第122話

 そしてある日主上様は、いろいろな者達が参内されてお忙しかった宮中を、気のおける者達だけをお連れになられる様なお忍びでお出になられ、後院の上皇様の元にお泊りになられた事がおありになった。

 それから皇后様をお召しになられる頻度は減られ、それでも顔を合わせられれば以前にも増して、お優しく慈しみをお持ちになられて愛おしんでくださる。

 皇后として類を見ない程に、幸せであるのは誰もが言う事だ。

 皇后様以外の女御を持たれず、ただ一途に愛されておいで……だと皆が言う。


 皇后様は、櫻の柄の脇息きょうそくにおもたれになられながら、大きな吐息をお吐きになられた。


「昨夜も主上様はお召しくださり、皇后様はほんにお幸せにございます」


 長年仕える女官が、それは羨ましいと言わんばかりに告げた。


「さようであろうか?主上様にはほかに、思うものはおらぬのだろうか?」


「その様な……主上様は女房女官には、お目をお落としになられる事すらありません。只々皇后様にございます」


「さようであろうか?近ごろ主上様が、私ではないを求めておいでの様に思えてならぬ」


「それは皇后様が、草子に夢中におなりだからでございます。の物は、余りにも色恋沙汰を仰々しく、描き過ぎておるのでございます。主上様はそれは草子の帝、公達様の如くお美しく逞しくあられますが、あれ程に色恋に生きてはおられません。例えば……」


 女官はその先を口籠もる。


 ……例えば……何か……


 それは幼くとも内裏で育った皇后様ならば、理解がおできになられる。


 ……それはお父君様の摂政との事だ……


 幼い皇后様は、同じ立場となられる皇太后様より、それはお小さい時より聞かされて来た事柄だ。

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