第396話 機械仕掛けの舞台

 長い通路の先には、スポットライトの当たる機械装置があった。

 大きな、ここにいる部員全員が乗れそうな仕掛け。それを湊鍵太郎みなとけんたろうは、首を傾げて見つめた。

 東関東大会、その本番の会場にて。

 行き当たったものは、光の差し込む行き止まりと、初めて見る機械仕掛けだ。

 演奏を行う大ホールに向かうはずが、謎の空間に誘導されてきてしまった。その先導をしてきた、今回の大会の係員である女子生徒は言う。


「そろそろ打楽器のみなさんと合流になりますので、全員集合しましたらこちらに乗ってください」

「合流?」

「はい」


 県大会の会場では、打楽器は完全に自分たちとは別ルートで舞台に向かうことになっていた。

 しかし地元のホールとは、造りからしてここは違うらしい。バスで別れたら、本番終了後までしゃべることもできない打楽器の面子。

 そんな彼女たちは、驚いた顔でこちらに向かって言ってきた。


「あれ⁉ 湊じゃん⁉」

「え、なんで⁉ みんなここにいるの⁉」


 鍵太郎と同い年の、越戸こえどゆかりと越戸こえどみのりの双子姉妹。

 彼女たちは目を丸くしつつも興奮した様子で、こちらに問いかけてきた。それに答えたのは、やはり落ち着いて揺らがない感じの、誘導係の女の子だ。


「よこはま芸術劇場の舞台袖は、ちょっと特殊でして。こうしてみなさんが合流されてから、こちらのエレベーターで移動してもらいます」

「え、これエレベーターなんですか?」


 言われて、改めてその巨大な装置を見る。

 舞台と同じであろう木の床に、その周りにある鋼鉄の部品。

 スポットライトの当たるそこは、確かに特殊な舞台装置っぽい。

 いわゆる、り上がり――奈落からゆっくり顔を出していく、アレのようなものだろうか。まあ、いきなりあのオペラホールのど真ん中に放り出されるわけではないだろうけれども。

 実際に何校かの演奏を聞いたが、そのようにして入場してくる学校はひとつもなかった。

 だから、これは単に移動のためだけの仕掛けだろう。それにしても、たったそれだけのためにこんな大がかりな装置を用意している辺り、やはりうなるものはある。

 さすが支部大会の会場は一味違う。改めてそう思い知っていると、誘導係の生徒はまず打楽器の方から、とゆかりとみのりにエレベーターに乗るよううながした。

 エレベーターといっても、手すりや安全装置がついているわけではない。だから、気を付けてくださいね、という声と共に彼女たちは慎重に楽器を移動させていった。

 そして、その次は鍵太郎たちの番だ。全員乗るかな――と心配になったものの、なんとかその場にいた部員たちはみな、その装置の上に立つことができた。

 感じ的には、大きめのトラックの荷台に大人数で乗り込んでいるようなものだ。ちょっとしたアトラクションのようである。

 それは他のみなもそうだったようで、緊張気味だった部員たちは、物珍しい仕掛けにきゃあきゃあとはしゃいでいた。

 特にゆかりとみのりにとっては、テンションが上がるものだったらしい。二人は目をキラキラさせて、顔も上気させ言ってくる。


「ねえねえ、これフォクシーランドで本番前に乗った、あのトロッコに似てない⁉」

「本番前にみんなに会えるなんて思ってなかったから、びっくりしたよ! 打楽器は孤独だからねえ、こうしてみんなと一緒になれるの、すごく嬉しい!」

「おまえらにとってはダブルでハッピーなことだよなあ、うん」


 楽器を押さえているためできないが、そうでなかったら飛び跳ねてでもいそうな勢いである。

 この三年間、コンクールをやってきて本番前に彼女たちと合流できたことなど、一度もなかった。

 それがこうして、歯車の上で重なっている。道行きが交差して、そして同じ方向を向いた。

 だとしたら、そんな自分たちに敵うものなどいやしないのだ――この双子姉妹とは、いつもどこかでズレていたけれど。

 こんな風になれたら、どこまでも行けそうな気がする。

 これもまた、天の配剤というやつなのだろうか。機械仕掛けの神様デウス・エクス・マキナ――そんな、都合のいいからくり仕掛けの奇跡を。

 感謝しても、いいのだろうか――そう思っていたら。

 誘導係の女の子に、自分の学校の名前の入った看板を渡された。


「え、これは……?」

「すみません。私はここまでしかご一緒できないので」


 上にいる他の担当者に、その看板を渡してください――そう言った彼女は。

 そういう決まりだったのだろう。名残惜しそうに、エレベーターから一歩離れた。

 そして、周囲の安全を確認し、何も不手際がないことをチェックし終えてから――

 名も知らぬ生徒は、ひとつうなずいて言う。


「渡してくださいといっても、私と同じ制服の人間が看板を受け取りに行きますので、大丈夫です。心配なさらないでください。

 では――いってらっしゃい!」


 そうして、最後だけ微笑んでみせた彼女は。

 やはり品行方正な優等生というだけでなく、エンターテイメントが大好きな、吹奏楽部の人間だったのだろう。

 かつてあのテーマパークで見た、裏方の担当者をどことなく思い出させる表情だった。役割の中にも感情がにじんだ顔。それを見ているうちに――

 エレベーターはゆっくりと、上に向けて動き始める。


「おおおお、すごーい!」

「なにこれ⁉ かっこいいー!」

「やべー、巨大ロボットの操縦席に向かうみたいだ……」


 ウオォォォォン、とかすかな音をたてて、全員を乗せた台がせり上がっていく。

 そのシチュエーションに、光景に、そして大掛かりな仕掛けに感嘆の声がもれた。これから自分たちは本番に行くわけだが、その緊張をひととき忘れるくらいの興奮に包まれる。

 舞台上では、曲を動かすただの歯車。

 だがそれは、『生きている歯車』――可変していく、その場にしかない揺らぐ部品。

 それらを組み合わせて、造りに行こう。

 他人には都合がいいと言われるかもしれないけれど――自分たちだけの、機械仕掛けの奇跡を。


 下を向けば誘導係の女の子は、笑って小さく手を振っていた。

 それに、こちらも小さく手を振り返して――鍵太郎は、徐々に近づいてくる空に目を向ける。

 四角く切り取られた舞台袖への入り口は、暗く狭かった空間から抜けるようで。

 この長かった旅路の、終着点があるように思えた。

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