第135話 点数の、その先
「だからぼく、コンクールが嫌いなんだ」
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「ウノやろーよー」
鍵太郎と同じ楽器担当の
県の高校の吹奏楽部員たちが集まる、選抜バンド。
それは土日の泊りがけの合宿形式で行われている。
今日は練習も終わって、明日の本番までは自由時間だ。なので男子部屋は今、それぞれが好きなように過ごしていた。
ごろごろしながら話す者、あるいは、卓球場があると聞いて走っていった者。
ゲームをやる者も多くいる。その例にもれず、鍵太郎も清住の持ってきたカードゲームに興じることにした。
「大人数じゃないとできないからさー。合宿って感じだよね、こういうの」
「そうですね」
「……なんでオレまで」
同じくチューバ担当の
彼は先ほどここで行われていたちょっとした騒ぎに参加した後も、なんだかんだこの部屋に居座っていたのだ。
ぶつくさ言っているが、やはりこういうカードゲームは大人数でやったほうが楽しい。
なので鍵太郎は、同じパートの
「……なんで野郎ばっかりなんだ。なんでいつも通り、おれの周りは野郎ばっかりなんだ」
「ま、まあまあ荒町さん。これはこれで楽しめばいいじゃないですか」
先ほどの騒ぎの首謀者である荒町に、入舟が苦笑してそう言った。
なんやかんやとそれぞれが言い合いつつ、清住が分けた札を全員が手に取る。
みなが当たり前のようにそうしているのを見て、なんだか不思議な光景だな、と鍵太郎は思った。
今日初めて顔を合わせたときは、個性派揃いでどうなることかと思った面子なのに。
それが今は、こうして一緒にゲームをやるくらいに打ち解けている。
「……なにヘラヘラしてんだよ、てめえ」
「いや、なんていうか……」
視線に気づいた池上にそう言われて、鍵太郎は首を傾げた。
別にヘラヘラしていた覚えはないが、しかし気分がいいのは事実だった。
だから鍵太郎は、手札を整理しながら笑って答える。
「なんか、いいなと思ってさ。こういうの」
気兼ねなく遠慮なく、普通に会話ができるのが嬉しかった。
そうだ。最近自分の学校はギスギスしていて、こういう感じがなくなっていた。
忘れていた。この雰囲気を。
こんなに楽しいのは久しぶりだった。
そう言うと、荒町が恐ろしいものを見る目つきになる。
「や、やはりおまえはソッチ系の人なのか……!?」
「もうその話題やめろよなおまえ!?」
さっきその話で、散々殴りあったというに。
けれどそう突っ込みを入れるのも、実はちょっとだけ楽しかったりするのだ。
口に出すと泥沼に陥りそうなので、言わなかったけれども。
「はーい、じゃあ始めようか」
清住がそう言ったので、順番を決めるため五人でジャンケンをした。
出身校も上手いも下手も関係なく、ただ普通にゲームをする。
これなら、明日の本番もやれるんじゃないか。
そう思った。
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――そう、思っていたのだが。
「やっぱ審査員に六点つけられたら、その時点で金賞はないよな」
ゲームをしつつも、話題はやはりコンクールのことに傾いていった。
二か月後に行われる吹奏楽コンクールは、吹奏楽部の甲子園のようなものだ。
強豪校の生徒である池上や清住の関心は、やはりそこにある。
「……」
その言葉に鍵太郎は去年、コンクールの仕組みについて説明されたことを思い出していた。
コンクールは審査員による採点で、順位が決まる。
技術点、芸術点が各十点ずつ。
当日の演奏を聞いて、八人程度のプロの音楽関係者が点数をつけるのだ。
そのうちの誰かに六点をつけられれば、もう金賞はない、と。
そう言う池上に、清住がうなずいた。
「だね。肝心なのはやっぱり曲の出だしだよ。あれでほとんど判断されるといっていいよね。ぶっちゃけ曲の終わりのほうなんて、もう講評用紙書き終わってるでしょ。前半どこで点数稼げるか、そこがポイントだよね」
「点数取るんなら、リスクのあるもんは削ってかねえとな。課題曲なんてわざと落とし穴用意してるものもあるしよ――」
「……」
池上と清住がしゃべっている中、荒町が手札を出した。
この県のナンバーワンツーが池上と清住なら、荒町の学校は三番手だ。
自己紹介のときを考えると、彼もまた虎視眈々と勝ちを狙っているのだろう。着々と手札を減らしていく荒町を見ると、そんな風に思う。
ただ――なんだろう。
彼らの会話には、どこか違和感があった。
「……うーん?」
手札越しに遠くを見つつ、鍵太郎は首をひねる。
違和感の原因はおそらく『点数』の部分だろう。
数字でなにもかもが判断される。去年もそれが不思議だったのだ。
しかし自分でも意外なことに、その違和感は去年ほど強くなかった。
点数がつけられる。
その結果の『金賞』。
それはそれで、そうなのだと思う。
ある意味『当たり前』で――それがコンクールなんだ、と納得している自分もいた。
点数を取らなければ、金賞は取れない。
結果を出さなければ、振り向いてもらえない。
それはここに来る前に知っていたし、この選抜で池上と清住の話を聞くと、より強く感じられた。
ならば今彼らが話していることは、自分が金賞を取るにあたって参考になるはずなのだ。
なるはず、なのだが――
「……なんだろう」
それでも、なにかがおかしい気がした。
去年はまるきり初心者だったから、余計に変に感じられたのだろうか。
けれども、根本的になにかを見逃しているような。
どこか前後が狂っているような――鍵太郎がそう思ったとき。
「……ごめんなさい。ぼく、飲み物買ってきます」
入舟が手札を置いて、席を立った。
そして止める暇もなく部屋を出ていく。
「あいつ……」
もうこの勝負には参加しない、ということだろうか。
彼の手札が散らばっているのを見て、鍵太郎はなにか、釈然としない気持ちになった。
なんとなく、先ほどの会話がこの退席に関係しているような気がする。
そう思って追いかけようとすると、今度は池上が手札から視線をそらさず言ってきた。
「やめとけよ。吹奏楽やってて金賞取りたいって思えないようなやつは、クズだ」
「……それは」
「向上心のないやつに構うな。それはお前の成長に影響する」
「それは、違うだろ……!」
その言い方には、さすがに鍵太郎もムカッときた。
手札を捨てて入舟を追いかける。「……馬鹿野郎」という池上の声が聞こえたが、振り返ることはしなかった。
「……」
荒町はその様子を、無言で見つめていた。
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「……」
鍵太郎が見つけたとき、入舟はぼーっと自動販売機の前に突っ立っていた。
一応、飲み物は買っている。
嘘は言っていないというか、ついた嘘は最小限にしておきたかったということなのか――今日見てきた入舟の言動からして、おそらく後者のような気がした。
でっかいけど、気の弱いやつ。
入舟に対する鍵太郎の印象は、おおむねそのようなものだった。
だが今日一度だけ、彼が誰よりも印象に残る音を出していたのを鍵太郎は覚えている。
向上心がないわけでは、ないのだろう。
そうでなければ、彼はそもそも選抜に来ていない。
だから鍵太郎は入舟に話しかけた。
「よう」
「……ああ、湊くんか」
話しかけると入舟は、びくりと身をすくませた。
そしていつも浮かべている、ちょっと困ったような、情けない表情を浮かべる。
「ごめんね。急に抜け出してさ」
「別に、構わないと思う」
言いながら、鍵太郎も自動販売機でぶどうジュースを買った。
手近な壁にもたれかかって、それを飲む。
しばらくそうしていると入舟は戸惑ったようだったが、やがて彼も持っていた缶を開けて、中身を一口飲んだ。
そして、ぽつりと言ってくる。
「……湊くんはさ。さっきの話、どう思う?」
「さっきのって……点数の話か」
「うん」
「なんか……ちょっと変な感じがした」
「そっか」
鍵太郎と入舟は、ともにコンクールではB部門の学校である。
池上たちのような、A部門の強豪校の生徒ではない。
だからだろう。彼はそう答えた鍵太郎に、あの場では言えなかった本音を言ってきた。
「……ぼくさ。ああいう話、すごく苦手なんだ」
「……うん」
「みんなすごく怖い顔をする。コンクールの時期になると、ああいう顔をした人が増える……」
それがすごく嫌なんだ。入舟はそう言ってうつむいた。
その仕草に鍵太郎は、彼が選抜で自己紹介をした際、「平和にいこうよ」と言ったのを思い出していた。
入舟のそういう態度を、池上は「根性なし」と切って捨てたものだが。
ただ鍵太郎には、入舟が単なる根性なしとは思えなかった。
鍵太郎が黙っているので、続けてもいいと判断したのだろう。
入舟は顔をこわばらせながらも、その先を語り出す。
「……ぼくだって、彼らの言いたいことはわかるよ。コンクールには点数がつく。がんばった以上は評価されたい。
けど……そのために点数を追いかけるのは、ちょっと違うんじゃないかって……思う」
こういうことを言うと、みんな怒るんだけどさ。
そこで入舟は言葉を切り、不安そうにちらりと鍵太郎を見た。
迷っているのだ。
どこまで言っていいものか――そう足踏みしている入舟に、鍵太郎はうなずいた。
それを見た入舟は震えながらゆっくりとうなずき、ガチガチとあごを鳴らしつつも――口を開いた。
「……ぼくは思うんだ。そうやって点数を追いかけ始めた瞬間に――ぼくらのやってることは『音楽』じゃなくなって、単なる『競争』になるんじゃないかって」
「……っ!?」
弱々しくも言い切った彼を、鍵太郎はぎょっとして見た。
そのセリフは普段の彼の印象とは真逆の、痛烈なものだ。
入舟は相変わらず泣きそうな顔をしながらも――それでも、言ってくる。
「コンクールの時期になると、すごくそう思うんだ――金賞を取りたいってみんな言う。言うんだけど――ぼくには彼らが音楽を追及してるんじゃなくて、点数と評価がほしいがために、がんばってるように――見えるんだ」
六点をつけられたら終わり。
どこで点数稼げるか、そこがポイントだよね――
鍵太郎の脳裏に、先ほど強豪校の二人が言っていたセリフがよぎった。
そう言っていた彼らは、果たして『どちら』なのだろうか。
東関東大会から先に行けない、と。
そう言っていた彼らは、果たして、どちらなのだろうか――?
入舟からは、堰を切ったかのように言葉が溢れ出してくる。
それを鍵太郎は聞いていた。聞いていることしかできなかった。
「わかる。あの人たちの言いたいことは、わかるんだよ。いいものを作りたい。人を感動させたい。けどそのために怖い顔して点数を求めるのは、本末転倒なんじゃないかって、思うときがあってさ。
そりゃ技術的には、すごく上達するのかもしれないよ。上達するかもしれないけど――いちばん考えなくちゃいけない部分を他人からの評価に預けて、自分でなんにも考えなくなってしまったら――ぼくらが作るものは、きれいだけど、すごくつまらない、からっぽの、虚しいものになるんじゃないのかって――ぼくはそう、思うんだ。思うのに……っ!」
「おまえは……」
缶を握りつぶさんばかりの入舟を見て。
どうやったらこいつのあの態度の中に、こんなに激しいものが眠っていられたのだろう、と鍵太郎は場違いなことを思った。
入舟剛には向上心がない?
そんなものじゃなかった。
むしろこいつは――ひょっとしたら、あのメンバーの誰よりも『ほんもの』に近づこうとしているのではないか。そんな風にすら見えるのに。
なのに――
「おまえさ、それ、自分の学校のやつらには言ったのか?」
「……言ったよ」
鍵太郎がそう言うと、入舟は途端にうなだれた。
先ほどまでの激しさが嘘のようだった。それだけ周囲の人間に理解されなかったのがショックだったのか――最近似たような状況の鍵太郎にとっては、入舟の様子は他人事とは思えなかった。
「すっごい怒られた……『おまえは金賞取りたくないのか』って。そういうんじゃないのにさ……」
「……」
「なんでなんだろうな。そりゃいい演奏ができたら、点数がもらえるかもしれないよ? でもだからって、点数をもらうことだけを追い求めたら、それは音楽ですらなくなるんじゃないかって、思うんだけどな……」
「……それは」
嵐のような入舟の言葉を、鍵太郎はここでようやく理解することができた。
点数を絶対的な正義とすれば、それはそれで簡単かもしれない。
けれどそれは同時に、それ以外にあったかもしれない他の『正解』に、気付く可能性すらないまま、通り過ぎてしまうことにもなるのではないか。
だとしたら――それはそれで、不幸なことのように思えた。
今日の練習で、入舟の誰よりも煌いた音になんの反応もなかったのは――すごく、悲しいことに思えた。
先ほど逃げ出して今もこうして震えていることからして、周囲からは散々言われたのだろう。
入舟はため息をついて、肩を落としている。
「ぼくはすごい臆病だ。それは自分でもわかってる。だからどこに向かってるか考えないと、すごく怖いんだよ。……でも、なんなんだろうな。みんなは違うみたいなんだ。
数字を追いかけて、目の前に競争をぶら下げられた途端、みんなすごく怖い顔をして人を攻撃し出す。ぼくはそれが、すごい嫌で……。ぼくらがやってることは誰かと一緒にやることのはずなのに、それを見失っていくような気がしてさ。なんでそうなっちゃうんだろうと思って……」
だからぼく、コンクールが嫌いなんだ。
鍵太郎に入舟は、そう言って泣きそうな顔をして笑った。
「おまえは……」
鍵太郎はそんな彼の考え方を、驚きとともに見つめていた。
彼のやろうとしていることは、ある意味では点数を度外視した、音の追及と呼ぶべきものだった。
点数以外を基準にしたら、歩む道は果てしなくなる。
しかしそれでもその先へ、彼は行こうとしているのだ。
そうやって誰よりも『どうしたいか』を考えて。
誰よりも見えない限界を突破しようとしていた――それが、入舟剛の『武器』だった。
それは苛烈な競争にさらされていないB部門の人間だからこそ、生き残ってこられた考え方なのかもしれない。
だが入舟はある意味、あのメンバーの誰よりも、遠くに行ける可能性を秘めているんじゃないか――ひとりの奏者として、鍵太郎はそう思った。
入舟自身は、すっかり自信をなくしているようだけれども。
それでも鍵太郎は、彼の音を聞き続けた。
「……こういうとき、思うんだ。こんな風に、永久に数字を追いかけて争わなきゃいけない仕組みの中で、ぼくらはなにをさせられてるんだろう、って」
「……」
「そんなものは、知らなくてもいいのかもしれない。でも、なにも考えないままでいたら――ぼくたちは、いつの間にかすごい小さな世界から出られなくなったまま、自分でも知らないうちに、とんでもないことをさせられてるんじゃないかって……そんな風に、思うんだ」
でもみんな、そうじゃないのかな……?
消え入りそうにそう言って、入舟はうつむいた。
そんな彼の様子を見て、鍵太郎は彼が言った言葉を心中で繰り返した。
とんでもないこと。
振り返ってみれば、そんな人間は何人もいた。
本番で失敗したトランペットの同い年をなじった、強豪校の生徒。
『音楽が嫌いになった』と言っていなくなった、先輩の友達。
あるいは、先輩を殴って指導したという、どこかの中学校の教師。
そして去年のコンクールで自分の前に立ちふさがった、誘導係の女の子。
「……」
さらに言うなら、勝ちにしか興味がなくて、その結果足を壊した自分自身が――
今まで関わってきたそんな人たちが、その言葉に重なった。
これは彼が、臆病だからこそたどり着いた結論かもしれない。
それでもこれは――この考え方は、かつて過ちを犯した自分が、絶対に捨ててはいけない考え方だった。
みんなはそうじゃない、なんてものじゃない。
彼の言葉だって、『正解』のひとつだ。
それは自分が身をもって証明している。だから鍵太郎はようやく、入舟に話しかけることができた。
薄暗い中、ぼんやりと光る自動販売機の前で自信をなくして震えている彼に。
おまえは全然、そんな顔なんかしなくてもいいんだぞと。
そう、言うことができた。
「……あのさ、俺、先輩に『なんで金賞目指すんですか』って訊いたことがあるんだ」
「……」
ノロノロと不安そうに、入舟は顔を上げた。
そんな彼に、鍵太郎は言った。
あの人のことを。
そして、自分のことを。
「先輩はそれに、すっげえ一生懸命考えて答えてくれたんだ。でもそれに甘えた俺は――結局間違ったまま、コンクールを終えた」
「……」
否定され続けたせいなのか、元々の性格なのか、すっかり卑屈になってしまった入舟だが。
それでも彼は、自分の信じているものを、持ち続けた。
だから鍵太郎は、彼が普段浮かべているのと同じようなちょっと情けない顔で――笑った。
「バッカだよなあ。あのときおまえみたいに考えられてたら、あんなことにはならなかったのにさ」
「……湊くん」
「ありがとよ。そうだよな。点数だけで判断してたら、いつの間にか大事なもんが見えなくなってるかもしれないもんな。なんか俺、また同じこと繰り返しそうだった」
実際に点数の話には、それほど違和感を抱かなくなっていたのだ。
鍵太郎はそんな自分を、心の中で蹴り上げた。
コンクールには評価がつきまとう。
結果的に、金銀銅は決まる。
それは事実で――だが、なんのためにそうなるかを考えなければ、あっさりと道を踏み外すのだ。
入舟は、それを思い出させてくれた。
だから今度は自分が彼の力になろうと思う。ぶどうジュースを飲みほし、鍵太郎は入舟に言った。
「じゃ、部屋に帰ろうぜ」
「え、でも……」
「心配すんなよ。またあの話になったら、俺が味方になってやるから」
「う、うん……」
入舟はまだ不安そうではあったが。
しかしそんな彼が、誰にも負けないものを持っているのを、もう鍵太郎は知っていた。
「大丈夫だよ。おまえは俺の先輩と同じくらい、すげえやつだ。だから大丈夫だ」
「そうかなあ……」
そんな風に、でっかいくせに妙に気が小さいところがあるのも少し、あの人に似てるような気がして。
鍵太郎は、また彼と同じように笑った。
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「おかえり」
部屋に戻ると、清住がそう言って自分たちを出迎えた。
まだカードゲームをやっている。いったいこいつらどんだけ勝負事が好きなんだと、鍵太郎は呆れたものだったが。
まあ、ゲームはゲームだし――そう思い、二人で輪の中に戻る。
「……フン」
「うう……っ」
鼻を鳴らす池上に、さっそく入舟が震えだした。
大丈夫だ、がんばれ――と鍵太郎が言おうとしたとき。
そこに予想外の声がかかった。
荒町だった。
「……入舟。おまえ、彼女にするなら楽器やってる女とやってない女、どっちがいい」
『……はい?』
突然、横からそんなことを言われたので、思わず全員が動きを止めた。
そんなメンバーをよそに、荒町はさらに問いかける。
「はいじゃない。やってるやつとやってないやつ、どっちがいいんだ」
「ええっと……やってる子ですかね」
「そのココロは」
「やってる子の方が、ぼくのやりたいことを理解してくれるんじゃないかって思うからです」
「ふむ……」
存外スラスラ答えた入舟に、鍵太郎を含む他の面子は目をぱちくりさせた。
だが荒町だけは、なにかを考えるようにあごに手を当てている。
そして視線を、違う人間に向けた。
「……そうか。なら池上はどうだ」
「はあ!? なんでオレに振るんだ!?」
「別にいいだろう。どうなんだ」
「……やってないヤツのがいい」
「へー。意外だな」
昼間、彼と話した鍵太郎は思わずそう言った。それに池上が、ギロリとにらんでくる。
「……やってるヤツだとケンカになりそうなんだよ。別にいいじゃねえか」
むくれて視線をそらす池上に「ふむ」とうなずいて、荒町は言った。
「入舟。今日おまえの隣で吹いてて、思ったことがある」
「な、なんでしょう……!?」
「もっと大きな音を出せ。下パートは上パートよりも大きく、音を出さねばならんのだ」
「え……」
まったく、なんでおれは、野郎にこんなこと言わなきゃならなんのだ、とぶつぶつ文句を言いつつ――
荒町は、きょとんとする入舟にもう一度言う。
「出せと言ったら出せ。おまえは正しいと思った音を、もっと大きく出していいんだ」
「は――はい!」
「……へえ」
今度こそ、泣きそうな顔をして笑った入舟を見て。
鍵太郎は荒町に対して、感嘆の声を上げた。
彼がそう言うのが、少し意外な気がしたのだ。
「あんたもそういうこと、言うんだな」
「……いつまでも目の上のたんこぶに、デカい顔されてはたまらんからな」
「……ま、そっか。そうだよな」
ボソリと言う荒町に、鍵太郎は苦笑した。
なにもしゃべらなかったから、誤解していたけれども。
荒町も荒町で、彼らの言い方には思うところがあったらしい。
「オイ、目の上のたんこぶって誰のことだ……!?」とにらんでくる池上は放っておいて――また清住が、新しくカードを配り始める。
「はいはい。じゃあ五人揃ったところで、もうひと勝負いきますかねー」
そしてそれぞれが、選んだヤマ札を手に取った。
カードを整理する鍵太郎の横で――荒町はそれこそ鷹のように目を光らせて、ニヤリと笑う。
「さて。今度こそふんぞり返った気に食わんこの二人を、コテンパンにのしてやろうじゃないか」
「……普段は勝てないからゲームで勝とうっていう魂胆が、なんか透けて見えるんだが」
「なにを言う。おまえだってあいつらには一泡吹かせたいだろう、協力しろ」
チームプレイだ。チームプレイ。
そう言う荒町と――そして、相変わらず情けなく笑う入舟を見て、鍵太郎は笑った。
「ま、そうだな」
三人でやるより、五人でやったほうが楽しい。
なんだかんだ、それぞれ抱えている思いはたくさんあるが――
「ああ――やっぱいいな、こういうの」
こうやって同じ舞台に立っていることがいいなと、鍵太郎には思えるのだ。
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