第148話 秘密基地での作戦会議
これは革命である。
繰り返す。
これは自由を求めた、革命である。
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「で、具体的にはなにをするわけ?」
ひと通り練習を終え、各々が考えをまとめたろうタイミングで、
ここは学校の音楽室ではない。部員の家の練習場だ。
そんな秘密基地めいたところで、自分たちはこれから部活をひっくり返すような話し合いをしようとしている。
言い出しておいてなんだが、本当に革命みたいだなと思いつつ。
鍵太郎は光莉をはじめとした、ここにいる二年生六人に言った。
「まずは、後輩を味方につける」
川連二高吹奏楽部は、現在おおまかに言って二つに分裂していた。
まずは部長と副部長を筆頭とした、三年生中心の強硬派。
経験者が多く、コンクールの金賞を狙ってひたすらに練習をしている部員たちだ。
そしてもうひとつが、それについていけない一年生などを中心とする穏健派。
こちらは高校から初心者で始めた者が多い。先輩たちの厳しい物言いに引いてしまって、中には部活を辞めたいとまで言い出す者がいるくらいだった。
この二つの歩み寄りの気配がないため、部活は今空中分解の危機に陥っている。
この状況で、間に挟まれた二年生はなにをすべきか――
鍵太郎が考えたのは、それでも結束する道だった。
「先輩たちに怒られまくってやる気をなくしてる後輩たちを、俺たちがフォローして教えてく。楽器をやるのが楽しいんだって、上手くなればもっと楽しいんだよってわかるようにしてけば、後輩たちをこっちにつけることができるからな」
ここは辞めたら代わりがいるほど部員がいるわけでもない、普通の吹奏楽部だ。
心情的にも戦力的にも、部員が減るのは困る。
なんとか退部者が出るのは避けたかった。
そこで鍵太郎が考えたのが、仲間を増やすことだった。
「一年生と二年生。部員の三分の二がまとまれば、それだけですごい力になるはずだ」
数の暴力、である。
それはときに、正論でさえ打ち破ることがあるのだ。吹奏楽部の超マイノリティー・男子部員として今まで過ごしてきた鍵太郎には、それがよくわかっていた。
うかつに思ったことをポロリと言えば、それがいくら正しいと思うことでも女子全員からフルボッコである。
ならばそれを、こちらも使わせてもらおうではないか――日頃の恨み、というのもないではなかったが、実はこの方法が遠回りなようで、意外と近道なのではないかと鍵太郎は思っていた。
「これなら後輩たちの実力を底上げすることもできるし、コミュニケーションも取れる。周りから気にかけられてるってわかれば、他の音だって聞こえるようになるしな。
強硬派の先輩たちは怒るだけ怒って後輩を放っておくケースが多かったけど、この方が全体のレベルアップと、チームワークによる相乗効果につながるはずだ」
状況が悪化している原因は、部員間のつながりのなさと、学年ごとのレベル格差だ。
吹奏楽コンクールに出場するのは、部員全員の三十人。
その中で何人かだけ上手い人間がいても、全体として見ればそれでは大して上手くは聞こえない。
ましてそんな状態で金賞など取れるはずもない。
ただでさえ高校から初心者で始めた人間の多い部活なのだ。
音を殺さず最大限生かすには、チームワークは不可欠だった。
だからここからが計画の最大の肝だ――そう自分に言い聞かせて、鍵太郎はここにいる六人の部員を改めて見渡す。
「でもそれは、俺ひとりじゃできないんだ」
クラリネット、トランペット。
ホルン、トロンボーン、そして打楽器――
全員楽器は違う。
しかし自分とは違う楽器をやる彼女たちにしか、頼めないことがあった。
「俺には他の楽器のことがわからない。なにか気付いたことはあっても、それは他の楽器の人から見れば、お門違いのことなのかもしれない。
だからみんなには、自分の楽器の、自分の周りにいる人に声をかけていってほしいんだ」
自分ひとりでは、たかが知れている。
ならば反乱の火を、同時多発的に点ければいい。
物騒な言い方にはなるが。
それが、この部をひっくり返す革命の始まりになるはずだった。
そのためにはまずこの六人と協力しなければならない。
鍵太郎の呼びかけに、彼女たちはそれぞれの反応を示した。
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「……そう、上手くいくかなあ」
「それで本当に金賞が取れるの?」
批判的な口調で言ったのは、意外なことに
ほぼ理想論であるこの計画を聞いて、違和感を抱くのは当然だ。
そうこなくては始まらない。鍵太郎はまず、反対意見が出たことが嬉しくてニヤリと笑った。
「ああ。いいぞいいぞ、存分に反対してくれ。それでこそ呼んだ甲斐があったってもんだ」
「湊、きもちわるーい」
「湊、へんなひとー」
「なんとでも言え」
双子の越戸ゆかりとみのりが、クスクスとおかしげに言ってくるのにそう言い返す。
ここが重要なところなのだ。
叩き台にして練り直さなければ、本番では通用しない。
なので違う角度からの意見は、ぜひともほしいところだった。
特に部長副部長と考え方の近い、光莉の意見は。なので鍵太郎はまず、光莉の疑問から答えることにした。
「金賞は取れる――はずだ。たぶん!」
「な、なによそれ。すごい曖昧じゃない!?」
「なんだもなにも、これで引き出される実力が未知数なんだから、どこまで行くかはわからないだろう」
もしかしたら金賞、県大会突破、東関東大会――とまでいくかもしれないし。
自分たちの働き次第では、去年と同じく銀賞ということもあり得る。
だがこのままでは予選突破すら危うい。
それだったら金賞だなんだと言う前に、まずその場を全力で吹くように持っていくしかなかった。
結果云々はその後だ。そう答えると、彼女は「ま、まあそうだけどさ……」と口を尖らせた。
「そんなんで、先輩たちが納得するかしらね? 三年生は最後のコンクールだし。絶対金賞取りたいって思ってるはずよ。後輩たちも大事だけど、やっぱり結果も大事だと思うのよ」
「これで結果が出るかどうかは、俺たちのやり方にかかってるんだ。そういう言い方じゃダメか?」
「うーん……それじゃ弱いというか、そもそもその『教える』っていうので、本当に後輩が上手くなるのかなあって思うのよね。懇切丁寧に教えてあげるのはいいけど、優しく言っただけじゃ伝わらないときもあるのは、あんたもわかってるでしょ?」
「うぐ……」
そこで老人ホームで後輩が部長に怒られたのを思い出して、鍵太郎はうめいた。
あのときは楽器の持ち方を教えたのだが、言い方が柔らかすぎたのか後輩はそのことをすっかり忘れていた。
そして、後で部長に怒られることになったのだ。そもそもあれがここまで迷走することになった、原因のひとつだとも言える。
ときには厳しく言うことも必要――というのは。
わかっていても、いざ実行するときはためらうものだ。
鍵太郎が渋い顔をしていると、それまであごに手を当てて思案する様子だった
「それでも。なにか声をかけたほうがいいと思う」
「お、なにか意見あるか片柳」
「む……」
光莉と同じく中学からの経験者である彼女の発言に、鍵太郎は期待の眼差しを送った。
それに光莉はなぜか不満げな顔をしたが。
しかし彼女が口を開く前に、隣花は意見を言い始める。
「今の部活は個人練習の時間が多すぎて、パート練習が足りない。同じ楽器同士で練習して、お互いに音とか吹き方とかを指摘し合うのはありだと思う」
「なるほど」
隣花の冷静な口調が頼もしくて、うんうんと鍵太郎はうなずいた。
先日、鍵太郎が一声かけただけで音が変わった隣花だ。その経験から彼女は、こちらの意見に賛成してくれるらしい。
こちらの曖昧な計画を、経験者の言葉で理論立ててくれるのはありがたかった。
そう思って鍵太郎がうなずいていると、光莉がそんなこちらと隣花を交互に見て、顔を引きつらせて言ってくる。
「で、でも、できてないうちからパート練習したって意味がないでしょ」
「千渡。自分が思った通りに吹けなきゃ他の人と一緒にできないなら、合奏できるのはいつ? 半年後? 一年後? それとも、プロになったら? そんなの待ってられないでしょう」
「そ、そうだけど。私たちが教えるばっかりじゃ、それはそれでためにならないでしょ。自分で勉強して、怒られても這い上がってくるような子じゃなきゃ、本当に上手くなんてならないじゃない」
「今はそういう話をしてるんじゃない。そういう子ばっかりじゃないから、やり方を考えようって話でしょう。まったく、強豪中学出身だからって、自分の考えが一番正しいなんて思わないでよね」
「はあ!? あんたこそ、ちょっと上手いからって偉そうな口きいてるんじゃないわよ!?」
「ちょ、千渡、片柳、ストップ、ストーップ!!」
経験者同士のプライドをかけた熾烈な争いに、鍵太郎は割って入った。
議論が白熱するのはいいことだが、段々と話が逸れてきている。
ここはいったん止めないといけない。一触即発といった様子でにらみ合う二人に、鍵太郎は声をかけた。
「二人とも、言いたいことはわかったからちょっと落ち着け、な?」
『黙れ! 私らが本当に言いたいことなんて、あんたはちっとも分かってないくせに!』
「なんで二人して怒鳴ってくるの!?」
さっきまで仇同士みたいな雰囲気だったのに、どうして急に矛先を揃ってこちらに向けてくるのか。
ケンカを止めようとしただけなのに怒られて、鍵太郎は泣きたい気分になった。
そんな混沌とした雰囲気の中で、浅沼涼子が能天気に口を開く。
「みんなそんなに難しいことを、よく考えるなあ」
「のんびり見てんじゃねえよ浅沼! おまえもなんかないのかよ!」
「えー。あたしがそんな難しいこと、考えられると思った?」
「思ってねえよ! 訊いた俺が馬鹿だったよチクショウ!」
涼子らしいといえばあまりに涼子らしいその返答に、泣きたい気分がさらに増した。みんなの個性が集まればすごいものを作れるなんて思っていたが、そういえばこの部の人間たちは、自分の手に負えないような個性的なやつらばかりだったのだ。
遥かなる理想、さっそく挫折である。
鍵太郎が部屋の隅で膝を抱えていると、「あー、でも」と涼子が言うのが聞こえてきた。
「なんかちょっと気になってたことはあるよ。湊も言ったけど、吹奏楽部の先輩って『怒るだけ』だよね。褒めたりしないのかなって思う」
「……ん?」
その言葉に振り返る。今でこそ天才的に楽器を吹く涼子だが、中学のときはその身長を生かしてバレーボール部にいたということだった。
鍵太郎と同じく運動部出身の涼子は、経験者ともまた違う視点を持っているらしい。
思い付きをそのまま言っているといった様子で、彼女は続けてきた。
「いいことしたら褒めるじゃん? そりゃできなかったら怒られるかもしれないけど、普通はうまくできたら褒めるじゃん? それが少ないかなーって気がする」
「ああ、言われてみれば」
吹奏楽部に入って、特に二年生になってからのことを思い出して、鍵太郎はうなずいた。
褒められたことなんて、ほとんどない。
できることが当たり前で、できなければ怒られて当然――といった風潮があるのは事実だった。
吹奏楽部がある意味、運動部より体育会系と呼ばれる原因はそこにあるのかもしれない。涼子自身は絶対そこまで考えていないだろうけど。
それでも同じ元運動部として、鍵太郎には彼女の言いたいことがよくわかった。
中学のときのことを思い出しているのか、涼子は斜め上に視線をやりつつ言った。
「だから、教えるんだとしたら怒るのもあるけど、褒めていったほうがいいんじゃないかなーってあたしは思うんだよね」
「なるほど、意外と考えてるじゃないか浅沼」
「お、やっほう! 褒められたよ!」
「うん、こういうことか」
よく言う、褒めて伸ばすというやつだ。
とはいっても、涼子にこれ以上アホの子になられたら困るのだが。しかし確かにダメ出し中心の練習だった最近は、あれもダメ、これもダメといった調子でどんどん雰囲気が悪くなっていった。
それを変えるのに役に立つかもしれない。
それでも、怒ることは必要なのだろうけれど。話を聞いていた光莉と隣花は、考えながらもうなずいている。
「失敗したら怒るけど、成功したら褒める……か。なるほど、悪くはないわね。そのほうがひょっとしたら早く上達するかも……?」
「いわゆる、アメとムチね」
「なんか片柳がムチとか言うと、妙に怖いな……」
この二人はどちらかというと、ムチとムチといった感じだったが。
この辺は調整が必要だな――と苦笑しつつ、鍵太郎はどうやら方向性はこちらでよさそうだなとも考えていた。
これで後輩たちが上達すれば、先輩たちも無視できない勢力になるはずだ。
聞く耳を持ってもらえそうな段階になったら、そこから話し合いに持っていく。
その先どうするかは、少しは策を練ってあるのだが――
その前に、先ほど曇り顔だった咲耶のことが気になった。
口を出してこなかったことからして、今まで話していたことに関係するものではないようだが。
なので金管三人組が落ち着くのを見計らって、鍵太郎は咲耶に水を向けてみた。
「宝木さんは、なにが不安?」
「うーん。今のは今ので、演奏はよくなるのかもしれないけどさ。それはそれとして、後輩たちが先輩たちを怖がってるっていうのは、変わらないんじゃないかなーって思って」
そういえば、彼女は前にも同じ楽器の後輩で、部長におびえてる子がいると言っていたのだ。
一年生の多くは、人間関係で部活に留まっている。
それは後輩の話を聞いて、鍵太郎もわかっていた。
咲耶もまた後輩のことを思い出してるのか、難しい顔で続けてくる。
「楽器をやるのは楽しいけど、やっぱり怖い人と一緒にはできないって考える子もいるんじゃないかな、って思って。なにをするにしても、やっぱり先輩たちが変わらないとどうにもならないんだと思う」
「なるほど、貝島先輩対策か」
確かに鬼軍曹とまで呼ばれているあの部長があのままであれば、楽器がどうこうとうより人間関係自体が嫌になって辞める人間もいるかもしれない。
しかし、それについては考えがあった。
鍵太郎はこれまで、賑やかし状態だった双子の姉妹に声をかける。
「よし、ここで出番だ。ゆかり、みのり!」
「ほいきた!」
「よしきた!」
部長と同じ打楽器の二人が、待ってましたとばかりに手を挙げた。
彼女たちには、こういうときのために来てもらったのだ。
部長が先生に言われた『打楽器なのに音が息苦しい』とは、いったいなんなのか――
「考えてきたよ! これであの鬼軍曹をやっつけるんだ!」
「勝てるよ! わたしたちの反撃はこれからだ!」
「だああぁぁぁっ! ちがぁぁぁぁうっ!!」
こちらもこちらで予想外の方向に暴走しだしたので、鍵太郎は二人にチョップを打ち込んだ。
練習前に二人がかりで殴られたお返しだった。確かにこの姉妹は長らく部長のしごきに耐えてきたため、こういうことを言いたくなるのもわからないではなかったが。
これからやるのは、そういうことではない。
「いたいー」「湊がぶったー」とベソをかいている二人に向かって、鍵太郎はビシッと指を突きつける。
「いいかおまえら! これからやるのは、貝島先輩が気に入らないから自分たちの思うとおりにしようとか、そういう話じゃない!!」
「む……」
「じゃあ、なんなんだよー」
「決まってるだろ」
むくれる二人に向かって、鍵太郎は言い放った。
なんと言われようが、ここだけは譲れない一線だった。
「すげえ演奏をするためだ! 貝島先輩を追い込むためじゃない! あの人は仲間なんだ、それだけは忘れんな!!」
曲を作るのには、誰の力も外せない。
ならば厳しいあの人だって、もちろんその一員のはずなのだ。
それを排斥しようなどもってのほかだった。絶対に忘れるなと重ねて二人に言うと、彼女たちは「むぅ……」「わかったよ……」などと言って、気まずげに目を逸らした。この調子だと、他にも部長に対してこういう態度を取る部員がいるかもしれない。
けれどそれは、今のように言って聞かせねばならなかった。
なんのためにそうするのか――そこだけは今年は、取り違えたくなかったのだ。
すると今のやり取りを見て、光莉が言ってきた。
「ああもう。まったく相変わらず、あんたは甘いんだから」
「悪かったな。どうせ俺は甘いんだよ」
彼女の言葉に、鍵太郎は今度はこちらが気まずくて視線を逸らした。
今まで散々そう言われてきただけに、もう弁解のしようもない。
だがどうしても、そこだけは捨てられないのだ。
そんな自分に、光莉は呆れた顔をするかと思ったが――
予想外に彼女は、ふっと微笑んできた。
「ま――その方があんたらしいけどね」
『民衆を導く自由の女神』。
その曲で名もなき民衆は、それぞれ『武器』を持って立ち上がる。
これは革命である。
繰り返す。
これは自由を求めた、革命である――。
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