第211話 大爆笑のウィンウィン

「『フォクシー・ミュージック・アンバサダー』か……!」


 湊鍵太郎みなとけんたろうの宣言に、吹奏楽部顧問の本町瑞枝ほんまちみずえは驚愕したように目を見開いた。

 『フォクシー・ミュージック・アンバサダー』。

 それは昨日鍵太郎が行ったテーマパーク『フォクシーランド』で行っている、生演奏イベントの名前である。

 オーディションに合格すれば、アマチュア演奏団体でも園内でテーマパークの一員として、演奏ができるという取り組みだ。

 そんなものがあるということを、鍵太郎は昨日ショーの案内掲示を見るまで知らなかったのだが――さすがというか何というか、音楽教師である本町は知っていたらしい。

 その正式名称が顧問の先生の口から出てきたことに、鍵太郎は笑って言う。


「あ、先生も知ってましたか」

「知ってるも何も。あれはそのスジの人間にゃ、結構有名な話だぞ。オーディションの倍率も時期によっちゃ跳ね上がるって……ま、いいや。それは置いといて」


 おまえが何を考えて、どうしてこんなことを言い出したのか。

 しかも何で、それを他の学校と合同バンドでやろうなんてことになったのか――それを聞かせてもらおうじゃねえか。

 そう言って本町は、顔の前で手を組んで、口元を覆った。

 久しぶりに見る、悪の秘密結社の首領スタイルだ。

 しかしその組んだ手から僅かに見える口の端が、明らかに上がっているのが見えたので――それに倣って鍵太郎も、ニヤリと口角を吊り上げる。

 理由は、いくつかあった。


「まず合同バンドを組もうと思った理由は、単純に人数の補強をしたかったからです」


 三年生が引退した現在、当たり前のことだが部員の数は三分の二まで減少している。

 どんな曲をやるにしても、どこかに歯抜けが出てくる状態だ。

 そういった場合、今までより少ない人数でできる曲を選ぶか、音の抜けをなんとか補って無理矢理演奏するかの二択になるわけだが――どちらにしても、やれる曲が少ないとなると、活動範囲はどうしても大きく制限されてくる。

 しかし他校と合同でバンドを組めば、若干の偏りはあるかもしれないが、主だったパートならば十分な人数を確保できるのだ。

 それならばかえって大きなことに挑戦できるし、さらにオーディション合格という明確な目標があるので、部活のテンションも下がらない。

 コンクールが終わり、来年の一年生が入ってくるまでのこの時期はオフシーズンと思われがちだが――やり方次第ではそうでもない。

 むしろ積極的に行動していくことで、いい緊張感を保ったままこの先もいけるのではないか。

 そう言う鍵太郎に、本町はうなずく。


「なるほど。それで?」

「もう一つの大きな目的は、フォクシーランドで演奏できるとなれば、新入部員の大幅増が見込めるからです」


 フォクシーランドは日本有数のテーマパークだ。

 『フォクシー・ミュージック・アンバサダー』にはいくつかのルールや既定が設けられていたが――その中の特典のひとつとして、演奏団体には本番終了後、パークの一日フリーパス券がもらえるとも書いてあった。

 つまり本番が終わった後は、遊び放題。


「ということはステージを来年の五月あたりにセットしておけば、新一年生は何もしなくても入部するだけでフォクシーランドに行けて、思う存分遊べるということになります。最悪の場合オーディションから落ちたとしても、そこまで練習してやり込んだ曲なら、多少の歯抜けはあっても新入生勧誘の演奏は大いに盛り上がるでしょう。どっちにしても来年の一年生は、これまでより多く入部してくれるかと」

「おいおいテメエ、フォクシーランドを客寄せパンダに使おうってのか!?」


 しかしそうは口走りつつも、本町はそれは傑作だと言わんばかりに爆笑してみせた。

 おかしくてしょうがないといったように、先生は肩を震わせているが――頭の中では既に、めまぐるしく計算を始めているのだろう。

 ひとしきり笑いつつこちらの提案を吟味した後、本町は少し落ち着いて「ふむ」とうなずき質問してくる。


「だが、そうは言っても申し込んだ先の学校が、そこまでデカイ話に乗ってくれるかね? まあ興味を持ってくれそうな学校は、なくもないだろうが――向こうさんはただ単純に、一回だけ合同練習をしようって言ってきただけなんだ。そんな腹積もりのやつらに、この提案はちっと重過ぎないか?」

「絶対乗ってきます」


 間髪入れず言い切ったことに、顧問の先生は興味を持ったらしい。

 視線で続きを促され、鍵太郎は昨日から考えていたことを口に出す。


「向こうはもとより、うちと一緒にやって今より上手くなるために、練習方法を参考にしたいと言ってきた学校です。だったら一回と言わず何回も練習できるこの提案は、願ってもないチャンスのはずなんですよ。

 それに新入部員が欲しいのは、他のどこの学校だって同じです。特にうちと同じくらいの規模の部活なら、来年の一年生は絶対多く入部させたいはず。だったら向こうも、うちの学校だろうがフォクシーランドだろうがガンガン利用して、自分のところの部員を増やしてもらえばいいんですよ。そこはお互い様なんですから。

 つまりこれは、両者ともに利益のある取引です――やる気のある学校だったら、絶対乗ってきます」


 あれですか、こういうのが、ウィンウィンっていうんですか――と。

 あの楽器屋のことを思い出しながら、鍵太郎は本町への言葉を締めくくった。

 メリットを示せ。

 そのことを考えたらワクワクして、それまで気にしていたことなんか、いつの間にか忘れて。

 そしてこれから先も、がんばろうと思えるような、そんな理由を示せ――と。

 これはあのときの言葉を自分なりに解釈して応用したものだったが。

 この顧問の先生は、分かってくれただろうか。

 その本町は、自分が長々としゃべっているうちに段々と頭を下げていき、もはや組んだ手に額を乗せて、うつむいたような状態になっている。

 その姿は、何やらこの話を考えてもいるような。

 もしくは生徒がどうにも面倒なことを言い出したと、頭を抱えているようにも見えるのだが――さて。

 と、鍵太郎が先生の次の反応を待っていると――


「ク……ククククク、ククッ……!」

「せ……先生っ……!?」


 急に本町が堪えきれないといったように怪しい笑い声をあげ始めたので、さすがに一歩後ろに下がった。

 だが当の顧問の先生はそんな生徒の様子など気にせずに、そのまま身体を小刻みに震わせる。

 そしてその本町が――


「クク、クク……ぶ、ぶわっ、くっ、ぶ、ははははははっ!? おい湊!! おまえ、おまえ! おまえはとんでもなく、とんでもなく大化けしやがったなあ!?」

「一体なんなんですか、先生っ!?」


 先ほど爆笑したときとは比べ物にならないほどに呵呵大笑し始めたので、鍵太郎はたまらず混乱の叫びをあげた。

 化けたって、何だ。

 そう思って顧問に対して鍵太郎がドン引きしていると、先生は言う。


「いやあ、今まで滝田たきただの春日かすがだの豊浦とようらだの平ヶ崎ひらがさきだの、必要に迫られて化けてきたやつらは何人か見てきたが――ああ、おまえはそれ以上だな!? とんでもねえ大化け方をしやがった。あー面白え。教員としてマジ最高の瞬間だぜ」

「せ、先生……?」


 そのセリフに、どうも褒められているらしい、ということは分かるのだが。

 本町のテンションが高すぎて、詳しく突っ込んで尋ねるのがどうにも憚られた。

 しかし、ということは――つまり。


「いいぜ。合同バンド、やろうじゃねえか。おまえがそこまで考えて、決断したってことはそれなりの覚悟はあるんだろ。だったらそんなとアタシらと、一蓮托生してくれる学校を巻き込みに行こうじゃないか」

「いいんですか!?」


 顧問の先生からGOサインが出たということで、鍵太郎は身を乗り出してそう本町にそう言った。

 化けた云々の話はよく分からないが、ともかく今は、許可をもらったことへの嬉しさの方が先に立っている。

 そしてそんな生徒の様子に――先生はさらに目を輝かせ、もはや獰猛といってもいい笑みで「おうよ」とうなずいた。


「というか、ちょうどここいいかなって思ってた学校があったんだよ。うちから近くて、顧問の先生も結構やる気があるとこだ。合同バンドやるなら打ってつけだろ。よしじゃあ、そこ連絡してみるわ」

「お願いします!」

「ああ。おまえらが、おまえが――ここからさらにどこまで化けていくのか。それがアタシもすっげえ楽しみになってきたわ」


 とんでもなく興味が湧いてきたぜ、これから先のことに。

 そう言って、先生は――自分たちの行く先を考えて、とてもワクワクしたといった風に大笑いしてみせた。

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