聞いたから、幻獣と誓約を交わす事が出来るように、せめて身体を鍛えようと思ったのだが……





 夏に汗だくになって、シャワーを浴びて、冷房ガンガンにつけて涼んでいたらうっかり寝ちゃって風邪引いた、とは違うな。

 そんなとりとめもない事を思いながら、熱で回らない頭で考える。



 私、前世ではお母さん程ではないにしろ、すぐに体調崩したからなぁ。

 無理をすればあっという間に熱が出たり、お腹壊すか吐いたりはざらだったからね。



 今世もお母様は身体が弱かったみたいだから、私もまた、身体そんなに丈夫じゃないのかな……

 その上魔力無しだから、余計に弱いのかも……





 身体を鍛えたいという意見は直ぐに取り入れられた。



 何でも、戦闘技術は帝国人なら学のが必須だそう。

 いざという時に戦えないでは隷属させれれるか、殺されるかだから。

 幻獣や妖精の力になる為にも戦えるのが最低条件。



 そのため、貴族なら満十四歳になったら入学する帝立の魔法学校では、戦闘訓練はどの科でも盛り込まれているとか。

 もっとも、基礎教育学校でも戦闘訓練は必修で、高等教育学校では選択だが、皆が取るから必修も同然だという。



 更に、軍に入ったなら令獣や魔獣を狩るのは当たり前。

 演習でも狩るとか。

 只でさえ強い帝国の獣の中でも、特に強い令獣や魔獣なんてとんでもないものを狩らなければならないのだ。

 だから、貴族なら学校で学ぶ前に、狩りの仕方や獲物の捌き方を家庭教師が教えるという。



 実地で、泊まり込みを必要とする野宿で教える事も多いとか聞いたから、無理をしすぎた。

 基礎教育学校でも教える、至極当たり前の事だと聞いていたのも大きい。



 馬鹿な話だが、家庭教師の先生が付いてから必死で学んだ。

 それこそ、朝早くから夜遅くまで寝る間も惜しんでがんばった。

 自主的に家の図書室に通い詰めたのも不味かったみたいだ。

 大体私は体調が悪くなりやすいのは既に分かっていたのに……



 溜め息が出る。

 情けない。



 意識が戻ったら、心配そうなお父様と目が合って、申し訳なさで一杯になった。



 お父様はルーに言われたからか、自分が説明不足で私に辛い思いをさせたと心底申し訳なそうに、先日謝ってくれたのに。

 また私が無理をしたから、大丈夫なんだよ、無理しなくてもゆっくり覚えていけば良いと言い募ってくれて、自分の馬鹿さ加減が頭に来る。

 仕事で忙しいお父様に迷惑を掛けてしまった。



 医者の先生からは数日は安静にしている様にと言われた。

 アギロはアギロで治せなくてごめんねと枕元で頻りに謝っていて、申し訳なくていたたまれない。

 アデラも同じ様なもので、いたたまれなさが天元突破している。



 どうもアデラもアギロも私が魔力無しだから治せない様だ。

 普通の人なら治せるみたい。

 あと誓約を交わせば治せるのにみたいな事も言っているから、やっぱり魔力無しは大変なのだと実感する。

 それに今はお父様と誓約を交わしているから、アギロとは無理みたいだし。



 どうも魔力無しの病気や体調不良を幻獣や妖精は治せないらしい。

 怪我は治せるのだそうだ。



 アギロにアデラは私が意識を取り戻してからは、刺激しちゃ悪いと、散々謝ってから部屋を出ていった。





 せめて足手纏いには成らないようにと思ったのに、このざまである。

 まだ身体は五歳だったよね。

 それは熱出てぶっ倒れるわ。

 あまり身体は丈夫じゃないのだから、無理は禁物だった。



 継続は力なりだから、こうして寝ている間が勿体ないが、自業自得だし。

 無理しないで少しずつ毎日続けるのが大事だというのに……



 自己反省して落ち込んでいたら、コンコンと扉をノックされた。


「調子はどうだい? ルディアス殿下がいらしてるよ。お会い出来るかい?」


 お父様がそう言って入って来たから驚いた。


「大丈夫です。私はどれくらい寝ていたの?」


 温かい眼差しのお父様は、顎に手をあて


「昨日の昼に倒れたから、まる一日ってところかな。少し前に意識が戻ったから」


 まる一日寝ていたのか……

 ルーも心配して来てくれたのなら、会いたいな。



 そう伝えたら、お父様は苦笑いを残して退出して、焦った心配そうなルーが入って来た。

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