第199話 幸せのステージ
そして、散々チラシを撒いて宣伝したことによって――
「本っ当にあんた、やりすぎなのよ!? 何これ!? なんでこんなに人が集まるの!?」
「だってそりゃ宣伝したんだから、人は来るだろうが!? いいから、文句言ってないで椅子並べるぞ
想定していた以上に観客が集まってしまって、
最初は続々と人が体育館に入ってくることに、喜んでいた吹奏楽部の面々だったが。
その勢いが止まらず、ついに立ち見が出てきてしまったことに――先ほど大慌てで、残っていた椅子を引っ張り出してきた次第である。
あの楽器屋に言われて少し宣伝方法を昨日と変えただけなのに、まさかそれで、こんなに人が集まるとは思わなかった。
これは嬉しい悲鳴、と言いたいところだったが、あいにくと今はそれすらもあげられないほどてんてこ舞いだ。
とにかく部員総出で椅子を拭き、並べ、立っていたお客さんを誘導していると――
そんな鍵太郎に、声をかけてくる人物がいる。
「ほっほっほ。盛況じゃの。
「し、
そこにいたのは先日、光莉と一緒に見に行ったオーケストラで指揮を振っていた渋川だ。
見れば、同じくその演奏会で出会った渋川の孫であるつばさや、さらにはそこの団員である
「うむ。来てやったぞ。よろこべ」
「こんにちは。今度はこっちが聞きに来させてもらったよ」
「はぁい、かわいいチューバ吹きさん♪」
「みなさん、どうして……」
まさか彼らが来るとは思っていなかっただけに、鍵太郎は呆然と挨拶をしてくる面子を見返した。
四人とも、こう言ってはなんだが、こんな学校祭の体育館でやるようなコンサートになんて来そうもないイメージがあったのだ。
なのでひどく驚いて、鍵太郎はそう訊いたわけだが――渋川は、笑ってその問いに答えてくる。
「なあに、こっちの演奏会に来てもらったんじゃ、こっちも行くのが筋というものじゃろ。持ちつ持たれつ。相互扶助の精神じゃよ。集客に困っているのはお互い様じゃからの。まあ、この感じだとそんな心配も要らなかったようじゃが」
「い、いえ! 来ていただいて、本当に嬉しいです!」
本来であれば最前列にVIP席でも確保しておきたかったほどの、
そんな人たちが来てくれたことに、鍵太郎は深々と頭を下げた。
あの外部講師の先生が呼んだのかもしれないが――しかしだとしても、この人たちにはそれに応える義務もなかったはずなのだ。
それなのに。
「あら、エルザやるの? いいわね、私もやりたいわぁ」
「メリー・ウィドウも有名なオペレッタだな。吹奏楽編曲版か。はは、今度はこっちがカルチャーショックを受けることになりそうだ」
「よし。よくわからんが、がんばれけんたろう」
「あ、あのっ! 楽しんでってください!」
屈託なくそう言う彼らに、そう言って感謝することしかできなくて。
鍵太郎はまた急いで、追加の椅子を取りに向かった。
光莉からパイプ椅子を受け取って、両手に二脚ずつ抱えてダッシュで持っていく。
彼女もあの面子が来たと聞いて驚いた顔をしていたが、無理もないだろう。
そして、そうやって走っていく途中で――
「――ああ」
他にも見知った友達や、OBOGの先輩たちが。
そしてそれ以外にもたくさんの知らない人たちが――これから始まるコンサートに対して、なんとなく浮き足立っているのが見えて。
その光景に。
「これ、幸せだな」
そんな、今までにない感覚を覚えて。
鍵太郎は忙しく走り回りながらも、ひどく愉快な気分で、そう口走っていた。
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「しかしまあ、よくもこんなに大勢、人を集められたものです」
「は、はぃぃ。なんか、すみません……」
そんな、バタバタとした準備を終えて。
少しだけ呼吸を落ち着けようということで舞台裏で休憩を取っていると、部長の
その迫力に、思わず謝罪の言葉が口をついて出てきてしまう。
いや別に、自分でもそんなに悪いことだとは思っていないのだが。
光莉の言う通り、これはちょっとやりすぎたかもしれない。
その点に関しては反省していると、優の方も別段怒っているわけではないらしく、「いや、謝る必要はないのですが」と前置きをして、言ってくる。
「私が言ったのは湊くんが無茶苦茶したことについてではなく、予想以上の集まりっぷりにびっくりしたからなんです。というかむしろ、感謝したいくらいですよ。私たちの最後の舞台を、こんなにたくさんの人たちに見てもらえるんですから」
「……先輩」
そういえばこの日の演奏を終えたら、今の三年生はそれで引退となるのだった。
去年もそうだったが、これでこの先輩たちがいなくなるという実感は未だにない。
これが終わっても、明日もひょっこり部活に顔を出すような――
このまま、終わりなど来ないような。
けれども、当人たちはまた違う気持ちでいるようだった。
カーテンの陰から客席を見ていた三年生、
「そうね。わたしたちの歩みを――辿り着いた結論を。こんなに大勢の人に聞いてもらえるなら、それはそれでありなのかもね」
「関掘、先輩……」
「さて! これで本当に、最後の最後ですよ!」
鍵太郎の沈みかけた気持ちを引っ張り上げるように、優がいつものように声を張り上げた。
これは、まだまだ終わりではない。
むしろ本番はこれからなのだと――部員全員に告げるように。
「みなさん、息は整いましたか? 心の準備はいいですか? まあ、できててもできてなくても舞台には引っ張り出しますが」
そう言って、今年一年をスパルタで通してきた部長は、不敵に笑う。
これまでの全てを、吹っ切ったように。
それでいて、これまでの全てを受け入れた眼差しで。
「最後の最後まで、とことん付き合ってもらいます! 最高のお膳立てをしていただいたことに、感謝を込めて――参りましょう! 学校祭二日目、本番です!」
『――はいっ!』
そしてそんな彼女に鼓舞されるようにして、部員たちの声があがった。
そのまま楽器を持って、みなが出て行く。
それに合わせて鍵太郎も、ステージに向かおうとすると――
ふと、その前に優に声をかけられる。
「ありがとう、湊くん」
何を――と、問う前に。
彼女は名前の通りに優しく笑って、こちらに向かって告げてきた。
「あなたがここにいてくれたおかげで、私たちは幸せでした」
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