第210話 その輝きと強さを以って
「で、話って何だ、湊」
部員のみんなでテーマパークに行った、次の日。
学校の音楽準備室で、吹奏楽部顧問の
「はい、先生。俺たちは――」
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『それ』が書いてある掲示板を見つめ、鍵太郎はしばらく思考を停止していた。
そんな。
だって。ありえない。
ここは『フォクシー・ランド』。
全国有数のテーマパークだ。
何だって、そこに――
「……あの。湊?」
と。
そんな鍵太郎を見て、一緒にいる
先ほど自分のことを意気揚々とここまで引っ張ってきたのに、その当人がいきなり固まったのだ。
何かあったのかと不思議に思うのも、無理はないだろう。
というか鍵太郎自身だって、今目にしているものが信じられなくて――
「……っ!」
なので事の真偽を確かめるために、鍵太郎は急いで自分の携帯を取り出し画面に指を滑らせる。
見るのはこの、フォクシーランドのホームページ。
そこにある催し物案内。ショーや生演奏の告知。
そしてこの園内で行われるという、『これ』についての詳細――
「……ああ」
そして、それら全部に、ひと通り目を通した鍵太郎は。
これまで聞いてきたもの、目にしてきたもの、その他にも様々な情報を組み合わせて――
ある、ひとつのアイデアを閃かせていた。
「……なあ、片柳」
けれども、それを実行するには自分ひとりの力では絶対無理で。
鍵太郎はゆっくりと携帯から顔を上げ――未だ当惑した様子でこちらを見る同い年にひとつ、質問をする。
「おまえ、さっき言ったよな。せっかく楽器をやるんだから、音楽で真剣になりたいって」
「え? え、ええ。言ったけど……」
もはや奇行とも言うべき部長の行動ではあったが、彼女はすぐに言葉の意味を理解したのだろう。
若干引き気味ではあったものの、素直にうなずいてくれる。
そしてそんな隣花に、鍵太郎は重ねてもうひとつ質問をした。
「じゃあさ、もしコンクールじゃなくても、真剣に楽器を吹ける機会があるとしたら――おまえはやるか?」
「……それは」
だがそんな彼女も、今ここでそんなことを訊かれるとは思ってもみなかったらしい。
さすがに逡巡する素振りを見せ、しかしやがて――
強い意思を込めた眼差しをこちらに向け、隣花はその問いに答えてくる。
「――やるわ」
「よし、言ったな?」
言質は取った。
あとは他の面子と話し合い、話をまとめるだけだ。
しかしそういえばそれ以前に、あの件が今どうなっているかを、顧問の先生に確認しなければならない。
現段階だとこの思いつきは綱渡りというか、色々な部分が賭けのようなものではある。
そこが手落ちとなればこの計画はおじゃん――とまではいかないまでも、効果は大幅に薄れると考えていい。
ならば先生とは早急に連絡を取らなければならない。そう思って鍵太郎は、教わった顧問の先生の番号に一瞬の躊躇もなく電話をかけた。
今日は学校祭の代休だ、あの先生もさすがに学校で仕事に追われているということはないだろう。
そして願わくば、それにかまけて例のあの話も、まだ処理していませんように――と、祈りつつ鍵太郎が、携帯からのコール音を聞いていると。
『――あ? もしもし、湊?』
果たして顧問の先生は、わりとすぐに電話に出てくれた。
そのことに対して勢い込んで、鍵太郎は携帯の向こうから聞こえてくる声へとまくしたてる。
「あ、本町先生すみません、今大丈夫ですか!?」
『あ!? なんだなんだ、どうした!?』
「はい、ちょっと確認したいことがあるんですけど――」
そうして必要なことを二、三聞き――鍵太郎は、自分の思惑が外れていなかったことに、会心の笑みを浮かべた。
いける。
そう確信して次の手を打つべく、いったん顧問の先生との電話を切る。
「すみません、
「……ねえ。一体何をやろうとしてるの、あんた」
そんなこちらの行動に、いい加減隣花も不審感を覚えたらしい。
眉をしかめて訊いてくる彼女に、鍵太郎は先ほど見つけたフォクシーランドのホームページの画面を見せる。
「――え?」
それに、ついさっき自分がそこのショーの案内看板を見たときと同じリアクションを、隣花が取るのを見て。
鍵太郎は唇の端を吊り上げ――「さっき、やるって言ったよな?」と念を押し、固まっている彼女をよそに他の同い年たちの元へと向かった。
隣花がフリーズするのも無理はない。
ほんの少し前まで、自分だって
初めてのことだろうから、色々考えることは出てくるはずだ。
しかしそれ以前のこととして、まず同い年たちの意思を確認しておきたかった。
打楽器のあの双子姉妹はおそらく、即座に賛成するだろう。
だから話すのは、他の部員たちだ――そう考えながら少し離れたところで昼食をとっていた、同学年たちの席の前に立つ。
彼女たちは、妙に足早に自分が戻ってきたことに驚いたのか、おしゃべりを止めて何事かといった顔でこちらを見てきた。
そしてその中でも鍵太郎は、浅沼涼子に尋ねる。
「なあ、浅沼。おまえさっきパレードとかやってみたいって言ってたよな」
彼女は。
浅沼涼子は裏も表もなく、ただ真っ直ぐにやりたいことに向かって突き進む人間だ。
だからこそ彼女の進む先には思いもよらない景色が広がっており。
その意思はこれから未知の世界へ進むための、力となる。
「じゃあ、ここで演奏できるとしたら、おまえはやるか?」
先ほどフォクシーランドのホームページで確かめたのは、この園内ではアマチュア団体も審査に合格すれば、演奏できるということ。
そしてショーの案内看板で見かけたのは――そのオーディションに合格してやってきた、どこかの
どんな荒唐無稽な夢物語であっても、このテーマパークの中では実現する。
それに見合う、実力と真剣さをもってすれば――鍵太郎が、そう思ったとき。
「やるーーーーーーーーーーー!!」
浅沼涼子は目を輝かせて。
決して折れない真っ直ぐさで、自分に向かってそう叫んできた。
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だから鍵太郎は、そんな彼女たちの輝きを受けて、強く真っ直ぐに顧問の先生に答える。
この先生に確認したのは、今年のコンクールの結果を受けて合同練習を申し込んできた学校へ、返事をしたかどうかについてだった。
そして本町は昨日、まだどこの申し込みも受けていない、と言った。
ということは――取るべき道は、ただ一つ。
『その未来』を強く心に描き、鍵太郎は。
川連二高吹奏楽部の部長は、顧問に向かって宣言する。
「――川連二高は、他の学校と合同バンドを組んで、フォクシーランドで演奏をします!」
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