第43話 間接キスとは、なんだったのか。

「ん? ナンですか? ワタシとちゅーしたいってことですか?」


 先輩の美原慶みはらけいはそう言って、湊鍵太郎みなとけんたろうを見返した。

 わかってて言ってるのか、ちょっと顔がにやついている。まだまだそこまでの免疫はない鍵太郎は、素直に降参して首を横に降った。


「違います。楽器を吹かせてもらいたいんです」

「ほら。やっぱり間接とはイエ、ちゅーしたいんじゃないですかー」

「なんか先輩、今日は妙に絡みますね……」

「しかも女の子連れで。みんなにあのときのことバラしちゃいますよー」

「それだけはマジで勘弁してください」

「え? なになに? なんのこと?」

「おまえは知らなくていいことだ」


 慶が言っているのは、鍵太郎が吹奏楽部に入部するきっかけとなった事件のことだ。

 その数少ない目撃者である慶は、しばらくそれをネタに鍵太郎をからかった。隣にいる浅沼涼子にいつ真相を知られやしないかとヒヤヒヤしたものだが――幸いにもこのアホの子は、そこを突っ込む気はなかったらしい。

 代わりに、他のところに突っ込んでいく。


「美原先輩、先輩の楽器吹かせてください!」


 鍵太郎と涼子はただ今、自分の担当ではない楽器を体験しようとしている。

 理由は簡単で、そうすれば他の楽器と一緒に吹いたときに、合わせやすくなるからだ。

 鍵太郎はチューバ、涼子はトロンボーンを担当しているが、お互いの楽器を交換してわかった。これは、他の楽器もやってみるべきだと。

 ほぼ女子部員ばかりのこの部活で他の楽器を吹くということは、ひたすらに間接キスを重ねるということでもあるのだが――鍵太郎たちが吹いているのは、学校の備品である楽器、代々の先輩方が吹いてきた楽器だ。

 顔も知らないそんな先輩たち(男性含む)と、間接キスを知らず知らずのうちにしていたんだぞ――という衝撃の事実は、鍵太郎の感覚をほぼ一撃で麻痺させた。

 今さら気にしてもしょうがない。元から気にしていなかった涼子とともに、鍵太郎は他の楽器パートを回ることにしたのだ。

 涼子が目をキラキラさせて言うので、さすがの慶もそれ以上ふざけるのは気が引けたらしい。

 ニヤニヤ笑いは引っ込めて、自分の楽器を差し出してくれる。


「ハイ。こことここを持っててください」


 慶の吹く楽器、アルトサックスである。

 金色に輝いていて、細い部品がいくつもついている。どこを持ったらいいかわからなかったが、慶が指示してくれたのでそこを持つ。


「吹いていいですか?」

「どうゾ。金管に比べりゃ結構楽に音出せるはずですよ」


 お言葉に甘えて、サックスに息を吹き込む。慶の言うとおり、かなり簡単に音が出た。

 鍵太郎のやっている金管楽器とは違って、木管楽器のサックスはリードという薄い木の板を振動させて音を出す。未知の感覚を体感した鍵太郎は、ややあって口を離した。


「……なんか、鼻がムズムズします」

「ワタシらからしたら、唇震わせて音出す金管のほうがよっぽど鼻ムズムズするんですけどね……」


 リードが震える細かい振動が鼻に来て、ムズムズする。鍵太郎は鼻をすすった。

 隣でうらやましそうに見ている涼子に、サックスを渡す。彼女もやがて慶に楽器を返し、鼻をこすり始めた。

 揃って鼻をこする後輩たちを見て、慶は肩をすくめる。


「マったくもう。そんなことではこの楽器の真髄を知るコトなどできませんよ」

「なにしてるんですか?」


 不思議な取り合わせの三人の元へ、違う楽器の担当者が声をかけてきた。

 クラリネット一年の宝木咲耶たからぎさくやだ。きれいな瞳をした、柔和な雰囲気の女子部員だ。


「なんか他の楽器吹いて、勉強してるンですって」


 慶が言い、涼子が自分の吹いているトロンボーンを、咲耶に差し出す。


「クラも吹いてみたい! 咲ちゃんもトロンボーン吹きたいでしょ?」

「うん。興味ある」


 二人がお互いの楽器を交換する。まあ女の子同士だし、間接キスなんて二人とも気にしないよね、と鍵太郎はそれを眺めていた。

 やがでクラリネットからはフスーッと息の音だけが出て、トロンボーンからもフシューッと息だけが漏れる。


「あれ? 音出ない」

「口って、どうやって震わせるの?」


 お互いが訊きあって、ああだこうだと始まった。ややあって、クラリネットから小さな音が出る。


「なんかサックスに比べたら、出しにくいっていうか硬いっていうか」

「トーぜんです。サックスはいろいろ考えて開発されたものなのですよ。音だってかなり出しやすくされてるんです」


 苦戦する涼子に、木管の先輩が指導する。

 なので、咲耶のほうへは鍵太郎がついた。「湊くん。教えて」となぜか嬉しそうに咲耶が言う。


「木管とは音の出し方が違うから、いつものやり方は一回忘れたほうがいい」


 鍵太郎はまず、そう言った。咲耶がいつも吹いているクラリネットと、涼子のトロンボーンは音の出し方からしてまず違うのだ。

 さっきサックスを吹いてわかったのだが、木管楽器はマウスピースを『咥える』楽器だ。

 慣れていない振動が歯にきて、中の神経が揺さぶられる妙な感覚があった。

 対して、今咲耶が持っているトロンボーンは唇を震わせる金管楽器。そうするとまず口の形からして違う。

 音の出し方が違うと、性格の方向性も違う。木管楽器の人に感じる妙な壁は、こういうところから来てるのかもなあ、と着実に金管奏者になりつつある鍵太郎は思った。

 けれど今は、木管と金管の壁を乗り越えて教えなくてはならない。合奏では両方の楽器が一緒に吹く。

 わかりあわなければならないのだ。鍵太郎は咲耶に、音の出し方を教えた。


「ええと、歯は少し開けて。口の力は抜いて」


 自分が意識せずに普段やっていることを、口に出して説明するのはかなり難しい。先輩たちは自分に、よくスムーズに説明してくれたものだと思う。


「口全部を震わせる。できたら、それを唇の中央に集めていって」

「むー」


 口を閉じているので、咲耶はそれだけ言ってうなずいた。

 試しにやってみれば、何度目かでコツを掴んできたらしい。咲耶はトロンボーンを構えて、短いながらも音を出すことができた。


「おお。やるじゃん」

「できた……」


 少し苦しかったのか、一息つく咲耶。しかしこの感じだと、もっと酸素消費量の多いチューバはきつそうかなあ、と思う。


「他の楽器を吹くのは勉強になるけど、無理はしなくていいんだよ?」

「ううん。湊くんが吹いてる楽器でしょ? 大丈夫だよ」

「浅沼はともかく、宝木さんみたいな女の子にこの楽器はきついと思うんだけど……」

「だから、さん付けはしなくていいって言ってるのに」


 私は、湊くんが普段どんな感じで楽器を吹いているのか、知りたいだけだよ。

 そう言って咲耶は、鍵太郎の楽器を持とうとした。十キログラムの金色の塊は、彼女にはいささか重いかもしれない。しかしそこまで言うのなら、と鍵太郎は咲耶をイスに座らせ、楽器を持ち上げて咲耶に渡した。しかし。


「お、大きくて届かない……」


 長身の涼子のときは気づかなかったが、咲耶の身長だと、楽器が大きすぎて吹くことができない。

 せめてもの妥協案として、彼女に提案する。


「楽器を横倒しにして膝の上に置けば、届くんじゃないか」

「あ、なるほど」


 鍵太郎も手伝って、楽器の向きを変える。それでようやく咲耶にも届く高さになった。

 涼子同様、心配なので鍵太郎も楽器を支える。涼子はうっかり落とすんじゃないかと心配したが、咲耶はその細腕で楽器を支えられるかどうかが心配になったのだ。

 二人がかりで楽器を持ち、咲耶は鍵太郎の楽器を吹いた。小さく音がする。

 ためらいはなかった。さすが寺の子、間接キスとかいう余計な煩悩は持っていないようだ。

 ひと吹きした咲耶は、目をパチパチさせて言う。


「なにこれ。すごいきついよ」

「だから、そういう楽器なんだよ……」

「これ毎日吹いてるってなに? 修行?」

「浅沼といい宝木さんといい、ひとの楽器をなんだと思ってるんだ」


 鍵太郎だって楽器を吹き始めたときは、毎日酸欠になっていたものだが。今現在は咲耶のいう『修行』の成果か、だいぶ慣れてきたものの――やはり初めての人にしてみれば、相当な負荷に感じるらしい。

 咲耶はさらに鍵太郎の楽器を吹こうとしたが、顔が赤かったため鍵太郎は止めさせた。これ以上やらせたら酸欠で倒れかねない。

 楽器を取り上げられた咲耶は、少し悔しそうにしていた。いつもにこにこしている彼女にしては珍しい。


「むー。私もまだまだ修行が足りないか。もっと肺活量をつけないと、湊くんがいつもやっていることを体感することすら難しい、と」


 確かに、他の楽器の感覚を体験するために、こうして行脚をしているわけなのだが。

 すると、咲耶は言う。


「修験道では飲まず食わず寝ないで山を走るっていう修行もあるんだよ。私もやってみようかな」

「やめろ死ぬぞ」


 確かに、肺活量はつくだろうが。それができたらもう肺活量とか気にしない生活に入れるのではないか。しかしそう言うと、咲耶は笑った。


「冗談だよ。仏教ギャグ」

「宝木さんのそれは、真剣に言うからわかりづらいんだよ……」


 実家が寺で人と感覚が違うことを気にしている咲耶だったが、鍵太郎が初めて彼女の家に行って以来、こうして時折仏教ギャグなるものを会話に混ぜてくる。

 真顔で言うため、冗談なのか本気なのか判断しづらい。その辺は確かに、笑いのセンスが人と感覚がずれているのかもしれない。

 あれ以来、多少心を開いてくれるようになったということなのだろうか。しかしそれにしても、このセンスにはまだちょっとついていけないのだが。

 そんなことを思っていると、「まあ修験道じゃなくても、肺活量を増やす練習はした方がよさそうだね」と咲耶はつぶやいた。そう、他の楽器の感覚を体感してもらう。それでこそ、この楽器を吹かせた甲斐があったというものだ。

 彼女が鍵太郎の楽器を吹いたところで、今度は逆だ。


「さて、では私の楽器を湊くんに体感してもらおうか」

「ああ、そういえば宝木さんのクラリネットは……」


 咲耶の使っている楽器は、彼女の兄の使っていたクラリネットだ。一通り楽しんだ涼子からそれを受け取り、鍵太郎は楽器を構える。

 一瞬の躊躇。まだ間接キスに関して、ほんの少しの抵抗が残っている。咲耶のこれは個人のものだし、学校の備品の楽器とは違って口をつけた人間も少ない。

 まあ、咲耶の兄とも間接キスするということを考えれば、もう先輩の言うとおり、気にする必要なんてないだろう。吹奏楽部に入ったら、もうそんな概念は存在しないと思え。

 クラリネットに息を入れる。意外とすんなり音が出た。ドレミの指使いを咲耶に教えてもらって、音階にしてみる。

 ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ――

 シ?


「――シ? シっ!?」


 シの音が出ない。もしかして壊れてますか。クラリネット壊しちゃいましたか?

 焦る鍵太郎を見て、咲耶が言う。


「ああ、もともとクラリネットのシの音は出にくいんだよ。そこで空気の流れが変わるんだって」

「あ、そうなんだ」


 壊したかと思った。なら、がんばれば出るということだろう。これは肺活量の鬼の意地として、音を出さねばなるまい。

 無意味な使命感に燃えた鍵太郎がもう一度、思い切り息を入れれば――堤防を崩して氾濫が起きるかのように、シの音がゴリっと出てきた。完全に力技だ。


「おー。すごいね」

「まあな」


 初心者だヘタクソだと言われ続けたこの二ヶ月、初めて純粋に褒められた気がする。得意げに楽器を返してくる鍵太郎に向かって、咲耶は言った。


「さっき一瞬止まったのは、間接キスを気にしたの?」

「ぶヒャうッ!?」


 あっさりと指摘されたことに、鍵太郎は噴きだした。いやそれは、決して疚しい気持ちがあったわけではないんですよ本当――と、わたわたしながら答える。

 それにくすくすとわらいながら、咲耶は「いいんだよ、気にしなくて」と言った。


「お兄ちゃんが、楽器を作った職人さんとかも調整で吹いてるから、そんなこといちいち気にしてられないって言ってたよ」

「それはつまり、楽器職人とも間接キスをしてるってことになるのか……」


 職人という言葉にいかついおっさんをイメージしてしまって、うえっとなった。

 確かに咲耶の兄の言うとおり、そんなこといちいち気にしていたら身が持たない。想像のいかついおっさん像から逃れるため、鍵太郎はこれ以降、間接キスを気にするのを止めた。

 クラリネットは吹いた。あとはまだ吹いたことのない楽器を吹かせてもらおう。

 なので鍵太郎は、一緒にいた同い年のことを呼んだ。


「じゃあ浅沼、また違う楽器を吹かせてもらおうか……って」


 いない。あのアホの子どこに行った。

 そう思って音楽室を見渡すと、鍵太郎たちに触発されたのか、他の部員たちも楽器の交換を始めている。その中に涼子の姿もあった。思いついたらまっしぐら。行動が早い。


「湊の間接キスを奪ってしまうのだー」

「のだー」

「人の楽器勝手に触るなおまえら!?」


 打楽器の双子、越戸姉妹が鍵太郎の楽器を吹こうとしている。専門外の人間に持ち上げられた楽器なんて恐怖の結末しか浮かばない。鍵太郎は慌てて傍に行って楽器を支えた。

 その姿を見て、「……モテモテだなあ、湊くん」と咲耶がつぶやく。


「ああ、いけないいけない。ここまでくるとこれは煩悩だよ咲耶。マーラーに負けるな! えい!」


 謎の掛け声で煩悩を退けた仏教少女は、新たな修行の場を探して他の部員のところへ向かった。



###



 なんで、こんなことになったのだろう。

 鍵太郎はどこか遠くにいるような気持ちで、自分の周りにいる女子部員たちを見やった。

 彼女たちは興味津々で、普段自分たちが吹いている楽器を、他の楽器の部員たちと交換して吹いている。

 越戸姉妹とぎゃあぎゃあやっていたら、やたらに体力を消耗した。なんだかすごく疲れた。

 間接キスをどうのこうの――とやっている女子部員たちをどこか遠くから見つめて、まあもう、気にしなくていいんじゃないの、と思う。

 大切なものなどもう、とうに失っているのだ。

 だからもう、気にする必要はない。

 知らない先輩や、咲耶の兄や、楽器職人のおっさんと間接キスしたことだって、気にする必要なんかない。

 だから、同じ一年生の千渡光莉せんどひかりが顔を赤くして楽器を突き出してくるのを見ても、鍵太郎の心は凪のように動かなかった。

 むしろ、そんなに気にすることないじゃないか、と思う。


「わ、わかったわよ。じゃあ、私の楽器……吹かせてあげるわよ」


 彼女の楽器は、トランペットだ。マウスピースという部分に口をつけ、唇を震わせて音を出す金管楽器の一種。

 鍵太郎は光莉のトランペットを受け取った。構え、普段光莉が口をつけて吹いているその部分に、ためらうことなく口をつけ、息を吹き込む。

 それを見て、なぜか光莉が抗議の声を上げた。


「ちょ……ちょっと!? ちょっとは恥らうとか、なんかないの!?」


 恥じらい。その言葉を鍵太郎は繰り返す。

 最初は自分もそうだった。けれど、それはもう意味のないことだと知った。


「いや、もういまさらだし」

「いまさらってなによ!? なんか扱いが軽いんだけど!? ムカつく!」

「間接キスなんて、吹奏楽部ではもう意味のない概念なんだ。もう、これで何回目かもカウントできないほどやってるし……」

「確かにそうだけど!? それ私の個人の楽器なんだけど!? もうちょっとこう、なんか、なんか反応ないの!?」

「別に……」

「人の初間接キス奪っておいて言うことはそれかああああああッ!?」


 胸倉を掴まれて揺さぶられながら、鍵太郎は思う。だっておまえ、知らないかもしれないけど楽器職人のおっさんとだって間接キスしてるんだぜ、と。

 それを言ったら呼吸ができなくなりそうなほど揺さぶられそうだったので、鍵太郎は発言を自重した。

 さらにボロボロになって解放された鍵太郎に、光莉が言う。


「じゃ、じゃあ、私の吹かせたんだから、あんたの楽器も吹かせなさいよ」

「いいよ」


 元々そういう企画だったはずだ。俺の楽器を吹けば、こいつも俺の苦労を少しは知るだろう――そう思って、光莉に楽器を渡す。

 中学からの経験者の光莉だ。鍵太郎が指導することなく、一発で音を出す。しかしやはり酸素の消費量が桁違いなようで、楽器から口を離した。


「なにこれ!? 全部持っていかれるんだけど」

「そういう楽器なんだよ……」


 この説明、今日何回目だろう。疲労のせいもあって段々面倒くさくなってきた。

 光莉の好きなように吹かせておく。彼女はえらく楽しそうだった。元気でいいことだ、と鍵太郎は思う。

 満足したのか、光莉が吹くのを止めた。こいつはこんなことしなくても、元から上手いしいいんじゃないかとふと鍵太郎は思ったが、まあ興味があったんだろうとその疑問を流す。


「あ、ありがとう。あんたの普段の感覚がわかって、ちょっと……楽し、いや、勉強になったわ」

「そりゃどうも」

「もし……よかったら、これからも私の楽器、ふ、吹いても、いいわよ?」

「ああ、そうだな」

「うふ。うふふふふー」


 なぜか上機嫌で、光莉が去っていく。あいつ、そんなに俺の楽器吹くのが勉強になったのかな――とその姿を見ながら、鍵太郎は自分の席に戻った。


「湊くん、どうでしたか。勉強になりましたか?」


 隣から、鍵太郎と同じ楽器の先輩、春日美里かすがみさとが訊いてくる。今回の楽器交換は、彼女の発案だった。鍵太郎はうなずく。


「ええ、いろんな意味で勉強になりました……」

「それはよかったです」


 吹奏楽部では間接キスなど意識しないほうがよい――そう学びました。

 悲しい気持ちでそう思う。しかしその直後、待てよ、とも思う。

 鍵太郎と美里は、同じ楽器同士だ。ならばひょっとして、大好きなこの先輩は、自分の楽器を吹いたことがあるのではないか――?

 一縷の望みを持って、美里に訊いてみる。もしかして先輩、俺の楽器吹いたことありますか?

 その質問に美里はいつものように、のんびりと答えてくれた。


「いいえー。わたし入部したときからずっとこの楽器を吹いてますので。湊くんの楽器は吹いたことないんですよ」

「……」

「でも、なんでそんなことを?」

「……なんでも、ないです」


 顔も知らない先輩方と強制的に間接キスしておきながら、今一番したい人とは、なぜできないのだろう。

 吹奏楽部では間接キスなど意識しないほうがよい――真の意味でそう学んだ鍵太郎は、今日散々他の人に吹かれた楽器で、再び練習を始めた。

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