第16幕 楽しいって何だろう
第215話 かしまし学校の頼れる(?)相棒
「うるさい……」
と、これまでよりさらに
いつもの見慣れた制服に混じって、セーラー服姿の女子たちが音楽室の中で騒がしくおしゃべりしている。
そのセーラー服の生徒たちは、当然ながら他の学校の生徒で――つまりは川連二高が合同バンドを持ちかけた相手、
今日は初めての顔合わせということで、鍵太郎たちはその薗部高校にやってきていた。
そして、男子生徒は自分ひとりしかいない。
当然のことだ。
だって薗部高校は――女子高なのだから!!
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鍵太郎が発案した合同バンドの計画は、目論見通り相手の学校に快諾されることとなった。
顧問の先生や生徒の意見もあって、曲はすんなり決まった。
問題になっていた練習場所のことも、双方の学校の音楽室が使えるようになったことで解消された。
そこまではよかった。
そこまではよかったのだ。
ただ鍵太郎にとっての唯一の誤算は――相手が女子高というところだった。
「道理で相手の学校の名前を聞いたときに、近所のはずなのに聞き覚えのない学校だと思ったわけだよ……」
と、目の前の姦しい光景をどこか遠くに眺めながら、鍵太郎はひとりごちる。
高校を選ぶ際にこの辺りの学校はひと通り考えていたのだが、さすがに女子高は当たり前だが、最初から視野に入れていない。
いや別に、男子生徒がいた方がよかったとかそういうことではないのだが。
さすがに自分以外全員女子で、それがさらに倍に増えたとなると――気苦労も倍になったようで、頭が痛いのである。
彼女たちをまとめる部長の身としては、この惨状にこれからのことが思いやられる。
そんな風に考えて、鍵太郎が額を押さえていると――
隣にいた薗部高校の女子生徒が、申し訳なさそうに声をかけてきた。
「あのー……すみません。うちの学校の子たちがうるさくて……」
「あ、いえ……」
今は普段の合奏の配置に合わせて座っているので、そうなるとこの話しかけてきた彼女も何か、低音楽器を担当する部員なのだろう。
クセのある黒髪を耳の下くらいで切りそろえたその女子生徒は、しかし髪の量自体が多いのかクセっ毛のせいなのか、なんとなく耳の辺りがボリューミーに盛り上がっているような不思議な髪形をしている。
だが全体としてはいたって真面目そうで、そして申し訳なさそうな様子とも相まって、非常に大人しそうといった印象の生徒だ。
そして彼女はやはり他の薗部高校の部員とは違って、騒がしいのはあまり得意でないらしい。
こちらと同じく周囲の惨状にため息をつき、控えめに自己紹介をしてくる。
「ええと、はじめまして。薗部高校二年の、
「コントラバス!!」
彼女の――柳橋葵の担当楽器を聞いて、鍵太郎は目を輝かせた。
コントラバス。
鍵太郎のチューバと同じく、吹奏楽では低音部を担当する弦楽器の名前である。
川連第二高校では楽器はあれど弾き手がいないので、一緒にできるとなれば非常に心強い相棒になる。
いるといないとでは大違いの楽器なのだ。県の選抜バンドでコントラバスと演奏したときの安心感を思い出して、鍵太郎は涙を流しそうになった。
この雰囲気はともかく、演奏面ではこれでだいぶ光が見えてきた。
彼女はこの状況の中での数少ない味方だ。
そのことに感謝しつつ、鍵太郎は葵に挨拶を返す。
「はじめまして。川連第二高校の湊鍵太郎です。楽器はチューバをやってます。一応、部長です」
「あ……部長さんなんですね」
「ああ、まあ部長って言ったって、そんな大層なもんじゃないですけどね」
最後の一言に少し困惑の表情を浮かべる葵に、鍵太郎は苦笑してそう応えた。
部長といってもそんなに堅苦しく感じなくていいのだ。
なにしろまだなって一ヶ月くらいだし、多少の指示は出すようになっただけで、大半の仕事は顧問の先生と部員との間の連絡係のようなものである。
だから今回の合同バンドは、部長としての最初の大きな仕事なのだ。
そう言うと、しかし葵はさらに困ったような顔になる。
「そ、そうですね。それは、私も――」
「はいはい! みんな、おしゃべりはそのくらいにして!」
と――
そこで彼女の発言は、その声と手を叩く音によってさえぎられた。
見れば音楽室の前方に、グレーのスーツでバッチリ決めた女性教師が佇んでいる。
ウェーブのかかった長髪と気の強そうなつり目は、いかにもやり手といった感じだ。
つまりはこの人が、薗部高校の吹奏楽部の顧問なのだろう。
やる気のある先生だぞ――とこちらの部の顧問の先生が言っていたことを思い出し、鍵太郎はなるほどとうなずいた。
そしてその考えを肯定するように、葵が囁いてくる。
「……あの人がうちの部活の顧問の、
「へえ、そうなんですか」
なるほど、確かに部活のOGともなれば、気合いを入れて指導をしようということになるだろう。
遠い後輩たちはつまりもう、あの顧問の先生にとっては歳の離れた妹たちのようなものなのかもしれない。
そう思っていると、葵はどうしてか憂鬱そうにため息をついて続けてくる。
「うちの学校、昔は結構すごかったらしいんですけど……今は全然、大したことなくて。るり子先生はその強かった頃のOGなので、あの時の薗部高校をもう一度、って思ってるみたいなんです」
「あ、そういう理由があったんですね。そっか。やる気があっていいんじゃないですか」
「……そうですか?」
鍵太郎が返事をすると、葵は意外な答えを聞いた、といった風にきょとんとした。
その表情が何か引っかかったが――
彼女の真意を察する前に、今度は当の西宮教諭が全員に向かって叫んでくる。
「ホラホラみんな、せっかく川連二高さんがこっちまで来てくれたんだから、時間を無駄にしないの! 自己紹介は済んだ? パート割りの相談はできた? できてない!? だったら早く済ませちゃって! 決まったら合奏始めるんだから合奏!!」
「お、おおう……」
そんな調子でバタバタと畳み掛けるように言う西宮に、鍵太郎は葵が言いたかったことが、少しだけ理解できたような気がした。
この先生、ちょっと空回ってるのだ。
盛り上げようとするのはいいことだが、部員たちがそれについてきていない。
かつての自分たちの学校の先輩のように、変に威圧的ではないだけまだいいのかもしれないが――これでは部長や副部長は間に挟まれて、ちょっと大変かもしれない。
そんな風に他の学校だからこそ、鍵太郎が冷静に分析していると。
西宮は「終わった!? 大体のパート割り決まった!?」と、急かすように言ってくる。
「終わったら早速合奏を――と、その前に! 柳橋、挨拶!」
「え、ええっ!? 私が、ですか!?」
「あんたがやらなくて誰がやるっていうのよ!」
「……え?」
そんな二人のやり取りに違和感を覚えて、鍵太郎は首を傾げた。
あんたがやらなくて誰がやる。
それは少し前に、自分も言われたことがある言葉だったからだ。
『それ』はこの場における、唯一無二の存在。
挨拶しなければならない存在。
そしてそれは、先生と部員の間に挟まれて――きっと大変であろう存在だ。
そんな彼女は、顧問の先生に強制されてどうにも泣きそうな顔で立ち上がり。
二校の生徒たちに対してやっぱり申し訳なさそうに、大きく頭を下げて言ってくる。
「あ、改めまして……薗部高校吹奏楽部の、部長になります、柳橋葵……です。
い、至らぬ点はあると思いますが――これから合同バンドのほど、よろしく、お願い致します……!」
そう挨拶した彼女は、今度はこちらにだけ聞こえるような小さな声で。
「……本当に、うるさい学校ですみません」
心底すまなさそうな調子で、鍵太郎に向かって一言付け加えてきた。
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