第54話

「よいのだ……笑われた方が気も楽というもの」


「その様な……神楽の君様は、この世の者では無いお方の御子様でございますれば、それは美し過ぎるのでございます。誰もが魅入られます」


「……の様だ。母君様が私を世間から遠ざけ、関わりを持たされなんだ理由が知れた……実に難儀な事だ」


「神楽の君様は、主上様の御心が悩ましゅうございますか?」


「悩ましい?」


「はい。確かに天子様であらせられ、弟君様であらせられますが……その……」


「色恋については、世俗を離れて育った所為か、性質たちであるのか、とんと関心が無いのだ。ゆえに、の思いを受け止めてはやれぬ。弟としては実に愛らしく思うておるし、唯一の上皇様以外の肉親という感情もある……」


 神楽の君様は、至極真顔のまま琴晴を見つめられる。

 酒が少し入っている所為か、その瞳が潤み上気した頰は艶めかしい。

 思わず琴晴が見惚れてしまう程だ。


「弟として愛しいのだ……それ以外になるは恐ろしい」


 神楽の君様は視線を逸らされて、琴晴の盃に酒を注ぎ込まれた。


「私が知りうる弟はのみだ……失うが恐ろしい」


「確かに……」


 琴晴は神妙に頭を垂れて答えた。

 母方で育つ現世は同胞でなければ、きょうだいとは知らずに育つ場合が多い。

 知らず識らずに、異母兄妹が結婚する事もある。

 それで問題があるわけでは無いが、この琴晴とて母の身分が低い為に、大して父に顧みられる事は無く育ち、きょうだい達も知らない。

 特に主上様や神楽の君様方は特別だ。

 主上様は必ずや政治が絡んでくるし、神楽の君様は特別中の特別なお方だ。

 それこそ、槍玉に挙げられる事も有り得る存在だ。

 ただ前にも記したが、この国には大神が存在する。その大神が遣わせた瑞獣の御子様である神楽の君様は、それは大切な存在だ。決して害する事はあり得ない。それは国を滅ぼす事となる事を、全ての人間が知っているからだ。

 それでも政治に関わってくれば、貴族達は保身の為に害する事も厭わないだろうが、母君様のお妃様は賢いお方だから、決して政治の事には関わりを持たれず、それどころか摂政の欲を満足させる手助けをされ、上皇様と伴に表舞台から身をお引きになられた。

 そして今回も、摂政様の貪欲過ぎる願いを叶え様となされている。

 さほどのお方だから、この国で一番の権力者の摂政様が、決して手出しをする事が無いから、他の貴族達も手出しはされない。

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