第2話

「ど、どうして……」


 単刀直入に言われて、表情を取り繕う事も出来なかった。

 血の気が引いて、真っ青になっていると思う。



「私には異能力と言われる特殊な力がある。それで解る。勝手に目の前の人物の情報が、流れ込んでくるのだ」


 驚いた。

 そんな力の持ち主がいるなんて……

 


「この事は私とそなた以外知らぬ。不思議とそなたは良く見える。他は区別するのに労力がいる。魔力が極端に強ければ見分けはつくがそなたは違うな。どうもそなたは魔力ではなく魂の格が違う。何故かはわからぬ。転生者というだけではあるまい。私は神々が隠している事はわからぬ。力は自分でも正確に制御出来るとは限らぬし、見たいものが見られるとは限らぬのだ。自分より力があるモノの干渉を受けても見えぬ。私の力は万能ではない」


 色々教えてくれた。

 だから思い切って聞いてみた。


「どうして、色々教えてくれるの?」


 彼はどこまでも真剣に


「 同類だと思ったからだ」


 彼も、この世界で疎外感を感じていたのかな。


「私みたいな人っているの?」


 彼はため息を吐いて深刻そうに


「よくはわからぬ。ああ、転生した事は誰にも言わぬほうが良い。輪廻転生は我等帝国では当たり前の考え方だが、他の国では異端な上、一度死に、記憶まで受け継ぐとあらば、不死も同等。権力者の格好の標的にされる。奴等は手段を選ばんぞ。拐って、どうしたら転生出来るか徹底的に調べる。拷問は当たり前。本人がわからないからと言って容赦する訳ではない。兎に角、黙っていた方が良い」


「見てきたみたい」


 思わず口から漏れ出てしまう。


「さて……な」


 はっきり言わないけれど、転生したと分かって酷い目にあった人は居たのだろう。

 この国ではないのかもしれない。

 どこか別の場所かな。



 話を聞いて、思わず、零れ出た。


「私は、この世界にとって、異物なのかな……いつか、排除されてしまうの……?」


 彼は当たり前の様に答える。


「それはあるまい。そなたは、この世界に馴染んでいる。違和感がまるでない」


 ――――その言葉を聞いたら、涙が溢れて止まらなくなった。


「――――…………」


「どうしたのだ。何故、泣く」


 どこか慌てた様な彼。


「――――……だって、ずっと不安だったから。私、この世界にいても、いいのかなって、そう、思っていたから……」


 彼が、無表情だけれど、困っているのが何となくわかった。

 泣き止もうと思うのだが……ハラハラと涙が流れて仕様がない。


「泣くな。そなたは、異物ではない。この世界に受け入れられている。そなたが異物なら、私も異物だ。普通ではないからな。安心するがよい、独りではない」


 私の涙を拭ってから、頬に手を添えて、一生懸命に言っている言葉がわかったら、もう、号泣するしかなかった。



 恐かった。

 この世界に受け入れてもらえるのか。

 いつか排除されてしまうのではないかと。



 寂しかった。

 自分独りが異物なのか。

 異物じゃない、独りじゃない、そう言われて、心にのしかかっていた重しが軽くなった気がした――――





 しばらく涙が止まらなかった。

 その間、彼はずっと私を抱きしめてくれていたのだ。



 申し訳ないやら、恥ずかしいやらでどうしたら良いかわからなかったけれど、


「ありがとうございました。かなり時間が経ちましたが、皆様、戻っていらっしゃいませんね」


 何とか平静を装いそう言ったのだが


「二人の時は、畏まらずともよい。――――私が呼ばぬから、来ぬ」


「何か呼ぶものを持っているの?」


 思わず普通に話しかけていた。


「まだ知らぬのか。皇族で名にアウグストゥスが入る者は、特殊な力が使える」


 彼は少し目を見開いた様に思う。


「特殊な力?」


 何だろう?


「ああ。全ての人間と魔力あるモノの考えがわかる力。 全ての考えがわかるモノたちに、干渉出来る力」


 私は首を傾げ


「考えがわかる力って、貴方の力と違うものなの?」


 彼は忌々しそうにしながら


「 違う。私は本人が知らぬ才能や力、先祖の事や、全ての真実か嘘かが詳らかだ。だが、皇族のこの力は、本人が知らぬ事はわからぬ。本人が真実と信じていれば真実としかわからぬ」


「成る程。貴方の力の方が凄いのね」


 彼は重く息を吐き


「ゆえに、異質なのだ。――――話を戻そう。皇族の特殊な力だが、全ての人間と魔力あるモノの考えがわかるだけではない。力が強ければ、考えが全て同時にわかり、干渉も出来る上、抽出も自由自在に可能だ。視界を貸し借りして千里眼紛いの事も出来る。後は魔力の付与だな。一時的に他人の魔力を増幅出来る」


「……頭の容量、どうなっているの?」


 純粋な疑問だ。


「処理速度も容量も常人とは違う。異能を持つ者の能力が低い場合の補助には魔結晶を使った魔導具を使う。要職にある者も魔導具で多少は擬似的に使える」


 苦笑している様に感じた。


「魔導具って凄いのね」


「魔導具は帝国でしか作れぬ」


 当然の事を告げている様に感じる。


「え! そうなの!!?」


 他の国には魔導具、無いのかな。


「まさか、他国も帝国と同じと考えてはおるまいな?」


 どこか呆れた空気を漂わせる彼。


「違うの?」


 私の疑問が珍しいのか楽しそうに


「まるで違う。帝国と友好な国以外は地域にもよるが、王の住む城でさえ、剥き出しの石壁ゆえ隙間風が吹きこみ寒く、絨毯も無く枯草を敷くという有り様だという。寿命も、帝国では貴族なら二百歳は最低でも生きる。平民でも百歳は優に生きるか。友好国以外は寿命は平均二十前後だろう。貴族だけならば四十前後といったところか。まあ、乳幼児の死亡率が高いのも原因の一つだが。他国の貴族も魔力が強い故、生存率が高めだ。」


 絶句した。

 なぜそこまで違うのか、疑問を感じる。


「何故かと問われれば、世界の創成期に問題があったというしかあるまい。後は帝国の成り立ちでも父母に訊ねよ」


 私が考えた事が読めたのだろう、答えてくれた。


「うん、そうするね。色々ありがとう」



 そろそろ皆を呼び戻した方が良いよね。

 そう考えていたら


「私の表情について、面と向かって聞いてきたのは、そなたが初めてだな」


 ぽつりと言う彼に


「ご、ごめんなさい。傷つけた……?」


 申し訳なくて、不安で訊いていたのだが……



「いや、気にしてはおらぬ。ただ、驚いただけだ。普通は聞かぬぞ」


 彼は何故か嬉しそう。


「そうだよね、聞かないよね。……私、何で聞いちゃったんだろう……」

 

 激しく落ち込む。

 その場の勢いだろうか。

 肉体年齢に精神が引きずられたのかな。

 単に気が緩んでいたのだろうか。

 気を付けなくては。

 殿下にもとても失礼だし、下手したら両親にも迷惑をかけたかもしれない。

 今世では、大切な人たちにといっても、妖精と幻獣も入るのだけれど、恩を返そうと思っていたのに、恩を仇で返すところだったのだ。

 殿下の心が広くて助かった……

 


 ああ、そうだったと思いだす。

 前世の従兄弟にも同じ質問したのだった。

 学習能力ないなぁ、私……


「それはそうと、私の呼び名は決まったか?」


 唐突に言われて目を瞬かせる。


「ええ? うん、まだ発音が怪しいから、当分はルーって呼んで良いかな。ルチ……ル・デ・ィと発音できるようになったら、そう呼ぶね」


 しばし考えて


「やっぱり人前では殿下って付けなきゃいけないよね。失礼になるし。こちらの常識はまだ良くわからないけれど、周りの人も何事かと思うのは理解出来るから。何より、貴方の権威を貶めるみたいで嫌なのだけれど」


 彼は喜んでいる様で、声が弾んでいる気がする。


「ああ、そなたの居た世界とは違うからな。呼びにくかろう。それなら、二人の時は呼び捨て。親しい者だけならば【様】で。他はルー殿下なり、ルディ殿下で良い」


「わかった。気遣ってくれてありがとう。でも、この世界の常識にも慣れていかなきゃ。後、妖精さんとか、幻獣さんが側にいる時はどうしたら良いかな?」


 彼は温かい眼差しで私を見詰めているのだと思う。


「この世界にはゆっくり馴染んでいけばよかろう。幻獣と妖精はあまり人間の呼び名は気にせぬ。契約している人間のために、多少取り繕う程度だ。幻獣も妖精も己の種族の上下関係のみ、気にするのだ。彼等は上位の者が絶対であるゆえ」


「そうなのね、ありがとう。慣れないけれどがんばるよ。――――なら、幻獣さんや妖精さんがいても、気を抜いていても良いんだね!」


 

 何だか残念なものを見るような視線を感じるが、仕方がないのだと言い訳。

 前世では、丁寧語はある程度使っていたけれど、尊敬語とか謙譲語なんて、それ程使わなかった。 

 一般的な高校生だったのだ。

 そうだよ、それに私、高校、病気でろくに行ってないものね……



 って、そうだ、忘れてた! 妖精の事、聞かなくちゃ!



「妖精か。普通は誓約を交わしていても人とは会話出来ぬ。だが妖精はこちらの言葉は理解している。名前は誓約する時に誓約する者の頭に自然と浮かぶ。妖精の感情は表情や態度から推察する。意志の疎通は可能。幻獣は妖精と会話できる。人と会話できる幻獣は高位だ」


「何で私、妖精と会話できるのかな」


 本当にわからないのだ。


「わからぬ。私とそなた以外で話せる人間は知らぬな。おそらく、下位の幻獣とも会話できよう」


 彼も不思議そう。


「話せないように装った方が良いのかな」


 苦笑しているらしい彼。


「既に手遅れであろう。幻獣や妖精は知っている事だ。これは気にせずとも良いと思う。それから、皇族の特殊な力については知られているが、私個人の異能は秘密にしている。そなたも黙っていてくれ」


「うん、ありがとう。わかった。……あれ、でも、皇族の中には考えが読める人達がいるんだよね。大丈夫かな」


 安心させる様に彼は表情を緩めた気がする。


「問題あるまい。私とは違って勝手に分かるわけではない。それに常に考えを読んではいない」



 安心したけれど、気を付けなきゃいけない事が多すぎると、ヘマしそうで怖いのが悩みだ……

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