第3話

 アルブレクト殿下が戻って早々におっしゃった発言で、場が凍った。


「ふむ、ルディも気に入ったようだ。二人を婚約させるか」


 お父様が慌てながら青ざめつつ


「――――……お待ち下さい、殿下!  魔力検査も娘はまだです。早すぎます!! 」


 殿下は不思議そうに


「私は気にせぬが……」


「殿下が気になさらずとも、周りは違います!それに何より幻獣や妖精の件もあるのですから。色々揉めるのはご遠慮申し上げます!!!」


 解凍されてからひどく頭痛がしているらしい上真っ青なお父様と、冷静沈着っぽい見た目で、マイペースみたいな殿下……

 見てる分には面白いけれど、当事者だから、笑えない……

 でも嫌いにはなれない方だ。

 嫌悪感を感じなくて良かったと胸を撫で下ろす。



 それにしても、魔力検査や幻獣とか妖精が何故関わってくるのかな?

 魔力検査は何となくわかるけれど。

 


 疑問が顔に出ていたのか、アルブレクト殿下が説明して下さる。


「魔力を測らずに婚約をすると、魔力が違い過ぎる場合、様々な問題が出る。具体的には、魔力が高い方が低い方に文句を言って婚約破棄等だな。それから幻獣や妖精を得られなければ貴族ではいられぬ。幻獣や妖精と誓約を交わした者同士でなくば、子も出来辛い」


 よくわかったけれど、三歳児にぶっちゃけ過ぎな気がしないでもない。


 

 あぁお父様、頭を抱えてる。

 お母様はどうしましょうみたいに目を丸くして両手で口を隠しているし。


「付け加えるなら、貴族の婚約と結婚は皇帝陛下の許可がいる上、幻獣か妖精を得た者同士でなくば正式な結婚とはいえぬ。夫や妻の権利は無いな。貴族の跡継ぎならば、そのような選択をする者は失格だ。誰も相手にせぬ」


「そういう事を話のは、まだ早すぎます!」


 お父様は頭が痛そうにしながら口を挿む。


「そうか? 貴族の責務の教育は早い方が良いと思うがな。あの伯爵家のようになってからでは遅い。跡継ぎが義務も責任も放り出して平民の女と逃げたのだからな。貴族としては元より帝国国民としても問題が有りすぎる。何より貴族の義務の放棄は度しがたい!」


 憤懣やるかたない様子の殿下。


「確かに、あの暴挙は……」


 お父様も表情が厳しくなる。


「そうだろう? 帝国の歴史と現在の状況を考えれば、あり得ぬ裏切り行為だ」


 高貴なる者の責務ノブレス・オブリージュというものかな。



 後でお父様に聞こうと思っていたら、アルブレクト殿下が説明して下さったのが、次の事だ。



 その伯爵家の跡継ぎは、兵役を放棄した。

 帝国国民なら誰しも兵役に一度は就くものだから、信じられない行為なのだとか。

 それにもまして、貴族にとって兵役は義務。 

 十年間務めなければ爵位は継げないという。



 兵役は平民なら義務ではないが、それでも務めるのが一般的なのだとか。

 だから、責任ある貴族としてはあり得ない事であるらしい。



 大抵、平民とかは学校を卒業したら三年間軍に務めるという。

 一番下のランクとはいえ幻獣や妖精を得たら、最低六年間は軍に所属するのだとか。

 除隊後に様々な職業に就くという。



 だが幻獣や妖精を得たら、平時は軍以外の職業に就いていても、予備役としてたまに軍事訓練に参加しなくてはいけないらしい。

 勿論、軍に年齢的に除隊年齢に達するまでずっと務める人も存在する。

 いわゆる職業軍人というものだという。



 それにしても、兵役が義務とは貴族は大変なのだと身が引き締まる思いだ。





 その様な感じで、騒がしくありながらもためになる話をして下さったアルブレクト殿下とルーは、また来ると言ってお帰りになった。



「すまない。驚いたろう? 殿下は幼い頃、ほとんどベッドから出られなくて、私が良く伺っていたんだ。そのせいか私がいると気が緩んで仕舞われて、ちょっとぶっちゃけちゃうんだよ」


 ぶっちゃけって、お父様、言葉使いが色々不味いのではないでしょうか……



 私の表情に何かを感じたのか


「あ、殿下は普段あまり話さないんだよ。基本的に嘘をつけない方だから、沈黙を選んでしまわれるからね。まあ、幻獣や妖精は、性根が腐っている奴とか大法螺吹きみたいな奴等とは誓約を交わしたりしないんだけど。婚約とかの話は幻獣か妖精と誓約を交わしてからが普通だしね。エルザには早すぎるよ。結婚しなくても問題ないよ、うん」


 不安になった。

 選ばれなかったらどうしよう……っていうか結婚しないのは流石に不味いのでは? 

 跡継ぎをどうする気だろう……

 お母様がフォローのつもりか、安心させるように私に微笑みながら、


「だから幻獣や妖精と誓約を交わせない人は信用されないのよ。ああ、そうそう、一定以上の魔力が無いと誓約を交わせないのだけれど。ハインはしょうがないわね。年頃になったら諦めてもらいましょう」


 より詳しく説明してくれた。

 私の結婚はお母様の手腕にかかっている気がする。

 だが、不安が増加した。

 一定以下だったらどうしよう……まず、私の性根が腐っていたら目も当てられない。


「貴族なら魔力が基準以下っていう事はまずないさ。幻獣は、人語を理解し、人間の性質を見分ける力を有し、善人を守護し、悪人を罰するものと信仰されてる。エルザなら選んでもらえるよ。アギロもエルザは幻獣にとても好かれる性質だって言っていたし」


 お父様が顔色の悪くなったであろう、私を元気付けようとしているみたいで、大変嬉しく思っているけれど、余計に不安になったな、これは……

 アギロ、ありがとう。

 でも、お世辞って可能性はないのだろうか……



「ルディアス殿下は、もう妖精と誓約を交わされていらっしゃると伺いましたが、名前に妖精の名が入っていらっしゃらないような……」


 お母様が不思議そうに言う。



 え、もう妖精と誓約を交わしているの? 

 早いのではないでしょうか。

 それともこれが普通なの?


「ああ、ルディアス殿下は赤い瞳をお持ちな上、アウグストゥスを名乗ることを許された方だから、確実に強力な幻獣と誓約を交わされるだろうという事で、保留になっているようだよ」



 赤い瞳って特別なのかな。

 複数の幻獣や妖精と誓約を交わしたら、その度に名前が変わるという事? 

 それに誓約を交わすのも早いのではと不思議に思ったから聞いてみたら、色々教えてくれた。



 幻獣や妖精は二十歳未満じゃないと誓約を交わしたりしないという。

 普通は九歳からが一般的に誓約を交わす事ができる。

 勿論、それより早く誓約を交わすものもいるという。

 魔力が強いと妖精と幻獣の両方と誓約を交わしたり、複数の幻獣と誓約を交わすこともあるのだとか。



 帝国では妖精より幻獣と誓約を交わす人が圧倒的に多いらしい。

 お母様の生まれ故郷であるアールヴヘイム王国は妖精としか誓約を交わさないのだとか。



 この世界で魔力が強いという証は赤い瞳。

 次点で紫の瞳。



 これらは他と隔絶した魔力量を誇るという。

 赤い瞳と紫の瞳でも隔絶して魔力量が違うのだとか。

 強力な魔力を持つ者は大きな責任と義務が発生する。

 必然的に地位も高くなるらしい。

 人も幻獣も同様。



 魔力が強ければ、よほど性根に問題がない限り何らかの幻獣や妖精と誓約を交わす事ができるという。

 それも魔力が強ければ強いほど、強力な幻獣と誓約を交わす事が多いのだとか。



 この国では魔力が強いとそう問題のある人間は生まれないらしい。

 半端にないと問題のある人が生まれたりするが絶対とはいえないという。

 この国の人だと犯罪率はとても僅かだという話だ。



 皇族の場合、紫の瞳以上の魔力を持つと、全ての人間と魔力を持つもの全てが一斉に考えた事や思った事が解り、尚且つ、一瞬で処理し、干渉出来る異能を授かる事が特に多いとか。

 これは帝国皇帝の祖の異能であり、心が読めるという、いわゆる精神感応能力の強力版らしい。

 


 脳の処理速度と容量が違うのだとかで全ての人の心がわかるという。

 通常、軍に所属したり、国の要職にいると、魔結晶や魔晶石で脳の処理速度を上げている。

 それでも皇族に出た異能には敵わないのだとか。



 皇族でこの異能を授かった人だけが、【アウグストゥス】という名を名乗る事が許される。

 そして、この名を名乗れない者は皇帝にはなれない。

 古い言葉で、付けた人も正確には由来がわからない言葉だという。

 


 何故そんな言葉を始祖の皇帝が名前に付けたかというと、意味がとても大事だったのだそう。

 【尊厳者】という意味に、とても強い思いが込められているのだとか。




 帝国では赤や紫の瞳の子が産まれたら届け出なければならないという。

 だが届け出ると、皇族か有力貴族でなければ親から子供を引き離し、国が保護して、子供は専門的な教育を受けるのだとか。



 それに名前だが、十九歳になったら確定するけれど、それまでは流動的で、複数の幻獣や妖精と誓約を交わした場合等に備えているという。

 複数と誓約を交わしたら、最も強力な幻獣の名前が付けられるそうだ。

 皇族でも有力なルーみたいな場合、妖精だけな事はまずないし、皇族の名前がコロコロ変わるのは良くないとかで、今の状態。




 この国の常識が分かるのはありがたい。

 それで思ったのだが、どうもこの国では幻獣や妖精と誓約を交わす人と、魔力が強い人は大変だけれど、責務が課される代わりに高い地位を得るという事かな。

 それに結構軍事国家っぽい印象。

 私も戦場に行かなくてはいけないのかもしれない。

 覚悟はしておこう。

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