第56話

 つまりは、初めて持たれた弟に対する愛情が、らんの血を引いているが為にそれは深く、その初めて得た弟愛を違う形に変化させる事がとてもとてもお厭なのだ。

 かなりの弟ラブなのだが、その愛情を違う形にしたく無いのだ。得体の知れない〝恋情〟とやらに変化したくはない……というのがご本心だ。


 琴晴とて恋愛感情になる相手と、そうで無い相手は存在するから、神楽の君様のお気持ちが解らなくはない。

 ちょっと違うが、妹の様に思う相手に思われた事があったが、それはやはりその感情が変化する事は無かった。その内相手も、その感情が違う事に気がついて、琴晴よりも良い縁を結んで、貴族の正妻に収まったから、母親はとても喜んでいる。

 身分がさほど高くは無いのに、貴族の正妻になれるなど、彼女の持って生まれた幸運は神仏のご加護だ。

 通い婚が通常のご時世だが、彼女はその貴族と伴に住んで跡取りまで儲けている。

 同居している正妻は社会的認知度が高いから、貴族の夫が幾ら通いの妻を持とうとも、正妻として見なされるのは彼女だけだ。

 これは子供の出世に関わってくるから、低い身分の彼女の子供にとっては幸運な事だ。

 そして更に云うならば、琴晴は未だに同居する妻は居ないから、彼女は貴族と結婚して正解だったという事だと思う。


 琴晴は神楽の君様の憂鬱と、主上様の思いを知り得て、それは美味く初めて口にする、尊き神山の水で拵えた酒であるにも関わらず、酔うことすらできずにいる。


 主上様の思いはかなり厄介だ。

 お父君様の上皇様が、あれ程に入れ揚げておいでのお妃様だが、上皇様は東宮様の時に、当時左大臣であった摂政様が、妹君をムリクリ……否々上手い具合に皇太子妃としたのだが、お一人や二人はご関係を持たれた女御がおいでであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る