第203話 極彩色の花火
普段は自他共に『地味』と認めていたはずのあの先輩が、今は人が変わったように無茶苦茶な音を出しているのだ。
それはまるでサブマシンガンのような勢いで、この最後の最後の曲に一体どこからそんな力を叩き出してきたかと、耳を疑いたくなるような場面だった。
でも今は、それもなぜだかすんなり受け入れられる。
さっき思い切り叫んだとき、頭のネジも数本一緒に飛んだのかもしれない。
愉快すぎて心の中の笑いが止まらない。
疲れきっているはずなのに腹の底から音が出る。
それは周りのみなも同じようで、このアンコールという最も体力的にはつらい場面にも関わらず、出てくるのはただひたすらに伸びやかで楽しげな音たちばかりだ。
流星のように長い尾を引いて、ユーフォニアムの
特大のほうき星がうっかり地上に着弾したら、それを通り越してフルートが踊るように跳ねるように、旋律を吹き加えていった。
そこら中に火の粉を撒くのは、さっきのクラシックな音とは打って変わった調子の
彼女はクスクスと笑っているかのように、周囲にキラキラとした熱を生み出していく。
あの先輩がずっとずっとやりたいと願っていたのは、実はこういった感じだったのだろうか。
その『はじまりの火』は伝播していき、積み重なって大きくなって――
そして、炎となって湧き上がる。
全員が自分がさっき叫んだくらいに大声で歌い出した。
自分もそうだが、本当にどこにそんな力が残っていたのか。
分からないけど、今はそれでいい。
だって食らいつくように埋め尽くすように、熱風が会場中に広がっていくから。
誰かが呼んだら誰かが応えて、それがたまらなく嬉しくておかしくて、馬鹿みたいに笑いが止まらない。
主役が入れ替わり立ち代り、次々と現れてそれを渡してはまた受け取っていく。
合いの手を入れて相手を変えて、そしてまた元の位置に戻ってめまぐるしく移り変わっていく。
同じメロディーなのに違う楽器があって、それぞれが同じなのに違う色を出していた。
雨が止んだら虹が出るのさ――と言っていたそこで指揮を振っている先生の言う通り、本当に雨が止んだら虹が出たようだった。
全員が気がつけばひとつのものを本気でやっていたとき、その光に照らされて浮かび上がったのは極彩色の幻影だ。
お祭り騒ぎには相応しい。
びっくりするほど派手派手しいのに、でもそのくせ目が離せない。
そして気がつけば消えてしまっている――手を伸ばしても掴めない幻。
でもそれでも構わない。
これをやる限り虹は出続ける。
音が一瞬で消えるなら、その一瞬を出し続けるまでだ。
もう一度同じメロディーを繰り返して、まだまだ続くと観客に伝えた。
だがただのリピートでは物足りない。立ち上がるのは再度関掘まやか。今度は情熱的な
ヒラヒラしてるくせにやけに強くて、そんな彼女そのものな音に、どうしても噴き出しそうになる。
だけどやっぱりちょっと睨まれたので、邪魔にならないように音量を落とした。ハイハイ、もう好きなようにやっちゃってください、今はいくらでも踏んでもらって構いませんから。
その代わり――こっちもとことん好きなようにやらせてもらいますからね!
まやかのソロが終わると同時に、全員が待ってましたと吹き上げ始める。
それを打楽器全部が引き締めて、部長としての
みんなが好き勝手やりそうになると、あなたたちいい加減にしなさーい!! とあのちっちゃい身体で、全員を食う勢いで怒鳴っていたのを思い出す。
それすらも、今はなんだか懐かしいような楽しかったような、不思議な気持ちだった。
あれほど大変でキツくてどうしようもなかったはずなのに、結局自分たちはまだそれを続けている。
今だってそうだ。脇腹がギシギシいって痛みすら出ているくらいなのに、楽器を吹く手は止まらない。
求められたから行動してきた、というのはある。
けどそれだって、突き詰めれば自分がそうしたいからやってきたことだ。
だけどそんなどこで息継ぎするんだよという出ずっぱりの譜面に、いつも付き合ってくれたのは、ここからでは背中しか見えない
その特質ゆえにほとんど主な場面には関わってはこられなかった彼女だったが、自分だけは知っている。
この先輩がいなければ自分は今ここにいないし、この先もまるで約束されていなかったはずだ。
ここまで今年はずっと、こんな風にこの人の背中を見つめながらやってきた。
音楽のことも、それ以外のことも。
この師匠からはたくさんのものを教えてもらった。
おかげで余計なことも、散々知ってしまったが――
道化のくせに寂しがりやで、だからこそ干渉できないくせにずっとその場にいてくれた、この人と一緒に。
最後のひと踏ん張りだ。祭りの声は止まらない。
騒々しく、華やかに、けたたましく――
そしてどこか、狂ったように。
どこまでも続くように思えた。
けど終わりがあるからこそ惹かれることも、もう分かっていた。
誰かが誰かに呼びかけて、その連鎖が始まったらいつか大きなうねりになる。
そのうねりに合わせて、テンションが上がっていく。
長い長い道のりの先にあった、最果ての虹。
決して掴めないことは分かっていて、それでも手を伸ばす。
そうして登っていった先で、背伸びをしてそれに触れられたように思ったとき――
そこにあった虹は弾けて大きく広がり、円を描くようにして波打ち霧散した。
それはまるで、花火のようで。
その煌いて散った一瞬に全員で歓声をあげる。
綺麗でした。びっくりした。おもしろかった。
そして――
「ああ、楽しかった」
そんな歓声の中で。
鍵太郎は空を見つめながら、ただそれだけを口にしていた。
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