第202話 レッツ・パーリー!
最後の曲が終わって、合図とともに
学校祭二日目、吹奏楽部コンサート。
その本番は、こうしてたくさんのお客さんの拍手に包まれての大成功に終わった。
よかった――とその光景に、鍵太郎はほっと一息つく。
一時はどうなることかと思ったが、こうして後輩のがんばりで多くの人が集まって、演奏も先輩たちのおかげでここまで盛り上がるほどのすごいものができたのだ。
波乱含みの演奏会ではあったが、こうしてなんとか最後まで走りきることができた。
だからあとは、本当の最後の最後に残った『あの曲』をやりきるだけで――
と、思ったところで。
「――あれ?」
ふとそこで『そのこと』に気づいて、鍵太郎は声をあげた。
これは演奏会のお約束ごとなのだが――プログラムにある曲は終わっても、あと一曲くらいはアンコールとして用意しているものがある。
なので、それをこれからこの拍手喝采をあげている大勢の人たちの前でやることになるわけだが――
「あ……あ、あれぇぇぇっ!?」
その曲の冒頭部分に、自分としてはとんでもなく恥ずかしいことがあることを思い出してしまって。
鍵太郎は今更ながらに、笑っていたはずの顔を引きつらせた。
改めて自分自身でこんな集めてしまった、観客席を見る。
OBOG。友人知人。
他にも自分たちでチラシを撒いて宣伝して集めた、名も知らない人たち。
おそらくは軽く二百人以上はいるだろう。
その中にはあの指揮者の先生や楽器屋が呼んだ、音大卒の耳の肥えた人だっているはずだ。
自業自得といえばそうかもしれないが、会場いっぱいにいるその人たちに向けて、これから自分は――
「――はい、たくさんの拍手ありがとうございます! ではその声にお応えして、あともう一曲、アンコールをお届けしたいと思います!」
せ、せんせええええええっ!?
そういえば、知らない人にとっては全く意味不明の掛け声をあげなければいけないわけで。
知ってか知らずか景気よくアンコールを宣言する司会の顧問の先生に、鍵太郎は心の中で全力の叫び声をあげた。
その掛け声と曲の名は、『エル・クンバンチェロ』。
スペイン語で『太鼓を叩いてお祭り騒ぎ』という意味だが――
そんなもの、知らない人にとってはただの訳の分からない奇声にしか過ぎないだろう。
だがしかし自分はそれを、今からここにいる全員に対して思い切り叫ばなくてはならなかった。
これまで完全に宣伝に気を取られて頭から抜けていただけに、直前で思い出したショックはかなり大きい。
知らないうちに墓穴を掘っていた過去の自分を、できるものなら殴ってやりたかった。
そしてもっとできるならば、今回ばかりは見逃してほしい――そんなことを考えていると。
舞台の向かいにいる打楽器の越戸ゆかりとみのりが、ニヤニヤしながらこちらを見ているのが目に入ってくる。
そもそもこんなことになった発端は、あの二人なのだ。
くっそあいつら、他人事だと思いやがって――と渋い顔をしていると。
今度は壇上からあのトランペットの先輩が、射殺しそうな勢いでこちらのことを睨んできた。
「……」
逃げ場は、無かった。
去年とはまた別の意味で、逃げ場なんてもうとっくになくなっていった。
だから自分がどうあがこうが、こうなることはもう決まっていて――あとはそこで、自分がどうするか。
それしかなかったのだ。
だから――
太鼓の前奏が聞こえてくるのに合わせて、鍵太郎は覚悟を決めて、震える唇を開く。
それは、これから起こる祭りへの合図。
これで終わったわけじゃない。
まだまだ炎は燃えているのだと。
そう知らせるための、始まりへの口火――
だけど。
「く……くンバン、ちェーロー!」
声が裏返った。
死にたい。
本気でそう思った。
けど死ねなかった。
だってここは、舞台の上だ。身を守るものも隠れるものもましてや視線を遮るものなんて何もなくて、スポットライトに照らされたら、もう逃げることなんて絶対にできないただまっさらな空間なのだ。
頭に血が上って真っ赤になり、思考が混乱して、一体自分が何をやっているのかも分からなくなる。
合いの手を叩くボンゴの音が、今はやけにゆっくり聞こえた。
その瞬間に、様々なことが脳裏を駆け巡る。
これは部長になる前祝いだと、この間ゆかりとみのりは言っていた。
これで祝っているつもりなのかどうかはかなり疑わしいが、けれどもこれから部長になるんだったら、自分にはもっとやるべきことがあると、そう思っていたのは確かだった。
強くなりたかった。
客席が目に入る。
突然意味の分からない言葉を叫んで、挙げ句スベって泣きたいと思っている自分のことを、一体何が始まるんだろうとキラキラした目で見つめてくる人がいる。
それにあの楽器屋が昨日言っていた、天啓じみたセリフが蘇る。
みんな待ってる。
目の前ですごい演奏が始まることを。
心を動かす『なにか』が始まることを――
その意味が、分かった瞬間。
鍵太郎の頭の中で、何かが弾け飛んだ。
「
それはもう、ヤケクソに近い感情であったのかもしれない。
恥ずかしさを通り越しておかしくなってしまった、ただのみっともない男の単なる喚き声だったのかもしれない。
ただ、その心の底からの叫びを――
『オッケー!!』
ゆかりとみのりは、待ってましたとばかりに聞き入れて。
揃って二人で愉快に軽快に、リズムに乗って突っ走り始めた。
そのビートはこれまでかなりの体力を消費しているはずなのに、疲れを全く感じさせない。
金属を打ち鳴らす音が聞こえる。
その周りにいた部員たちが引っ張られて、くすくすとおかしげに笑い始めるのが聞こえる。
自分のあげた号令に、鍵太郎自身が呆然としていると――
このときばかりは武器を持ち替えたトランペットの先輩が、ベルの先から思い切り、マズルフラッシュじみた閃光を撃ち始めた。
その小さな種火は周囲に伝播し、熱風となって吹き荒れる。
これで終わったわけじゃない。
炎はまだまだ燃えている。
それはまるで、お祭り騒ぎ。
陽気にひたすら、騒々しく――
太鼓を叩いて、祭りの始まり!
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