第206話 遊園地に行こう!

「フォクシーランドだー!!」


 そう叫んで、ゲートに入った途端走り出す浅沼涼子を。

 湊鍵太郎みなとけんたろうは、やれやれと笑って見送っていた。


 フォクシー・ランド。

 そこは知名度としては世界的なあの遊園地には及ばないものの、日本国内ではかなり名の知れたテーマパークである。


 東に夢の国、西に映画の国と来れば、次に名前が挙がるくらいに有名な場所だ。

 その遊園地に、鍵太郎たち吹奏楽部のメンバーは学校祭の代休を利用してやってきていた。

 平日の午前中ということもあって、辺りにはそこまで多くの人はいない。

 涼子がダッシュしていっても問題ないくらいの、快適な混み具合である。

 相変わらずの彼女の背中を見失えずに済むことに、鍵太郎は少しの安堵感を覚えた。この広いテーマパークの中ではぐれたら、下手をすると高校生にもなって迷子の呼び出しをせざるを得ない。

 学校祭も終わって一段落ついて、少し羽を伸ばそうかということで今日はここまで来たのだ。

 そんなことなので、今回に限って無用なトラブルは御免なのである。はしゃぎ回る涼子を目で追っていると、一緒にやってきた千渡光莉せんどひかり宝木咲耶たからぎさくやが、きょろきょろと辺りを見回しながら言う。


「久しぶりね、フォクシー。小学生のとき以来かも」

「私、初めてー」

「あ、そうなんだ」


 懐かしむように、あるいは初めて見るものに否応なく心が弾んでいる、といった様子の二人に相槌をうつ。

 とは言っても、鍵太郎自身もここに来たのはかなり小さいとき以来なのだが。

 幼稚園かそのくらいのときに家族全員で来て――姉に引っ張りまわされたのをなんとなく覚えている、ぐらいの思い出しかない。

 だから今日ここに来ている面子は、一部を除きフォクシーランドの初心者といってもいい。

 そして、その一部。

 こういったところに来慣れている双子、越戸ゆかりと越戸みのりがそこで全員に声をかける。


「はいはーい、みなさんちゅうもーく! ここで私たちが、こういったテーマパークの、さらなる楽しみ方を説明しまーす!」

「はいはい、集合しゅうごーう! 涼子ちゃんも戻ってきてー!!」

「ほいほーい!」


 みのりが声を飛ばすと、一応こっちのことは気にかけていたのか、涼子が走って戻ってくる。

 そうして、全員が揃ったところで――

 ゆかりとみのりはその『テーマパークのさらなる楽しみ方』を力説し始めた。


「こういうところはね、現実から隔絶された、エンタメの楽園なわけですよ!」

「そういった雰囲気は恥ずかしがらずにね、思いっきり楽しんだもん勝ちなんですよ!」


 ふむふむ、とその場の全員がうなずく。

 確かに、吹奏楽部で演奏をするときもそうなのだ。

 スタンドプレーを恥ずかしがって中途半端で終わるよりも、失敗しても大いにやり切った方が、結果的に盛り上がるのである。

 それは特に、先日の学校祭で実際にやらかした鍵太郎にとっては苦笑いしたくなる、けれども実感を持ってうなずける話でもあった。

 ならばそんな風に、ここの雰囲気に溶け込んで、楽しく過ごすにはどうしたらいいのか――

 その答えを、二人は自分たちの荷物の中からバッと勢いよく取り出す。


「なのでー!」

「これからみんなには、これをつけてもらいます!」


 それは、テーマパークでよく売られている、小道具。

 動物などのマスコットになりきるためのグッズ――


 いわゆる、耳つきのカチューシャだった。



###



「あたしこれー! フォクシーがいいー!」


 その頭につける装飾品へと、真っ先に手を伸ばしたのはやはり涼子であった。

 彼女はこのテーマパークのメインキャラクターである、『きつねのフォクシー』のカチューシャを取って早速身につける。明るい茶色の毛がふさふさしたもので、涼子がつけるとなんだかそのままケモノっぽいというか、彼女の持つ躍動感がさらに増したように見えた。

 他にもいくつか種類があって、それぞれがこのテーマパークのキャラクターに対応したものになっている。

 白ウサギのキャミィ、縞トラのティーグル。

 光莉と咲耶はしばらく迷っていたが――二人で話し合った末、光莉はトラを、咲耶はウサギを選んで頭につけることにしたようだった。


「えーと、こんな感じかな?」

「どう? これで大丈夫?」

「ああ、いいんじゃないか」


 鏡などがないため、二人は頭上につけたそれがズレていないかどうかを、こちらに確認してくる。

 特におかしなところはない。

 というか――むしろその耳は、彼女たちがそれぞれが持つ印象にとてもよくマッチしていて、鍵太郎はカチューシャをつけた二人に対して大きくうなずいた。

 特に、咲耶だ。

 その白くて長い耳はそのまま彼女の清廉さと、人の話をよく聞く気立てのよさを表しているようで、非常によく似合っている。

 それに改めてうんうんとうなずいていると、その姿を見ていた光莉が、もう一度ジト目になって訊いてきた。


「似・合・っ・て・る?」

「あ、ああ。似合ってるぞ。超絶似合ってる」


 特に、その今にも噛み付いてきそうなところとか――とか言うとまた殴られそうな気がしたので、黙っておくとして。

 だがそもそも、光莉がこういったノリの良さを見せたことは、少々意外ではあったのだ。

 なんとなく勝手なイメージで、こういうことはあまり好きではないんじゃないかと思っていた。

 それは言ってみると――光莉は自分でも不思議そうに、首を傾げる。


「うーん。まあ、なんか別にいいかな、って思っちゃったのよね。自分でもよく分からないけど」

「そうか。なら、それでいいんじゃないか」


 ひょっとしたら以前の彼女だったら、こういったことを拒絶していたかもしれない。

 けれども今は――こうして段々と、彼女も様々なことを受け入れられるようになってきているのだ。

 だとしたら、それはとても喜ばしいことのように思えた。

 なので、むしろそれで笑っていると――

 当の光莉はそうとは知らず他の耳を指差して、こちらに訊いてくる。


「ていうか、あんたはどうするのよ。どれつけるの?」

「えー……。俺もつけなきゃダメか。やっぱ」


 どうも、まだやっぱり気恥ずかしい気持ちがどこかに残っていて、実は迷っていたのだが。

 女の子がつけている分には可愛げがあっていいが、男の自分がつけて園内を回るのは、見た目的にちょっとどうなのか――などと。

 そんなことを考えて躊躇していると。

 ゆかりとみのりの二人が、後ろから無理矢理カチューシャを頭に装着してきた。


「えい」

「湊はこれ! クマね!」

「クマかよ!?」


 フォクシーランドの中でも甘いもの――特に蜂蜜に目がないクマ、オウルスの耳を付けられて、鍵太郎は二人に対して抗議の声をあげた。

 確かに自分は甘いもの好きだし、今だって、ほんのりと漂ってきているキャラメルポップコーンの匂いについつい誘われているわけだけれども――

 と、思ったところで。


「……適切な人選だな」

「でしょー? 湊にはそれしかない! って持ってきたんだよ、それ」

「ピッタリだよね。オウルスみたいに今日は、甘いものを抱えて食べてるといいよ」

「くそう、何も言い返せない……!」


 この耳が存外自分に合っていることに気づいて、鍵太郎はぶるぶると震えた。

 確かにゆかりとみのりの言う通り、自分はキャラメルポップコーン片手に、今日は園内を回っていることだろう。

 というか、つける前は抵抗があったものの、こうして装着してしまえば案外つけていることは気にならないものだ。

 耳は頭上にあるので、自分では見えないからだろうか。そう思って手を伸ばして頭にある、もふもふを触っていると。

 ゆかりとみのりは最後の人物、片柳隣花かたやなぎりんかに声をかける。


「はい! 片柳さんにはこれ!」

「フォクシーレディだよ! 片柳さんにはピッタリだと思うんだ!」


 その銀色のふさふさした耳は――このフォクシーランドのヒロイン。

 シルバーフォックス、『フォクシーレディ』のものだった。

 差し出されたそれはその通り、スラリとした手足と切れ長の目を持つ隣花には、とても似合うことだろう。

 しかし、これまでのやり取りをずっとずっと――渋い顔で眺めていた彼女は。

 そのカチューシャを見下ろし、静かに首を振る。


「……いい。私は」

「えー、そんなこと言わずにさあ。つけようよ? 楽しいよー」

「つけた方が心の底から、こういうところは楽しめるよー?」

「……いい。あんまりそういうの、好きじゃないの」


 そう言って隣花は――すっと身をひるがえして、ゲートの先へ向かっていってしまった。

 そこから先は、フォクシーランドの園内だ。

 なので別に、彼女がここに来ること自体を拒絶しているわけではないのは明白なのだが――

 同い年のその行動に、ゆかりとみのりは顔を見合わせて、小さくため息をつく。


「うーん。分かってはいたけど、ノリが悪いなあ」

「まあ、しょうがないか。無理強いはしたくないし」


 そう言って銀色の耳をしまう二人に、とりあえずほっとして。

 鍵太郎は耳をつけた頭をかき、そのまま隣花のことを追いかけ、歩き始めた。


「……やれやれ」


 先日、彼女の様子がどこかおかしいのを見て、今日はこの場に誘ってみたのだが。

 やはり隣花とは少し、話してみる必要があるようだった。

 無用のトラブルは御免だが、それ以上のトラブルはもっと御免なのだ。

 そう思って彼女を追いかけていると――


 一気に視界が開けて。

 そこからは一面、フォクシーランドの景色が広がっていた。

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