第142話 ロリ軍曹攻略会議
「打楽器も息を吸う、かあ」
「なにかの比喩じゃなくて、ほんとに息を吸うんだって先生は言ってたんだ?」
「言ってた」
ゆかりの双子の姉である、同じく打楽器担当の越戸みのりの問いに鍵太郎はうなずく。
叩いて音を出すはずの打楽器が、本当に『息を吸う』のだという。
先生は確かにそう言っていた。その言葉の意味を知りたくて、鍵太郎はこうして打楽器の二人に相談してみたのだが。
しかし彼女たちも、その真意はよくわからないようだった。
そっくりな顔が、そろって首をかしげる。
「うーん、ごめん。よくわかんない」
「うーん、ごめん。ぴんとこないなあ」
「そっか……わかった。ありがとう」
鍵太郎は肩を落としながらも、二人にそう言った。考えてみれば、これは彼女たちよりも経験が深い部長にすらわからないことなのだ。
すぐに答えは出てこまい。そう思っていると、みのりが不思議そうに訊いてくる。
「でも、なんで湊が打楽器のことを気にするの?」
打楽器ではない、違う楽器の担当である鍵太郎がなぜそんなことを訊くのか。
彼女のもっともな疑問に、鍵太郎は説明を始めた。
###
吹奏楽部の部長であり、打楽器の三年生である
彼女の音が最近、外部講師の先生に『息苦しい』と言われた。
打楽器は構造的に、息を入れて音を出す楽器ではないにも関わらずだ。なのに先生は息を吸うと言った。
それはどういうことなのか。
打楽器のことは専門外だからこそ、鍵太郎は楽器の仕組みではなく、優の性格面からその意味を考えてみた。彼女は熱意も実力もあるのだが、少々周りに厳しすぎるところがある。
そしてそれが原因で、今の部活の雰囲気はいいとは言えなかった。
『息苦しい』といった言葉、そのままだ。
それはつまり、彼女の音が変われば部活の空気や、演奏がよくなるということなのではないか――そう思って鍵太郎は、先生の言葉の意味を探っているのだが。
説明を終えると、ゆかりとみのりは「ほほう」と目を輝かせた。
「つまりはあのカタブツの鬼軍曹を、少しはにゃんにゃんさせてみようってことだね?」
「ロリ部長の攻略法を探しているということだね?」
「その言い方はどうかと思うが……まあ、そうだな」
言わんとしていることはわかるので、鍵太郎は二人の言葉にうなずいた。これがわかれば、かたくなな優を説得するための材料になるはずなのだ。
今回は空振りに終わったけど、なにか気付いたことがあったら教えてほしい。
そう言うと、彼女たちは快く承知してくれた。
「うん、わかった。なにかわかったら教えるね」
「貝島先輩と同じパートのわたしたちからすれば、多少丸くなってくれたほうがやりやすいもん」
「だよな。よろしく頼む」
その理由に鍵太郎は苦笑した。そういえば一年のときこの二人は優に、真面目にやれと散々怒られていたクチだったのだ。
そんな去年のことを思い出して、鍵太郎は首をかしげる。
「というかおまえら、そう思ってるのによく貝島先輩と一緒にいられるよな?」
そういえば、確かに二年生になってから彼女たちが怒られるのを見なくなった気がする。
どうしてなのだろう。不思議に思って訊くと、二人は顔を見合わせてニンマリと笑った。
「まあ、一年経って少しは成長した感じ?」
「一年経てば、少しはあの人への対処法がわかってきた感じ?」
「え、なんだそれ。教えてくれよ」
奏法のことだけでなく、それもわかれば心強い。
自分よりよほど優のことを理解しているだろう同い年に、鍵太郎は聞いてみた。
すると、二人は胸を張って答えてくる。
「あの人は基本的に、自分が求めてることをやれば文句は言わないんだよ」
「失敗することもあるけど、それでも積極的な姿勢をしてれば怒りはしないんだよね」
「なるほど。それでおまえらわりと、ちゃんと練習するようになったわけか……」
彼女たちが今年の初めあたりからやる気を出し始めたのは、そういうこともあったのだ。
二人がしているのは、いわば怒られないための努力、だった。
「……うーん、そうか……」
けど、それもなんか違うよなあ、と鍵太郎は思った。
心に生じたわずかな違和感はここ最近、他人の意見に触れるたびに抱いてきたものでもあった。
この二人の言うとおり先輩の言うことを聞くだけの練習でも、確かに上達はするかもしれない。
けれどそれで本当に上手くなれるのかといったら――そうでもない気がするのだ。
そのままだと優の言う通りにしかできない。
それ以外は知らない。
その外側には行けない。
去年自分たちの世界にこもっていたこの二人だからこそ、余計にそう感じられる。
彼女たちにはもっと、自分たちがやりたいからやるんだと言ってほしいのだが――
鍵太郎がそう顔を曇らせていると、二人は不満げに腰に手を当てて言ってきた。
「あのねえ湊、私たちだってそれでいいって思ってるわけじゃないんだからね!」
「むしろそれが嫌だから、協力するって言ったんだよ!」
「あ……」
そうだった。
この二人はついさっき、自分たちがそうしたいから一緒に考えてくれると言ってくれたのだ。
もう忘れていた。
きまり悪く頭をかいていると、二人は言う。
「去年、三人で一緒にやろうって約束したでしょ」
「あの約束、忘れたとは言わせないよー」
「……おまえら」
自分に対してニカリと笑ってくる彼女たちに、鍵太郎は複雑な気持ちになった。
あれは自分の方から、一度反故にしてしまった約束だ。
それをまた持ち出していいものか。戸惑っていると、ばしんと背中を叩かれた。
「……痛いぞ」
「大丈夫! 今年は去年と違って、成長してるもんね!」
「大丈夫! だからこんなに、腕の力もついたもんね!」
こちらの文句を無視した二人が袖をまくれば。
そこには日々の練習のおかげでついたのか、小さな力こぶがあった。
たくましく、したたかに成長したその証を見せつけて――やはりそっくりな顔で、二人は笑う。
「今度は嫌だって言っても、こっちが離さないからね!」
「むしろ、わたしたちが湊を引っ張っていくからね!」
「……そっか」
その顔を見て鍵太郎は、一年生のときのことを思い出した。
彼女たちが遊びにと、優に隠れて弾いたマリオ。
それを演奏していたときの顔と、今の彼女たちの顔は同じものだった。
現在の鍛えられたその腕と、あのときのこんな心があるのなら――
「……わかったよ。一緒にやろう」
去年よりもっとこいつらは、愉快な演奏ができるんじゃないか。そう思った。
###
そして、貝島優対策会議は続く。
「というかさ、先生の言葉の意味がわかったとして、誰が貝島先輩を説得するわけ?」
「あの人、自分が認めた人の意見しか聞かないからさあ」
「そうなのか?」
やはり一緒にいた時間が長い分、この姉妹は優のことをよくわかっていた。
なにかと参考になる彼女たちの言葉に、鍵太郎は耳を傾ける。
「そうだよー」
「だから自由への進撃をしたいわけだよ私たちはー」
「そこにいるのは巨人というか、むしろちびっこなんだが……」
こうしてたまにまったく参考にならない言葉も出るが、言いたいことはわかる。まあ、確かに恐怖で支配されてる感じもあるのだけど。
それはともかく、確かにそうなのだ。いくら正しいことを言っても、部長は後輩の言葉には耳を貸さないかもしれない。
これまでのことを考えると、十分にありえる話だった。鍵太郎は「どうすればいい?」と二人に言った。
「あの人が信頼をおけるくらいの実力の持ち主で、先輩って言ったら」
真っ先に浮かんだのは卒業した男の先輩だが、あの人には頼めない。
他に誰がいるんだと首を傾げていると、二人は言ってきた。
「いるじゃん。貝島先輩が全面的に信頼してる先輩」
「三年生で」
「え? 誰だ」
思い当たる節がまるでない。
そんな人、いただろうか。本気で誰も思いつかない鍵太郎に、二人は告げてきた。
鍵太郎が無意識に避けていた、その人物の名前を――
『――関掘先輩』
「げっ……」
この部活で、ある意味優よりも苦手な先輩の名前が出てきて、鍵太郎は顔をひきつらせた。
静かなるタカ派。
そう称される彼女の鋭い眼差しが、脳裏をよぎった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます