第28幕 祭りの準備もまた、祭り

第422話 学校祭を楽しむために、そのいち

「なあ裕太ゆうた。大学生活ってどんなものだと思う?」

「なんだよ、やぶから棒に」


 学校祭の準備も本格的になってきた、十月のはじめ。

 湊鍵太郎みなとけんたろうは同じクラスの黒羽裕太くろばねゆうたに、そう訊いていた。

 教室では当日クラスで出す食べ物を、どうするかの話し合いが行われている。おにぎりがいいか焼きそばがいいか。そんな不毛で熱い議論が繰り広げられていた。

 吹奏楽部は二日間に渡ってコンサートをやるので、あまりクラスの催しには参加できない。

 なので同い年たちの喧々囂々けんけんごうごうの騒ぎはどこか他人事で――

 ぼんやりと頬杖をつきつつ、鍵太郎は裕太の問いに答える。


「いや、実は卒業した先輩が、なんだか妙な感じになってて」


 そう言って、元野球部キャプテンに、吹奏楽部の部長は説明した。

 学校祭ではOBOGと一緒に本番をやるはずなのに、そのうちのひとりと連絡がつかないこと。

 後輩の連絡を無視するような人ではないのに、そんな状態で心配であること。色々と手は尽くしていること――などを、かいつまんで伝える。

 自分はこれからなる身分なのでよく分からないが、大学生というのはそんなに大変なのだろうか。

 高校生の時とは、根本から変わってしまうくらい。そんな風に言うと、裕太は首を傾げた。


「どうなんだろうな。よく自由がきくとか、時間はあるっていうけど。その人によるんじゃねえ? 弾けちゃう人もいるだろうし、変わらない人もいるだろうし」

「まあな。こっちの卒業生たちもそんな感じだよ」


 基本的には、あまり変わっていない人が多い気がする。

 変わったとしても、根っこは同じままのような。打楽器の先輩たちや先日話した第二の師匠などを見ていると、そんなように思えた。

 では、あのトランペットの先輩は一体どうしてしまったのか。

 何があったのか、自分はどうすればいいのか――そんなことを考えて、ため息をつくと。

 裕太にポカリと頭を殴られた。


「痛て」

「いや、まあさ。心配なのもそりゃ分かるんだけど」


 野球部の元部長(引退済)の彼は、呆れたように肩をすくめて言う。

 頭をさするこちらを見て、さらに教室前方の黒板を見て――。


「おまえが今ここであれこれ考えたところで、ぶっちゃけどうしようもねーんじゃねえかなっていうのが、おれの意見だよ」


 鍵太郎とはまた違った意味で『集団の代表』であった裕太は、その分だけ上に立つ者の考え方が分かっている。

 そして部外者というだけあって、非常に冷静だった。ある意味冷たい、というのかもしれないが――それは、何を大切に思うかの違いだ。


「おまえがここで悩んだところで、何が解決するわけでもないんだろ? じゃあ考えるだけ損だ。むしろ心配っていうのはすればするだけ大きくなってくから、しない方がマシだと思う」

「ま、まあ、そうか……」

「ああ。その先輩が直接顔を出してくれたら、そのときに考えればいいって話さ」


 しょーじき、学校祭だイエーイ、クラスの出し物決めようぜー! ってときに、どんよりと考えてるヤツがいたらうっとおしいぞ、と裕太は周りを見渡して言った。

 おにぎりVS焼きそばの論争はさらに白熱して、もはやつかみ合いに発展しかねない状況になっている。何がそんなに彼らを駆り立てるのかは謎だが――きっと炭水化物というものは、人間を狂わせる何かがあるということなのだろう。

 かの先輩が、何かの拍子にどこかおかしくなってしまったように。またその悩みが頭をかすめるが、それは友人の言うとおり今考えても仕方のないことなのだ。


「考えてもしょうがないことは、考えない。むしろ今をどうにかする方が大事だ。そうだろ?」

「……そうか。まあ、そうだな」


 同い年に『過保護』と言われたくらい、心配性な自分である。

 まあ、その部活の同い年たるクラスメイトは、教室の騒ぎを、ちょっと引いた様子で見ているのだけど。ということは彼女も、その辺りの割り切りは済んでいるのかもしれない。

 用心深いのは結構だが、度を過ぎれば商機を逃す。

 効果的に宣伝できる方法を考えなさい――去年の今頃、そう知り合いの楽器屋に言われたことを思い出し、鍵太郎は頬を叩いた。

 確かにこの頃は、部を預かる身になったということもあって、やや考え方が保守的になっていたかもしれない。

 もっと攻めの姿勢でいこう、攻めの姿勢で。そう気を取り直して、裕太に言う。


「俺がどーんと構えてなくて、どうするって感じだもんな。むしろ学校祭当日に先輩が来たら、自分のクラスの食べ物を出すくらいの心意気でいきたいもんだ」

「おう、その意気その意気」


 少しだけ心の余裕を取り戻したこちらに、友人はニッと笑いかけてきた。

 今考えてもしょうがないことで顔を曇らせていたこちらを、彼なりに気遣っての行動だったのだと、そのリアクションでようやく理解する。そういえば、裕太とはこれまで、ずっとこんな感じだった。

 大学に行っても、この関係性は変わらないのだろうか。いや、変わらないようにしていきたいものだ――そう思いつつ、血みどろの抗争になっているクラスメイトたちに「焼きそばめしはどうか」と意見を投げてみる。

 焼きそばとご飯を炒めたものを、おにぎりにする――そのアイデアに同い年たちは戦慄したようで、そろって一斉に息を呑んだ。

「炭水化物と炭水化物の組み合わせ、最高……!」「ソースの焼ける匂いは集客にもつながるのでは⁉」「持ち歩きもしやすいしいけるんじゃね⁉」「売上げ学校一位狙えるんじゃね⁉」と教室内が一致団結し始める。平和が訪れた、というにはクラスメイトたちの目つきは妙に爛々らんらんとしていたが、このくらいガツガツしている方が、かえっていいのかもしれない。

 学校祭をエンジョイしていることになるのかもしれない――かつて、クラスの出し物と演奏の両方をがんばっていた、ひとつ年上のユーフォニアムの先輩のことを思い出し、鍵太郎が笑っていると。

 裕太が言ってくる。


「さっきまであれだけ混乱してたのを、一発で収めるかねおまえ。半年ちょっと前に部活の予算会議やったときのことを思い出すわ」

「あー。あのときも大変だったよなあ」


 苦笑する野球部の部長に、生徒会主導で部の予算決めをやったときのことが、脳裏をよぎる。

 あのときは各部活が己の都合のいいように予算を出してきて、大変だった。

 まあその筆頭が、鍵太郎のいる吹奏楽部と裕太の率いる野球部だったわけだが。最終的に、二人で共謀して全体の意見を調整したのだった。


「あのときと考え方は同じだよ。それぞれのいいところを引き出して、それを組み合わせられればいいんじゃないかってこと」

「そーいう考え方してる限り、おまえの大学生活は楽しいもんになるんじゃないかって、おれは思うけどね」


 と――こちらの言葉に、先ほどの問いかけの回答であろう。裕太が言ってくる。

 大学生活ってどんなものだと思うか。そんな疑問に、答えていくのは自分自身ということらしい。

 唇の片端を吊り上げて、友人はおかしそうに肩を震わせる。

 そして、思い出したように彼はそのまま続けた。


「あ、そうそう。それで、今度の吹奏楽部のコンサートだけど」


 学校祭を楽しむために、そのいち――と。

 野球部の元キャプテンは、いたずらっぽくウインクなどして言ってくる。


「クラスの出し物も部活もがんばる湊くんに、応援だ――野球部ウチの後輩、全員会場に聞きに向かわせればいいのかな?」

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