第198話 ガンガンいこうぜ
学校祭二日目。日曜日。快晴。
そんな中を、
やはり二日目の方が、心なしか人も多いように思える。
そしてその中で、吹奏楽部の部員たちは、今日も自分たちのコンサートのチラシを配っていた。
特に心配だったあの後輩二人も、楽器屋のアドバイスのおかげでなんとか立ち直り、昨日と同じように――いや、アドバイス通りというのなら、それ以上にか。宣伝を行っている。
最初は彼女たちも自分と同じように、数のトリックに騙されたような顔でぽかんとしていたものの。
解説を入れていくと「……はあ。言われてみればそうですね」「……?」と、首を傾げながらも一応納得はしてくれたようだった。
その辺りの反応は、昨日の自分を見ているようで何だかむず痒くもあったが――まあ少なくとも、あのまましょげているよりは、ずっといい。
だから、あとは何かあったらさらに追加で伝授されたあの『秘策』を実行するだけで――と。
そう考えながら歩いていたところで。
「おーい、湊!」
「元気してマシたかー?」
「あ、先輩!?」
卒業した先輩、
そういえば、今日の本番は彼らのようなOBOGの先輩が何人も来るはずなのだ。
そしてこの学年は特に、結構な人数が集まると聞いている。
だから他の先輩たちの姿を探して、鍵太郎がきょろきょろしていると――聡司がなぜか苦笑気味に、「ああ、
「『学校祭っていったらこれでしょー!』ってさ。あいつら相変わらずだよなあ。ま、久しぶりに学校来たから、はしゃいじまう気持ちも分かるけどよ」
「ソーですよねえ。ここに来ると色々思い出しちゃって、楽シくなっちゃいマスもんね。例えば、誰かさんがドラムで大暴走した、アノときのコトとか」
「ちょ、美原!? そんな昔のこと蒸し返すんじゃねえよ!?」
「あはははは! 先輩たちも相変わらずですねえ」
現役のときとまるで変わらないそんな二人のやり取りに、鍵太郎もつい一時、現状を忘れて笑ってしまった。
一番会いたかった、あの人は今日は来ていないけれど。
それでもこの人たちが、自分にとって憧れの対象であることに、今でも変わりはなかったからだ。
どんなことも笑顔で乗り切って、その上無茶苦茶な演奏をしてのける。
そんなこの先輩たちは、やはり鍵太郎にとってどこまでも心強い存在だった。
まあ、それを本人たちに言ったら全否定してくることが目に見えているので、何も言わないでいるが――
そう思ってくつくつと笑っていると、聡司が言う。
「ああ、そういえば聞いたぞ湊。今度おまえ、部長になるんだって?」
「ソーですよ! ビックリしましたよ!」
「あ、あはははは……それはまあ、精一杯がんばりますとしか言えないというか」
そしてそんな二人の偉大な先輩に冷やかされて、笑いつつもさすがに頬は引きつってしまうのは止められなかった。
しかし、期待通りの働きができるかどうかは分からないが、それでもやるしかないと昨日誓ったばかりだ。
だから今も、すぐ近くでチラシを受け取ってもらえなくてしょげている後輩を見かけて――
「あ、ごめんなさい先輩。ちょっと行ってきますね」
鍵太郎は二人に断って、その後輩の元へ向かった。
そこで彼女と少し話をして、楽器屋から教わった『秘策』を使い――
そしてまた、二人のところへ戻ってくる。
「すみません、お待たせしました」
「あ、いや、それは構わないんだが……」
「なンかあの子、急に元気になりましたね……?」
二人の言う通りだった。
ついさっきまで肩を落としていたその後輩は、今では息を吹き返したように再びチラシを配り出している。
それは何も知らない人間が見れば、まるで何かのマジックを使ったかのように映るだろう。
なので不思議そうな顔をしてこちらを見てくる先輩二人を、鍵太郎は困った顔で見返した。
少し恥ずかしいが、ここは種明かしせざるを得まい。
「ええと……昨日ちょっと、色々ありまして。ある人から知恵を授かったんですが――」
昨日あの後、楽器屋から追加の申し出があって、自分はそれを受け入れたのだ。
なんだかどんどん、未来への負債が膨らんでいる気がしてすごく怖いのだが――まあ、それは置いておいて。
彼が言うに、宣伝をするときは。
「『断られても気にしない』ことが重要なんだそうです。
どんな中にも、俺たちのやってることに興味のない人はいる。それはしょうがないんだって。だからこっちの考え方を変えたほうがいいんだって」
いつまでも出来なかったことを、気にしててもしょうがない。
それでは、手が止まってしまう。
本当はあったはずのチャンスを見逃してしまう。
拒絶されることを恐れて、萎縮してしまうのが一番よくない。
だから――
「チラシを受け取ってくれるかどうかを怖がる以前に、とにかくまず、渡すことを考えた方がいいんだそうです。
『十人に続けて断られるかもしれないけど、次の十人は受け取ってくれるかもしれない』。『その十人の中にはすごく俺たちのやっていることに興味があって、本番を見に来てくれる人がいるかもしれない』――そう考えて配りなさいって、言われて。
今あの子にも、同じことを言ってきました」
いうなれば今回の作戦は『ガンガンいこうぜ』だった。
楽器屋のそれは確かに高くついたが、その効果に見合うだけの価値はある。
無駄なチラシを何枚配ることになるか知れない。
どれだけの枚数を配って、どれだけのお客さんが来てくれるのかも分からない。
けれども、相手が何を考えているのかも分からないのに自分だけで勝手に怯えて、何も渡さなければ――
今日の演奏会はその人にとって『なかったこと』と同じになってしまう。
それは、あまりに寂しい。
だから多少強引かもしれないが、今回の宣伝はそういった手法を取らせてもらった。
そう言う鍵太郎に――先輩二人は顔を見合わせて、また呆然と、こちらを見る。
「いや、そうかもしれないけど……」
「それでアレだけ気力が戻るって、今部活内でこの子のカリスマ、どンだけ高くなってんですカ……」
「やだなあ、そんなに買い被らないでくださいよ」
慶の言い草に、冗談でなく本気で鍵太郎は眉をしかめた。
これは事実として本当にそう思うのだが、自分はまだまだちっぽけで、どうにも頼りない存在なのだ。
何しろこれだって、結局は他人から借りた武器でもある。
それで部長ヅラができるほど、思い上がってはいないつもりだった。
だから『自分』はまだまだ、やらなきゃいけないことがたくさんあって――
「じゃ、そういうことで先輩。俺はまだまだ、ああいう後輩たちを励まして回らないといけないんで。また後で」
その衝動に突き動かされるように、鍵太郎はその場を後にした。
名残惜しいが、今は今でやらなければいけないことが山ほどある。
それを、本番の後に笑って先輩たちに話せることを願って――
鍵太郎は、またゆっくりと歩き始めた。
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そして――後にはただ、後輩の言動に呆気に取られた先輩たちが残される。
「……なんかしばらく見ないウチに、あの子、ずいぶんとカッコよくなっちゃいましたねえ」
「……だなあ」
去り際の後輩の顔つきと、その後ろ姿に。
二人はただただ、正直な感想だけを言い合った。
コンクールのときも何となくそんな印象は持ってはいたが――あれから三ヶ月で、あそこまで変わるとは思っていなかった。
「去年の今頃は、イジられて伸びる子だなって思って、楽しく遊ばせてもらってたンですが……ひょっとして、アレですか。イジられすぎて限界突破でもシちゃったんでショウか?」
「後輩を何だと思ってるんだ。おまえは。……にしても、あそこまで行くと伸び率が異常な気がするけどな。なんだあれ、どうしたんだ? 後で
今年一年部長を務めてきた後輩の名前を出して、聡司は首を傾げる。
彼女もあの後輩と、この一年を一緒に過ごしてきたのだ。
あの変化にも、何か心当たりがあるかもしれない。
だったら本人に直接聞けばいいのかもしれないが――どうも言ったらそれこそ首を傾げて「はあ。俺は何も変わってませんよ?」などと言いそうな雰囲気でもあった。
だからこそ、聡司たちは黙って後輩を見送ったわけだが――
しかし。
「
その当時の彼の様子を思い出すと、なんだか感慨深い気持ちになってしまって。
ここにはいない、あの同い年の名前を口に出し――聡司は後輩の向かった方角を見て微笑んだ。
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