第105話

 さて、下手をすると国中に蔓延しそうな勢いであった流行病は、陰陽寮の陰陽博士の安倍琴晴が見つけて来た、それは稀有なる薬草で終息に向かい、なんとまたまた手柄を立ててしまった。

 琴晴は当然の事ながら垂纓冠すいえいかんに束帯姿で、畏くも今上帝様の御前で、御簾越しに平伏している。


「此度は大義であったな陰陽博士」


 身分が低い琴晴に声をかけたのは、お側にお仕えする晨羅だ。


「はっ、有り難きお言葉でございます」


 琴晴は地下人じげびとだから、清涼殿の御庭で平伏している。


「あの薬草はかなり稀有なる物の様であるが、流石は陰陽博士であるな」


「あー……それにつきましては……」


 琴晴は、平伏したまま口籠る。

 今上帝様にご面会頂けるなど、公卿の三位以上が基本だが、個人的にはえらい出世を果たし陰陽博士となったが、官位としては正七位のというヤツで、偉くなればなるほど数字は小さくなるから、三位なんてとんでもないはるか彼方の数字と言っていい。

 そんな琴晴が手柄を立てたとはいえ、今上帝様よりお呼びがかかる道理はないのだが、どういう訳か官位なんかそのままで、昇殿の宣旨とやらを頂いて、事もあろうか清涼殿の御庭に、こうして平伏している。

 こんなの到底ありえない、シチュエーションである。


 ……またまた何かを、期待されての事か?……


 処世術に長けているから、ソツなく閃いてキョドッていたりもする。

 なにせ上流貴族の子弟は若い内から、親の威光とやらで許される特権を、貴族と言った名すら持たない琴晴が得たりしよう物なら、闇討ちに合いかねない。

 なんかそんな文献を、見たようないない様な……。

 とにかく何かが動いているだろうが、そんなの知らない宮廷人から白昼堂々成敗される。身に余りすぎていろいろな意味で、キョドッていてもおかしくはない状況だ。


「その様に畏まるな。後院のお妃様より此度も功を立てたゆえに、私に直々に言葉を掛けよと仰せを受けてな……」


 今上帝様は御簾越しに、地下じげの琴晴に本当に直接お言葉をおかけになられた。

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