第6話

 見事に迷ってしまった……

 やっぱり広すぎだと思う。

 自分の家も人の事はいえないけれど。



 アデラも幻獣の友達に会いに行くと言って離れてしまったのも敗因だろう。

 仕様がない。

 全ては初めて行ったお屋敷で、伴も付けずにトイレに行った私が悪い。

 生理現象なのだから、もう諦めるしかないだろう。

 だが伴を付けるのを断ってしまったからこの事態だ。

 反省。



 友達の家って認識が不味いのだと思った。

 見ず知らずのお屋敷って思わなくてはだめだったという事だ。

 前世の感覚が中々抜けないなぁ。



 キョロキョロと辺りを見回しながら移動していると、子供と思われる声を聞いたから、皆探してくれているのかと声のした方へ向かった。



 どうやら庭の片隅らしい。

 近付いてみると、何やら様子がおかしいのに気が付いた。

 どうも不穏だ。

 更に近付いて目を凝らすと、一人の子供が他の複数の子供たちに暴力を受けていた。



「何をしているの! 止めなさい!!」


 後先考えず飛び出してしまった。

 やってしまった後悔は後でも出来る! 何もしなかった方が余計に後悔するに決まっているから。



 暴行を受けていた子供を私の小さな背に庇う。

 よく見てみると、私より大きな子供たちが三人、私と同い年くらいの一人の子供に暴力をふるっていたのだと分かった。



 彼らはこちらを見て固まっている。

 頭を振って一人が他の少年達の肩を揺さぶる。

 それからこちらを忌々しげに睨み付けた。


「何だよお前。関係ないだろ!それとも何か、良いカッコして、この家のお坊ちゃまに気に入られようって魂胆かよ」


「そうかもな。こんなガキを庇うなんて、何か企んでるんだろう」


「こんな奴をどうしたってこっちの勝手だろうに。馬鹿じゃないの」



 次々に言いだす子供たち。

 何だこの人達。

 まず思ったのはそんな事だった。

 表情にも出ていたかもしれない。

 

「私はただ、誰かが理不尽に傷つけられるのが我慢ならないだけよ」


 そう真面目に静かに言い切ったら、彼らは嘲笑して、こちらを囲むように陣取った。


「邪魔するなら、お前も同罪だぞ。俺たちに意見するとか何様だよ」


「あんまりウザいと魔法、撃っちゃうよ。お前、まだ使えないだろ!」


 何を言われても、引く気はない。

 彼らを見据え、睨み付けた。

 後ろの少年がこちらの服の裾を引く。



 強い視線で私を見て、首を振る。


「俺は平気だから。君が怪我してしまう」


 ボロボロなのに、将来は精悍なイケメンになりそうな片鱗を感じさせる子供に気遣われてしまった。

 でも、引かない。

 ここで引く位なら、そもそも庇わない。

 何より、彼らは頭に来る。

 そう決意を込めて、微笑む。


「否!」



 私たちの注意が彼等から逸れたのを見計らったのか、嘲笑う声が複数した。


「ああ、イラっとするなあ。二人の世界ってやつ? そんなに一緒にいたいなら、そうさせてやるよ!!」


「やっちゃえ、やっちゃえ!」


 そんな声がしたと思ったら、炎と風が襲ってきた。

 少年が恐怖と驚愕で固まっているのは判ったけれど。



 私は、動ける!



 凄まじい痛みと息苦しさが全身を包む。

 全身が痛くて痛くて、どこが痛いのかさえも分からない。

 喉が焼けるようだ。

 息も出来ない。

 それでも、少年の上からどかない。

 これは背中大火傷かもしれない。

 肺も無事かわからないなぁ。

 それでも少年を押し倒して庇う事が出来て満足だと、ある意味呑気にそんな事を考えていた。



『エルザ!!』


 アデラの声がしたと思ったら、息苦しさから解放される。

 何とか声のした方を向くと、真っ青な顔のアデラが慌てて飛んできた。



 アデラ、と声をかけようとしたした、瞬間、空間が何かとても強い力で圧し潰され、軋む音を聞いたのだ。



 何事かと辺りを見回すと、ルー達が来ていた。

 そのルーが問題のようだ。



 真紅の瞳を見開いて、硬直している。

 何か、爆発直前の危険な兆候に思えて仕方がない。



 裏付けるように、ルーから漏れ出る力が凄まじい。

 その事に危険を感じた。

 このままでは彼らがただではすまない。

 あんな人達の事で、ルーに手を汚して欲しくなどないのだ。

 また私の所為で誰かの手が血に濡れるのは絶対に嫌!



 痛む喉を意志の力で捻じ伏せて、必死に彼の名を呼ぶ。


「ルー!!」


 少しルーの力が弱まったようだ。

 あちこち痛んで、体を少しでも動かすだけで目に火花が飛び散る激痛が走る。

 とても動けなさそうな身体だが、無理を押し通して思いきって彼に飛び付く。


「私は大丈夫だから、落ち着いて!」


 そう何度も喉が苦しいのを我慢して、繰り返した。



 何度呼びかけただろうか。

 力の波動が収まっていく。

 どうやら何とか落ち着いてくれたような……



 頬に手を触れ、彼の顔を見つめた。

 もう大丈夫だろうか……?


「ルー?」


 赤い瞳が私に焦点を合わせてくれた。

 本当に良かったと胸を撫で下ろしたのだけれど……



 ふと気がついた。

 良い匂いがする。

 なんともいえない、蠱惑的な……

 けれど何処かで嗅いだことがある様な不思議とどうしようもなく懐かしい……



 バッと離れた。

 なんということだ。

 中毒になりそうな香りを撒き散らすとは、恐ろしい。

 身体から麻薬に似た成分を分泌するなんて……ルーって、怖い。



 ルーが落ち着いたからか、アデラが私の傷を治してくれた。


『ごめんね。側を離れて、ごめんね』


 ひたすらそう謝って一生懸命治そうと頑張っている。

 もしかして、私、相当不味い状態だったの?

 アデラに大丈夫だからと何度も繰り返したが、私が悪いの一点張りだ。



 確かに、腕や足は擦過傷だらけでズキズキ痛んだし、喉や背中はヒリヒリというよりビリビリって感じだったなと痛いながら息を吐く。

 あ、ルーの服、血でよごしてしまっている!

 謝らないと。



 アンドの家の執事さんや侍女さんたちが血相を変えて大慌てしている。

 皆険しい顔をしているし、大変な事態だと青くなった。



「どうしたのだ。何があった?」


 まだ怖い雰囲気を漂わせて、無表情なルーが私に上着を被せながら聞く。



 私は庇った少年が擦り傷だけで無事なのを確認してから、今までの経緯を話した。

 しかし私の身体が小さいから、あの男の子を完全には庇いきれなかったのは後悔する。





「よもや、筆頭大公爵家の令嬢に身勝手に乱暴狼藉を働いて、ただで済むとは思うまいな」


 絶対零度の声でそう告げるルー。

 アンドもフェルもエドでさえ表情が厳しい。



 相手が皇族であるルーだからか、私に魔法を撃った子供たちは顔を真っ青にしながら、しどろもどろになりながら訴えていた。



 要約すると、彼らはゾンデルスハウゼン大公爵家の分家の子供たちで、本家の子供と親しくなるために親に無理矢理送り込まれた。

 その不満を自分たち付きの少年にぶつけていたという。



 私の事を自分たちと同じように大公爵家に取り入るために来た子供だと思った。

 筆頭大公爵家の令嬢とは知らなかった、だ、そうだ。



 だからといって人を傷つけて良い理由にはならないと思うけれど。

 何とも自分勝手な物言いに心底びっくりする。



「呆れてものも言えんな」


「これが我が家の分家の子息とは……恥さらしが」


「はぁ……呆れ果てました。軽蔑しますよ」


「服装で判らなかったの? 観察力も無いわけだ。まあ、だからって許される訳ないけど」



 四人とも開いた口が塞がらないという感じだ。



 私が庇った少年は呆然としていたけれど、私を見ると心底申し訳なさそうに


「申し訳ありません。筆頭大公爵家のご令嬢にこの様な大怪我をさせてしまい、どう償って良いかわかりません」


 そう言って、何度も何度も頭を下げるから、


「私が勝手にした事よ。貴方は私に止めるように言ったじゃない。貴方は悪くないわ」


 そう言って精一杯微笑んだのだが、ルー達が溜め息を吐いた。

 訳が分からず、首を傾げていると、


「物好き」


 そうエドに言われてしまった……

 うん、自分でもそう思う。

 でも、後悔はないし、止めるつもりもない。

 自分より誰かが傷つく方が私は痛いのだ。

 こればっかりは性分だから、私は諦めている。



 ルーは一見落ち着いて見えるけれど、内心怒りが収まらないのかまだ力の片鱗が漏れている様な……


「――――ルー、私は大丈夫だよ。簡単に壊れたりしないからね!」


 何とかルーの怒りを解こうと、ルーの左手を両手で包んで精一杯微笑みながら伝えたら、何故か目を見開いたルーは、瞬時に硬直して凍り付いたように動かなくなってしまった。






 服がボロボロになってしまったから家に帰される事になったのだが、帰る前に服を汚してごめんとルーに謝ったら、氷結状態から解放されたらしいけれど、無表情ながら呆れ果てた感のある溜め息を吐かれたのである。

 何故だ。



 家でも大騒ぎだった。

 でも、火傷や怪我はアデラが治してくれたから大丈夫だと告げたら、ますます心配をかけてしまったのだ。

 皆さま、迷惑をかけて本当に申し訳ない。



 私は痛みにとても過敏だと思う。

 前世でもちょっとした怪我がとても痛くて痛くて大変だった。

 もしかして私、普通の人より軽い怪我でショック死するんじゃないかと思ったからなぁ。

 今世でもどうやら同じみたいだし、なるべく怪我はしないようにしないと。

 痛さで死ぬとか笑えない。



 お父様にも話がいっていて、


「エルザの行動は立派だけれど、無茶が過ぎる。私はエルザまで失いたくはないよ」


 そう切々と真面目な顔で訴えられ、返す言葉がなかった。

 本当にごめんなさい。






 後で聞いたが、処分として今回の事を引き起こした分家の子供達は、二度と本家であるゾンデルスハウゼン大公爵家には入らないよう誓約書を書かされたのだとか。

 皇子殿下を怒らせ、筆頭大公爵家の令嬢に大怪我を負わせ、自らの不満のはけ口に自分達より立場の弱い者に当たるという暴挙は許しがたい、という事らしい。



 親も監督不行き届きとして、彼らの家は分家の籍を抜かれるという。

 その上で子供は貴族籍を永久に抜かれ、帝宮への出入りも恒久的に禁止。

 親はいつ解かれるか分からない蟄居を申付けられたらしい。



 暴力を受けていた少年は、親もまとめてゾンデルスハウゼン大公爵家で面倒を見るという事になったという。

 代々分家に仕えていたのだから当然だとアンドも言っていた。



 良かったと一安心。

 アンドなら理不尽な扱いは絶対にしないだろうと厚い信頼があるから。

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