第454話 完全無欠のハーレムエンド

「ば……馬鹿野郎⁉ なに考えてんだ⁉」


 OBOGバンドを作ろうと思う――湊鍵太郎みなとけんたろうがそう言うと。

 顧問の本町瑞枝ほんまちみずえは、血相を変えてそう返してきた。

 けれども、考え得る限りでこれが最善の道なのだ。

 これまでの旅路の中で得たものから、導き出した自分の答え。

 それを鍵太郎は、本町に言う。


「だって、その方が圧倒的にいいじゃないですか。来年もまた卒業生みんなで集まるとしても、連絡とか段取りとか、個人でやるより組織でやった方がはるかに行き違いがないし」

「そりゃ、そうだけどよ……!」


 バリバリと頭をかく先生は、何がそんなに心配なのか。

 一年後、また今日のように学校祭で集まりたい。

 現役生と卒業生で、共同ステージを作りたい――楽器は持ち寄りか、今回のように他の学校から借りることになるだろうけど。

 場所は新体育館、一緒にやってくれる人もいる。

 かつ、人前で披露する機会を設けることで、それまでの練習にも張り合いが出てくる――あと必要なのは。

 それを動かす、仕組みシステムだけなのだ。

 OBOGバンドを作れば、次に人が集まる際の動きのロスがだいぶ減る。

 基盤ができることで、みなが安心して動くことができる。いいことづくめなのではないか。

 首を傾げて鍵太郎は、本町に訊く。


「あ、楽器が人数分手配できるかどうかが心配ですか? 薗部そのべさんも来年部員がいっぱい入ってきたら、貸してくれる楽器の台数も少なくなっちゃいますもんね。でもそうしたら、南高岡みなみたかおか高校でも、富士見ヶ丘ふじみがおか高校でも、なんだったら宮園みやぞの高校でも――」

「だいぶ無茶苦茶なことを言ってるが、あながち実現不可能でもない辺りおまえの行動力が怖いよ! でもアタシの心配はそこじゃない、おまえ自身のことだ!」


 指折り数えて、これまで関わってきた学校の名前を挙げていったら、先生は焦った様子でそう答えてきた。

 楽器の手配に関しては部活を通さねばならなくなるため、本町にも協力してもらわなくては来年の本番は成り立たない。

 ならばこそ、この先生にはぜひともこの案に乗ってもらいたかったのだが――どうも、楽器以外にも考えなくてはならないことがあるらしい。

 鍵太郎としてもOBOGバンドというアイデアは先ほど降りてきたばかりなので、改善できる余地があるなら今すぐ聞きたかった。

『おまえ自身のこと』とはどういうのことなのか――鍵太郎がきょとんとしていると、本町は険しい顔で訊いてくる。


「そういうこと言い出したってことは、湊。そのOBOGバンドの代表は、おまえがやるつもりなんだろ」

「ああ、はい。俺が一番、このメンバーについては関わりが深いですからね。今回のステージの統括者でもありますし、言い出しっぺでもありますし」


 部長でなくなって、今度はバンドの長――いうなれば団長となるわけだが、まあポジション的にはあまり変わっていない気がする。

 呼ばれ方が多少違うだけで。そう口にすると、「馬鹿、そんな軽いもんじゃねえんだぞ」とこわばった顔のまま、先生は言ってきた。


「ひとつの団を立ち上げるってことはな。一生そこに関わっていかなくちゃいけないってことだ。部活の運営とはわけが違うぞ。楽器の手配だけじゃない。場所の手配、メンバーの面倒、日頃の連絡だのなんだの――面倒くせえことがわんさか出てくる。それを、ずっとだぞ⁉ ずっと――おまえ、やり続けるっていうのか」

「ああ、そういうことですかぁ」


 一介の高校生がやるには、荷が重すぎる。

 本町はそう言いたいのだろう。確かに、本格的に動き出すのであれば負担はかなりのものかもしれない。

 けれど、そこまで考えるのはまだ早いだろう。

 とりあえずは次への布石――来年の舞台を、確固たるものにしたいだけなのだ、自分は。

 やりたいことを、やり続けたいだけなのだ。そう思って、鍵太郎は本町に言う。


「まあ、俺も今年はだいぶ抱え込んで大変でしたからね。任せられるところは他の人にも任せるつもりです。

 たとえば、連絡についてはその代の部長だった人――春日かすが先輩とか貝島かいじま先輩に任せるつもりですし」

「はい、わたしは構いませんよ」

「む……何やら勝手に話が進んでる気がしますが、まあ、いいでしょう」


 こちらの発言に、先代と先々代の部長はそれぞれ反応してくる。

 自分ひとりで全部をやることはできない。

 それはこの三年間で散々思ってきたことだ。だから、当てはめられるところには別の歯車を当てはめる――『生きている歯車』を。

 組み合わせていって、新しい舞台を作るのだ。

 ここにいる全員でまた今日のような本番ができたら、願ってもない。

 話を聞いていくと、自分が理想とするような団体は周囲を見回しても、あまりないようだった。

 だったら、作ってしまえばいい――未来も、居場所も、楽しいことも。

 バラバラになりそうだった人たちを集めて、作り出してしまえばいいのだ――人を部品扱いすることが、あまりに傲慢だと思う気持ちもあるけれど。

 そんな狂気じみた考えを、収めてくれる存在はいる。

 大月芽衣おおつきめい

 二つ下の、同じ楽器の後輩。

 東関東大会の際にも彼女は、ささくれだった心に優しさを呼び戻してくれた。

 彼女がいる限り、自分は人の道を踏み外さずステージに立つことができる。

 まあ、そこで事の成り行きを見守っている小さな一年生は、そんな風に思われていることなんて知りもしないだろうけど。

 そんな芽衣に笑いかけて――

 不思議そうに見返してくる後輩を尻目に、鍵太郎は先生に言う。


「何も、今すぐ精力的に活動しようっていうんじゃありません。俺も受験ありますし。だから、まあ、次の春になったら。大学とか決まったら、また動き出そうかなって思ってます」


 今日、この場でOBOGバンドのことを持ち出したのは、この機を逃したらまたみなが散り散りになってしまうからだ。

 そこから再び人を集めるのは大変すぎる。さらにこの先にことについて話し合うならば、本番が終わってすぐの、この熱が消えないうちの方がよい。

 はじまりの火を絶やさないために。

 鉄を打って、『武器』を作って。

 また再び、たからものを求めにいくために。

 この先の旅路の材料は、もう既に多くの人からもらっていた。


「……団の決まりとかどうするんだ。なんでもかんでもフリーってわけにはいかんだろ」

城山しろやま先生が出入りしている、オーケストラのところの規則を参考にしようかなって思ってます。または、春日先輩のところの一般バンドとか」

「……楽器はどうする」

「今回の件みたいにいくなら貸してもらうことになるんでしょうが、人が多くなってきたら自分で買ってもらうことになるでしょうね。美原みはら先輩とか、いずれ買うつもりだって言ってたし。あ、打楽器に関しては無理なので学校のやつ貸してください。お願いします」

「…………場所はどうするんだ」

「学校祭に乗っけてもらうんです。音楽室の開放をお願いします。なにせですからね。学校の設備を使わせていただくのが順当かと」


 にこにこと答えていくたびに、本町が渋面になっていく。

 部長になってから、おまえ末恐ろしいとか面倒くさいとか言われてきたことが、まさに今ここで集大成を迎えていた。

 実に嫌な技能が身に着いたものだが、やりたいことの実現のためには必要なものである。

 しかも、ついさっきの本番は上手くいってしまったのだ。――その実感があればこそ、強気にも出られるというものだった。

 そしてその熱気は、顧問の先生自身も感じているはずだった。

 さらにこの場にいる、部員たちも。先輩、後輩、同い年――全員が全員、目を輝かせてこのやり取りを見つめている。

 また次も、このような舞台ができるのかと。

 そして確実に分かるのが――この先生の協力が、必要不可欠ということで。

 全員の、期待に満ちた眼差しを受け。

 ついに本町は、半ばヤケクソ気味に言い出した。


「あー! もう! 分かったよ! OBOGバンドの創設、全面的にバックアップしてやるよ!」

「ありがとうございます! よし、これで先生も共犯だ!」

「人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ!」


 こうなったらこれからも、おまえに大人として言動に突っ込みまくるからな――と涙目で、先生は指を突きつけてくる。なんだか負け惜しみっぽかった。

 しかしいずれにせよ、これで来年の舞台はほぼ確定したと言える。本町もここまで言ったのだ、仮に異動になったとしても、このことについては引き継いでくれるだろう。

 まあこの先生も一緒にいてくれることが、結果としては最上なのだけど――そう鍵太郎が思っていると。

 喝采をあげる部員たちの中から。

 二つ上の、同じ楽器の先輩が。

 春日美里かすがみさとが、歩いてきた。


「ありがとうございます、湊くん。そうしてくれたのは、かなちゃんのことがあったからでしょう?」

「いやあ、それもありますけど。半分は自分のためでもあります。やっぱり、またみんなと演奏したいですから」


 OGのトランペット吹きを見ながら言う美里に、鍵太郎は笑ってそう返した。

 これは嘘ではなくて、交じりっけない自分の本心だ。

 夢にみた舞台――これまで関わってきた人間全員で、ひとつの本番を作り上げること。

 それはかつてこの先輩がやりたかったことであり、今では自分のやりたいことでもある。

 昔はできなかったことも、今ならできる。

 夢の中では吹けなかった楽器も、現実ならば音が出る。

 その代わり大変で面倒くさいことが、たくさん出てきそうだけれども。

 それでも、この人と一緒なら、できそうな気がするのだ。

 何者でもなかった自分が、彼女によって一人前になれたように。

 これからも美里と、その他にも多くの人間がいれば。

 みなに囲まれて、大好きな人たちと関わって、世界を変え続けることができると思うのだ――これが、自分の結論。

 それを抱えて、鍵太郎は先輩に笑って言う。


「というわけで、先輩。これからもよろしくお願いしますね」

「はいっ、精一杯がんばります! こちらこそよろしくお願いしますね、湊くん!」


 叶え続けられるのは、そこにいる誰かの望み。

 そしてそこにいる、大切な人の望み――初めて言葉を交わした日、心に焼き付いた太陽のような微笑みを浮かべ。

 美里は、本当に楽しそうに言う。


「これからもみんなと一緒に――合奏をしましょうね!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る