第4話

 今日は体調が良いから気分も良い、と思う。

 天気も良いから嬉しい。

 この身体はしょっちゅう体調を崩すからね。

 油断もできない。

 前世も結構そうだったから、違和感はあまりないのが救いかも。


 

 それにつけても思うのは、何故に皆は我が家に集まるのかなって、主たる皇子殿下が毎日のように来訪されるからか。

 私がまだ五歳にならないから、帝宮に行けないというのもあるのだろう。



 庭に面した一面が窓だから、そこから春の陽光が射し込んで室内はとても明るい。



 それにしても、ルーは何をしても絵になるなあ。

 紅茶をお飲みあそばすお姿は、さながら荘厳な宗教画のようだ。



 それはそうとしても、こんなに頻繁に来ていて、皆、勉強は大丈夫なのだろうかと心配になる。

 私の事が気がかりで、ひっきりなしに訪ねてくれているのはわかっているのだけれど。





 ――――春先に、お母様が亡くなった。

 最近、体調を崩す事が多いなと感じてていた頃、風邪を引いたと思ったらあっという間だった。



 容体が悪くなってからは、最高の医者でもあるという魔導師総長様自らが診て下さったが、もう生命力が尽きているとかで、手の施しようがない、と言われたのだ。



 葬儀は冷たい雨が静かに降る日だった。



 お母様のご両親、私にとって祖父母が駆け付けたのを昨日の事の様に思い出せる。

 王様と王妃様だから、本国では忙しいだろうに来て下さった。

 お母様の弟である叔父様は、流石に王太子まで国を空ける訳にはいかないと、泣く泣く残ったらしい。



 実際に私を見た祖父母はそれは優しい顔をして、母である娘の小さい頃に似ている、直に見ると面影があると涙目でおっしゃた。



 お父様とお父様の両親である祖父母は、こんなに早く死なせてしまうなんてと、申し訳ないとひたすらお母様のご両親に謝っていた。


 お母様のご両親は、


「頭を上げてくれ。娘は良く生きた。孫まで見せてもらった。こちらは感謝してもしきれない」


 と感謝の言葉しか言わない。



 話を聴いていると、お母様は元々身体がとても弱くて、妖精と誓約を交わせたとしても二十歳まで生きられないかもしれないと言われていたらしい。

 妖精も、身体が弱い、寿命が短い相手は誓約を交わしたがる事が少ないという。

 おそらく、妖精と誓約を交わす事も出来ないだろうと誰しも思っていたらしい。



 けれど、妖精の中でもとても高位に位置するアデラが誓約を交わしてくれたという。

 それだけで良いと母の両親である祖父母は思っていたらしい。

 子供は望めないだろう事はわかっていたから、ただ少しでも娘であるお母様が長生きしてくれる事を、家族も臣下も望んでいたのだと。



 そんなお母様が、お父様と出会い、恋に落ちた。

 幸いな事に、お父様もお母様を愛して、相思相愛になったのだ。



 お母様が、初めて我が儘を言ったらしい。

 それはお父様と結婚して、子供を産みたいというもの。



 それはお母様の寿命を縮める事にしかならない。

 お父様とお母様とでは寿命がそもそも違う。

 それでも、一生に一度の我が儘だ。

 許して欲しいと懇願されたらしい。

 許すしかなかったと振り返っておられた。

 娘に後悔させたくなかったから、だという。



 結婚しても中々子供は授からず、諦めていた頃、待望の赤ちゃんが出来た。

 それはもう、皆喜んだという。

 言葉にならないほど。

 だからその赤ちゃんは皆の宝物だという。



 故に、もう十分なのだと。

 娘の命が、子供を産んだら尽きる事はわかっていた。

 それでも三年も生きた。

 娘は子供と僅かとはいえ過ごす事が出来たのだ。

 これはお父様たちのお蔭だと。

 その上こんなに可愛らしい孫に会えた。

 だから感謝こそすれ、恨むなどない。



 そんな話が聞こえてきて、胸が一杯になった。

 嗚咽が思わず漏れる。

 散々泣いたけれど、まだ涙は出るらしい。



 今度こそ両親を大切にして、恩返しをしようと思っていたのに、何も出来ずに失ってしまった……

 そう思うと、悔しいやら悲しいやら複雑で、どう表現して良いか分からない。



 泣き続けている私に気がついたお父様は、いつまでも私を抱きしめてくれていた。

 その温かさにまた涙腺が決壊してしまう。



 お母様は幸せそうにいつも笑っていた。

 だが、私は本来生まれるはずだった赤ちゃんの器を奪ったのではないの……?

 私が娘で本当に良かったのだろうか……

 前世の記憶がある、普通とは違う子供でも……

 それに、本来お母様が産むはずだった子供の身体を奪ったのなら、なんて償ったらいいのだろう。

 もう、お母様にそれを訊く事も償う事も出来ないけれど――――





 お母様の葬儀の日を思い返していたら、涙がこぼれそうになった。


「俺の家で今、結晶花が咲いているんだ。見に来ないか?」


 そう言ったのは【アンドレアス・ゾンデルスハウゼン】。

 先代の大将軍の娘が母で宰相のゾンデルスハウゼン大公爵が父の男だ。

 焦げ茶色の髪に楝色の瞳で、私より三つ年上の、将来男前になりそうな顔立ちの少年だ。

 楝色とは薄い青紫色の事で、初夏の清々しさを感じる色である。

 意外と気遣い屋だから、私が泣きそうなのがわかったのかも。

 ごめんね、涙脆くて。


「ああ、貴方の家には百合型の結晶花がありましたか。今、見頃なんですか?」


 こちらも、私に優しい眼差しを向けてくるから、わかっていたのかも。

 心配ばかりかけて申し訳ない。

 彼は魔導師総長を務める事が多いケーフェルンブルク大公爵家の息子で【フェルディナント・ケーフェルンブルク】。

 菫色の髪に菫色の瞳で、二つ年上の中性的な柔和な顔立ちに優しい口調の美少年だ。


「良いんじゃないか。エルザも泣き止むだろうし」


 ズバリと言うのは、バーベンベルク公爵家の息子【エドヴァルド・バーベンベルク】。

 三つ年上の紫紺の瞳で烏羽色の髪、気まぐれで高級な猫みたいで、子供なのに色気のある美少年だ。

 紫紺色は紺色がかった暗めの紫色なのだが品があって綺麗だ。

 言っておくけれど、私はまだ泣いてないからね。



 この子供たちは、皇子であるルーに付き従っていて、ルーが我が家に来宅するようになってから一緒に来訪するようになった。

 三人とも特別な家の子供らしい。

 それで将来のルーの側近候補だという。



 そして揃いも揃ってまだ子供だというのに容姿がすこぶる整っている。

 将来は恐ろしい事になるのではないだろうか。

 やっぱり皆、紫の瞳だからかな。

 それでも一番凄まじいのはルーだけど。

 これは真紅の瞳だから、かな。



 容姿が整っている程、魔力が強力になるらしい。

 だから赤い瞳や紫の瞳を持つ存在は容姿が凄まじく整うのだとか。



 アンドとフェルは四大公爵家の子供で、エドは公爵家の中でも別格の家。

 四大公爵家は他の貴族とは一線を隠すとか。

 だから、宰相、大将軍、魔導師総長等という皇帝陛下の次に力のある役職は四大公爵家から選ばれるのが常。



 そうそう、親しくなったら名前から二文字か三文字取って呼ぶみたい。



 帝国では皇族、貴族以外に士爵がある。

 士爵というのは、貴族以外の大地主や他の国では豪族といわれる様な人達の事だという。

 騎士階級といっても良いらしい。

 これに平民で身分制度はなっている。

 つまり皇帝→皇族→四大公爵→貴族→士爵→平民となっているから、四大公爵家の権力は凄いらしい。

 


 帝国とお母様の実家であるアールヴヘイム王国とレムリア王国以外だと、王、王族、貴族、豪族、平民もしくは庶民、最後に奴隷の身分になるそうだ。

 アールヴヘイム王国とレムリア王国には奴隷はいないという。



 私の家は筆頭大公爵家だから、四大公爵家の筆頭なのだとか。

 もう一つの四大公爵家であるルードルシュタット大公爵家の子供は、男の子で私と同い年。

 第二皇子殿下の息子である皇子殿下の傍らにいる事が多いという。



 現在、その皇子殿下も含め、紫の瞳を持つ子供が八人もいる異常事態なのだと聞いた。

 四大公爵家では、私の家であるシュヴァルツブルク大公爵家を除くと、各家には最低一人ずついるという。



 大体、紫の瞳を持つ子供が生まれるのは数十年に二~三人ぐらいが普通らしい。



 赤い瞳を持つ子供が生まれると、大抵、それと前後して紫の瞳の子供が五~六人は生まれるという。

 その子供たちが成人に成るか成らないかで、大きな戦や強力な魔獣の出現があるというのが今までの経験則だとルーが教えてくれた。



 なら、私たちが大人になる位の時期に戦争や大変な戦いが起きるという事だろうか。





 思考に耽っていたら、


「エルザはどうしたいのだ?」


 ルーがそうたずねてきたから、疑問に思った事を聞いてみる。


「結晶花って何ですか?」


 ルーは淡々と


「植物で特別な結晶植物と呼ばれるものは、魔素を取り込み結晶化する。これを結晶花という。魔素を取り込みすぎても魔獣化することはない」


 成程。

 魔獣化って何だろう? 

 ルーにまた訊いてみる。


「魔獣化とは何でしょう?」


 ルーは思案顔で


「魔素を取り込み過ぎた命獣、令獣の事だ。ふむ、初めから説明するか。まず、幻獣と誓約を交わすということは、大気に満ちる魔素を自らの魔力とすることが出来る様になるということ。勿論、取り込める量は元々の魔力によって違う。魔素とは世界に満ちるものだ。生きとし生けるもの全てにとって魔素は命の源。精霊は魔素の塊だ。世界の全ては魔素がなければ存在出来ぬ。生まれつき幻獣、妖精、精霊、命獣、令獣、魔獣が取り込む事が出来、生きる源であり力の源でもある。命獣、令獣、魔獣はこれを結晶化させ魔石として余分な魔素を集めているのだ。幻獣や妖精、精霊達は魔素をいくら取り込んでも問題はない。勿論、強さによって取り込める量は決まっているが、取り込みすぎても魔獣化はせぬ。また、幻獣や妖精は任意で魔素を結晶化出来る。要は魔素から魔石等を創る事が出来るという事だ。取り込み過ぎると命獣、令獣は魔獣となり凶暴性が増すのだ。一般的に命獣は魔獣に成りにくい。限りなく無いと言って良いだろう。魔獣は他者を理由なく攻撃し殺戮する」


 ルーが説明してくれた。

 フェルが優しく笑って付け足す。


「人間と幻獣にしか魔力の源たる魔力源はないんです。精霊や幻獣や妖精、命獣は魔素を体内に取り込み貯蔵できるけれど、命獣と魔獣以外は結晶化しないと聞きます。精霊や幻獣、妖精が死んだら体内に貯蔵していた魔素は世界に還りますからね」


 アンドも真面目に教えてくれる。


「魔石や魔晶石にはそれぞれランクがある。下級、中級、上級、特級、最上級の5段階。魔晶石も同様だ。この五段階を更に細かく分けているが、これは今のところ良いだろう。魔結晶は最上級の魔晶石を更に魔法で融合させた物。作るのはとても難しい。魔力の内在量も凄まじく劣化しない。後は、魔法で錬金した魔導石や魔導晶石、魔導結晶がある。これも同じ5段階。それから、魔石のようになった花は主に装飾品用で、同じ5段階のランクがある。他にも色々あるが、今はこれ位覚えておけば大丈夫だろう」



 成程、またこの世界の知識が増えた。

 皆が色々気遣ってくれているのが分かるから、とても嬉しいし申し訳ない。



 しかし、彼等にも素の自分を見せているなと思う。

 言葉遣いとか貴族の令嬢としては雑な気がする。

 どうも頻繁に来てくれたから、警戒心が薄れたみたいだ。

 気をつけようと思うけれど、今更の感じも捨てきれない。

 身内意識が既に芽生えているから、変更は難しいし……



 そうして考え込んでいたら、ああ、アデラまで心配そうにこっちを見ている。



 答えるために、精一杯の笑顔と元気な声を出した。


「ルー様もフェルもアンドもありがとう。うん、結晶花、見てみたい!」

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