第134話 突撃! 隣の男子部屋
「女子の部屋に行こう」
県の高校の吹奏楽部の部員たちが集まる、選抜バンド。
その合宿所の男子部屋で、
荷物を部屋に置くなりそう言った荒町に、鍵太郎は顔を引きつらせて応える。
「……あんた、久しぶりにしゃべったセリフが、それでいいのか……?」
「
「いやまあ、そうかもしれないけどさあ……」
「大体、なんでチューバパートには女子の選抜メンバーがいないんだ」
重さ十キロの巨大低音楽器・チューバを担当する選抜メンバーは、やはりというかなんというか、全員男子だった。
それが荒町には納得いかないらしい。というか、こいつが今まであんまりしゃべらなかったのって、性格ではなくそれが原因なんじゃ、と鍵太郎が予想したところで、荒町は血の涙を流さんばかりの形相で思いのたけを垂れ流し始めた。
「せっかく、せっかくひとりくらいはこの楽器も女子がいるんじゃないかと思って選抜バンドに来たのに……! いるのは野郎ばかりではないか……! 『うげっ! 男だらけの大合宿会!』ではないか……! ……誰得だ。いったい誰得なんだ!」
「いやまあ、そう言われると、確かに吐きそうだけどさ……」
見回しても、確かに野郎部屋に華やかさなど微塵もない。
だがもとより、チューバというのはそういう楽器である。例外として鍵太郎の先輩は女性だったが、あの人も身長があったからこの楽器を任されたと言っていた。
なので男ばかりでも不思議ではない。本来、女子はもっとフルートとかクラリネットとか、そういう軽くて繊細なイメージのある楽器の方が似合う。
そう考えてふと、鍵太郎は宝木さんどうしてるかな、大丈夫かなと同じ学校の女子生徒である
こちらに着いてからは、楽器が違うため別行動になっている。様子を見に行こうかとも思ったが、彼女なら持ち前の気立てのよさでうまくやっている気もした。
意外と親しみやすかった自分の周りの選抜メンバーのことを考えると、余計にそう思う。
そこまで心配しなくてもいいだろう。そう判断して鍵太郎は、わざわざ女子部屋に行く理由もないと荒町に言った。
すると彼は「んな……っ!?」と驚愕の表情になる。
「おまえはいいのか!? それでいいのか!?」
「別にいいじゃないか。男だけのが気が楽だし」
「おまえはソッチ系の人なのか!?」
「断じて違うわボケェ!?」
とんでもない濡れ衣を着せられて、鍵太郎は思いの丈を叫び返した。
会話を横耳で聞いていた同部屋の連中まで、誤解して後ずさっている。なんとか疑惑を解きたくて、鍵太郎は必死で荒町に説明した。
学校で、自分の置かれている状況を。
「うちの部は男は俺ひとりなんだよ! こき使われっぱなしだし、最近はなんか文句言われっぱなしなんだ! たまには男だけで羽根伸ばしたっていいだろうが!?」
『……は?』
「……えっ?」
一斉に返ってきた周囲からの声に、今度は鍵太郎の方が後ずさった。
代表して、荒町が言う。
「……男ひとり? なんだそれは。部内の女子部員をひとり占めということか、ハーレムということか……っ!?」
「違う! 絶対違うっ!?」
「あ、ほんとだ。こいつの携帯の『部活』って登録、女子の名前ばっかりだ」
『マジかよ!?』
「ちょ、おまえ……っ!?」
いつの間にか同部屋で他の学校の男子部員が、鍵太郎の携帯を覗き込んでいた。
慌てて取り返そうとするも、ひょいとかわされてしまう。
さらに携帯を投げられ、違う男子生徒がそれをキャッチした。
「なんなんだよおまえら! 小学生のイジワルみたいなことすんなよ!?」
「えー、だってなあ」
「なんか、わかっててもそのマンガみたいな状況は、イラッとするもんなあ」
「おまえらだって女子部員には虐げられてるほうだろ!? 現実知ってるんだろ!?」
「いいや。おれにはわからないぞ!」
「てめえは黙ってろ男子校!?」
なぜか堂々と言い放つ荒町へ、鍵太郎は心のままを叫んだ。
しかし彼はそれを無視し、目をカッと見開いて言ってくる。
「携帯を返してほしければ、おまえの学校の女子の連絡先を教えろ!」
「スゲー気迫を出しながら、なに言ってんだおまえ!?」
鍵太郎と荒町が言い争う脇で、他の男子部員たちが顔を見合わせた。
「あ、でもこいつの学校の女子って、あのクラの子だよな」
「あー見た見た! 宝木さんっていったっけ?」
「あの子結構かわいかったよな。なんかこう、きれいな目をしてて……」
「品がある感じだったよなー。ウチの学校の女子みたいにキツそうじゃなくてさー……」
「おい、おまえら!?」
段々と荒町派が増えていく。同時に得体の知れない危機感がつのっていった。
間もなく部屋中を味方につけた荒町は、鍵太郎にビシリと指を突き付け、言い放つ。
「おれたちは要求する! 宝木さんの連絡先を!」
『連絡先を!』
「なにこの無駄な結束力!?」
一糸乱れず唱和してきた同部屋の連中に、鍵太郎はおののいた。
タイミング完璧、リズムも乱れぬ完全な
吹奏楽部で鍛え上げられた技能が壮大に無駄遣いされていた。
さすが選抜バンド、いろんな意味で鍛え抜かれた猛者たちだ。
その猛者を束ねる将軍――荒町は、鬨の声をあげる。
「観念しろ湊鍵太郎! おれたちは女子とお近づきになりたいだけなのだ!」
「できればかわいい子と!」
「性格が穏やかな子と!」
『あんなことやこんなことをしたいだけなのだ!』
「音楽的な信頼はともかく、人間的な信頼が皆無だなおまえら!?」
『黙れブルジョアァァァッ!?』
全員の心からの声が、部屋にこだまし――
そして、謎の乱闘が始まった。
###
「……えーっと」
その様子を部屋の外から見ていた咲耶は、理解不能な展開にただただ戸惑い、立ち尽くしていた。
これは、なんなのだろうか。
止めるべきなのだろうか。
でも部屋に入ったら入ったで、新たな超展開が始まってしまいそうな――そんなことを思っていたら、後ろから声をかけられた。
「……おい、なにしてるんだあんた」
「あ、はい?」
振り返ればそこには、メガネをかけた他校の男子生徒がひとりいる。
首にかけた名札には、宮園高校、
彼は怪訝な顔で、部屋をのぞく咲耶を見下ろしている。
「あ、えーと。私、この部屋の湊鍵太郎くんと同じ学校なので。ちょっと様子を見に来ただけなんですけど……」
「あいつの? へえ」
池上はそう言って部屋をのぞいて――そして、半眼になった。
「……どうりで、隣の部屋がうっせえなと思ったぜ。あの馬鹿ども……」
「あの、なんなんでしょう、これ」
二人で部屋をのぞき込んで、観察する。
そこでは乱戦が繰り広げられていた。
携帯らしきものを奪い合い、叫びあっている。
「連絡先を! 連絡先を!」
「おれの嫁は二次元にしかいないのかあー!?」
「これは聖戦である。繰り返す、これは聖戦である!」
「てめえらハイエナに宝木咲耶をやれるかあぁぁぁぁッ!?」
「あー……なんとなく、状況はわかった」
「教えてください」
額を押さえてこちらを――というか自分の首にかかった名札を見る池上に、咲耶は訊いた。
至って真面目に訊いたつもりだったのだが、池上は呆れた苦笑いなようなめんどくさいような、そんな顔をして逆に質問してきた。
「その前に聞きてえんだけどよ。あんた、あいつの彼女か?」
「いいえ」
「あ、そう」
「好きではありますが」
「……へえ」
答えた瞬間に、すっと池上の目が細くなる。
その目の中にはたくさんの、複雑な感情が入り混じっているかのように咲耶には見えた。
懐かしさと苛立ちと、悲しみと。
そして、少しの憧憬と――
言葉遣いのわりに繊細な人だな、という印象を、咲耶は持った。
だから、その先も言ってみた。
「でも、今は言えないんです。言ったところで今の彼には届かないでしょうし、それに――抜け駆けになってしまいますから」
「……まあ、なんだ。ややこしい状況になってんな、あんたの学校は」
変な学校だとは思ってたけどよ、と彼がつぶやく。
それに咲耶はうなずいた。
「ややこしいし、変な学校ですよね。なにせ部員のほぼ全員が、彼のことを好きですから。いろんな意味で」
「……あ? ほぼ全員?」
そこでぴたり、と池上の動きが止まった。
一応、誤解は招かないよう解説はしておく。
「ひとくちに『好き』って言っても、その内容はそれぞれ、様々ですけどね。『嫌い』に近い『好き』もあれば、理由もわからない純粋な『好き』もある。それに、支えるという約束に隠れた『好き』も――」
「ほほほほおぉぉぉう――?」
そう言った途端。
池上が顔をひきつらせた。
本人としては笑っているのかもしれなかったが、それは咲耶には、『怒り笑い』なる不思議なものに見えた。
そのまま池上は、ぶつぶつとつぶやき始める。
「そうか。オレが今日の昼に恥を忍んで頼んだのは、いらねー世話だったってことか。そういうことなのか。はっはっはあ……。
――あ・い・つぅぅぅ……!?」
「えーと……なんなんでしょう、この状況……」
突然オーラめいた気迫を立ち上らせ始めた池上に、咲耶はさらに戸惑った。
周りが全部、自分の理解の外で動いていてまるで読めない。
どうしたらいいのだろうか。困っていると、池上がようやく、この状況を説明してくれるらしかった。
なんだか目の笑ってない笑顔が奇妙ではあったが――端をつり上げた口を開いて、未だ続く部屋の中の争いを指差す。
「ありゃ、ちょっとした親睦会だ」
「……そのわりにはなんか、壮絶な殴り合いに見えるんですが」
「男はな、ときに拳と拳で語り合うほうが、言葉で説明するよりも通じるときがあるんだ。あれはそんな感じだ」
「はあ。そうなんですか」
「そうなんデスよ」
ほおがひきつっているからなのか、奇妙なカタコトになっているのが気にはなったが。
まあ、男の人が言うなら、そうなのだろう。
納得していると、池上は指をバキバキと鳴らしながら部屋の中に入っていく。
「そんなわけで、オレもちっと、参戦してくるわ――」
「あ、はい。いってらっしゃい」
言いながら、ああ、なんかこの人、うちの学校のトランペットの彼女に似てるなあと咲耶は思った。
同じ宮園の人間だからだろうか。
ならば、殴るイコール愛情というのもうなずける気がした。
「うん。今日も湊くんは、みんなに愛されてるね」
いつも通りだ。
これなら心配いらないだろう。さらに混乱を極めていく男子部屋を見て、咲耶は笑顔でその場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます