第8話 太鼓の達人? フルボッコだドン!
ゲームセンターにはパラパラと、学校帰りの学生がいる。
それに混じって、
『太鼓の達人』である。
もはや説明する必要もないくらい、どこにでもあるゲームだ。
備え付けてあるバチを使って、曲に合わせて和太鼓を叩く音楽ゲームの一種だ。ただ単に面を叩くだけではなく、太鼓の縁を叩いたり、連打をしたりして得点を重ねる。
単純だからこそ楽しく、子どもから大人までファンが多い。
そして協力プレイもできる。
「さーて、じゃあやってみっか」
聡司が二人プレイを選択したのを見て、鍵太郎は困惑した。
「あれ、俺もですか?」
先輩の聡司に誘われてやってきたものの、鍵太郎は実はこのゲーム、あまりやったことがない。
友人がやっているのを見ていることが多かったため、なんとなく今回も、ドラム叩きである聡司のプレイを見ているだけのつもりで来たのだ。
しかも聡司と並んで叩くとなると、上級者とヘタクソのいい見本みたいになるだろう。さすがにそれはちょっと恥ずかしい。
「たりめーだろー。おまえこれから楽器やることになるんだぞ。こういう身近なところから慣れとかないと、これから辛いぞ」
「はあ……」
曖昧にうなずきながら、バチを手に取る。
曲を選ぶ。知ってるほうが叩きやすいだろうと、『気まぐれロマンティック』を選択した。
「お、いいねえ」
聡司が笑う。もちろんやったことがあるのだろう。ゲームでか、実際にか。
不安そうに画面を見つめる鍵太郎に気を遣ったのか、聡司は難易度を『ふつう』に設定してくれた。
「心配すんなよ。オレもそんなに上手いわけじゃねえし」
「そうなんですか?」
「打楽器やってるからって、このゲームできるとは限らねえんだよ。ま、遊びだ遊び。楽しんだもん勝ちだ」
そんなものなのだろうか。そう言うわりに聡司は手馴れた感じではあるのだが――どうなのだろう。
「先輩、なんかアドバイスありますか?」
「リズムに乗れー。お、始まるぞー」
慌てて画面に目を向ける。太鼓を模したキャラクターが現れて、画面真ん中に太鼓のどこを叩けばいいのかの指示が流れてきた。
赤の印が来れば面を叩き、青い印が来たら縁を叩く、たったそれだけのはずなのだが――慣れてないからか、瞬間瞬間の判断が追いつかない。
縁を叩くつもりで面を叩いてしまう。叩く間隔が狭まってくると、余計焦って判断を間違う。
まごついていると、画面から目を逸らさないまま聡司が助言してきた。
「はは。焦んな焦んな。このくらいなら、落ち着いてリズムを感じりゃすぐできるよ」
「リズムを感じる?」
「テンポは一定だし、叩くタイミングは決まってる。たまに飽きさせないようにパターンを変えてるだけだ。それさえ見えちまえば、あとは楽しく叩けるよ――っと」
大きな赤丸が来て、聡司と鍵太郎は両バチで太鼓を叩いた。そこだけは綺麗に揃っていた。
「曲の流れを感じろ。考えるな、感じるんだ!」
「えーっと……」
意味がわからなかったものの、知っている曲ではある。流れというのがいまいちわからなかったものの、とりあえず画面にかじりつくのではなく、バックでかかっている曲を聞きながら叩くことにする。
テンポは一定。ノリの問題なのだろうか? 流れてくる赤やら青の丸に合わせて太鼓を叩いて、そうしていると確かにそれに、規則性があることがわかってきた。
曲の軸というか、足で地面を蹴るように、叩くごとにメロディーが進んでいく。あ、これ――と思ったときには、自然にバチが太鼓を叩いていた。
「そうそう! わかってきたじゃねーか!」
楽しい。歌っているわけではないのに、それに似た鼓動が自分の中に生まれてくる。
最初に叩き始めたときは息苦しささえあった思考が、一気に整理されて遠くまで見えるようになった。
流れてくる曲が背中を押して、どうすればいいかを教えてくれるように感じる。難しく感じていたタイミングが、嘘のように簡単になる。
「おっしゃ、これで、終わりっ!」
最後の一叩きを終え、曲も終わった。今まで感じていた『曲の流れ』が途切れる。しかし鍵太郎の中には、まだ余熱のような興奮が残っていた。
「すげー……」
「はっはー。なかなかやるなー、おまえ」
つぶやくと、聡司は楽しそうに隣で笑っていた。この人、いつもこんなものを感じながらドラム叩いてるのかと思うと、キモいキモいと罵倒されていた聡司が急にすごい人に思えてくる。
そして今は余裕の表情だ。このくらいなんでもないのだろう。その証拠に、画面に表示された聡司の結果はパーフェクトだった。
「フルコンボだドン☆」
そう言う姿がキモいと言われる原因なんだろうけど――それを除けば、聡司の腕は確かなのだろう。
しかも今回は、鍵太郎の叩く様子を確認してアドバイスを飛ばしながら、というおまけつきだ。素直にすごいと思う。
「急に途中からよくなったな。なんか掴んだか?」
もう一曲できるらしい。聡司が曲を選びながら、鍵太郎に問いかけてきた。うなずいて、答える。
「はい、なんかこう、先輩の言う『曲の流れ』っていうのがわかったような……」
「お、じゃあちょっと難しいのいっちゃおうか」
「え」
拒否する暇なく、聡司は『リンダリンダ』を『むずかしい』で決定してしまった。難易度を示す星の数が、なんだかすごい数になっていたように見えたのだが……数える気になれなかった。
「最初はゆっくりだけど、途中から一気に早くなるからなー。結構きついと思うけど、諦めずに叩けるところは叩けよー」
「はい」
そこまで言われるということは、どんな感じになるのだろうか。さきほどの高揚感を思い出して、これができたらもっと楽しいのかな、と思う。ワクワクしながら、画面を見た。曲が始まる。
ゆっくりとしたイントロが流れる。叩くところも少なく、ゆっくり流れてくる赤丸へ、タイミングをはかって太鼓を叩く。
それがふっと静かになったかと思うと、ガラリと曲調が変化し――
猛烈な勢いで、赤丸と青丸が襲い掛かってきた。
「おおおおおおおおおっ!?」
違う。『ふつう』と全然違う。
画面に出でてくる叩けという指示が、段違いに多くなっている。そしてゆっくりだったところで急にテンポが速くなったため、切り替えが追いついていかない。
滝のように流れてくる赤丸青丸に完全に押し流され、鍵太郎は大混乱したままバチを振った。『不可』という失敗を示す文字ばかりが、画面に躍る。
流れなど感じられないまま、あっという間に曲は終わってしまい――「てめえにはがっかりだぜ」みたいな顔をした太鼓のキャラクターが、鍵太郎の心に追い討ちをかけた。もちろん見るまでもない。クリア失敗だ。
「あははは。最後までよく食らいついたよ。がんばったな」
聡司はそう言ってくれたものの、これはちょっと悔しい。「くそー」と言いながら、腕を振る。緊張して力んでしまったせいで、両腕が少し張っていた。
バチを所定の位置に戻し、聡司の結果を見ると、もちろんクリア成功の表示だった。さすがにノーミスとまではいかなかったようだが、付け焼刃の鍵太郎とは年季が違う。本人も別段、嬉しがっている様子ではない。
「やっぱ『可』が多いなー。ゲームと合奏は違うな。やっぱ」
「そうなんですか?」
このゲームには叩くのに成功しても、タイミングがぴったり合っているかそうでないかで、評価が二段階に分かれる。『良』と『可』だ。『可』はベストのタイミングで叩いていないときの評価だ。
「あー。なんていうかな。そもそもこういうゲームで曲に合わせて叩くのと、合奏で自分が曲を作っていくのだと、微妙にタイミングが変わってくるんだよ」
「?」
「曲に『合わせて』叩くのと、曲を『作る』叩くは違うんだ。どうしてもオレは作る方に慣れてるから――コンマ何秒かだけど、叩くのが早くなる。無意識に」
「わかるような、わからないような……」
「今はわかんねえかもしれないな。けど、そのうちわかるよ」
その言い回しはさっき、違う誰かにも言われた。そう、確か――
「春日先輩にも、同じこと言われました」
吹奏楽部の部長、
それを聞いて、聡司は苦笑いした。頬をかきながら言う。
「春日が? そっか、……そっか。なんか、オレらも三年になったっーて感じだな。後輩相手に、偉そうに説教ときたか」
「説教なんて、そんな」
「いいんだよいいんだよ。ちょっとオレらも気負ってんのかなあ」
あー、と天を仰いだ聡司は、しばらくして後ろを向いた。そこには誰もいない。筐体が空くのを順番待ちしている人間はいない。
聡司は百円玉を取り出すと、もう一度投入口に入れた。
「悪ィ、湊。ちょっと本気出すわ」
「え、先輩?」
今まで本気ですらなかったのか。むしろそちらに驚きながら、鍵太郎は聡司を見守った。聡司は一人プレイを選択して、曲選びに入る。迷うことなくジャンルを開け、淀みなく目当ての曲を見つける。それは――
「キっ……『キルミーのベイベー!』ですか!?」
「お。知ってんのか」
「聞いたことありますけど……」
アニメのオープニングで使われ、このゲームにも使われるくらい有名になった曲だ。鍵太郎も知っている。テンポが速く、途中で拍子が変わり、また最初のリズムに戻る。
どんな修羅場になるか鍵太郎には想像もつかないのに、聡司はなんと、『むずかしい』のさらに上の難易度である、『おに』を選択した。
「正直、ボロクソな結果しか出ねえのはわかってんだが――ちっと気を引き締めたいんだ。たまにはこういうことしとかねえと、オレがまだまだヘボくて、後輩相手に説教できるようなやつじゃないって思い知らなきゃ――」
聡司は手首を回し、そして振った。バチを手に取る。
「――おちおち、先輩なんてやってらんねえからよ」
目つきが変わっている。聡司は筐体に向き直ると、すっとバチを構えた。
曲が始まる。「キルミーベイベー!!」とアニメ声の女性のボイスが流れると、『むずかしい』なんて目じゃないくらいの――絶句するくらいの、赤と青の丸が押し寄せてきた。
丸が離れていない。どれだけ長い串団子かという勢いで、赤丸青丸が迫ってくる。あれは丸じゃない。鬼だ。赤鬼と青鬼だ。
ロシア民謡を思わせる流麗な前奏が始まって、叩き手を惑わすように赤と青が激しく入れ替わる。テンポの速さに加えてめまぐるしく変化していくリズムに、めまいさえしてきた。
そうか、これを考えたゲーム製作者がおになんだ、と鍵太郎は思った。挑戦者を蹴り落とすために作られた、複雑怪奇な手練手管。同じ叩きを続けた後に、わずかな安心の隙を突いて忍び込ませた毒がミスを誘う。
聡司はその全部を捌ききれているわけではない――しかし、曲の骨子は確実に追っていた。細かいミスをしながらも大きくは崩れず、集中力をギリギリに保ちながら叩き続けている。
連打の指示が出る。タカタカタカタカタッ! と手首を柔らかく使って太鼓を叩き続けると、あっという間に指定の回数が終わった。
ここからは後半戦だ。さらにえげつない構成に変わり、通常の叩きに加えて両手面叩きに縁叩きに連打まで織り交ぜて、叩き手を発狂に追い込もうとしてくる。
脳みその処理限界に挑んでいるようなリズムを、もはや鍵太郎は目で追うことしかできなかった。聡司がなにをやっているのか、傍目で見ていても理解ができない。
そんな中で聡司はうっすら笑っていた。叩くのが楽しくて仕方がないというように。絶対無理だと思うような叩き方が出てきても、挑むのが楽しくて仕方ないというように。
毒を食らわば皿までといわんばかりに最後の縁の連打が始まり、脳みそを絞られそうになったところで――
「どーん!」
最後の両手叩きを声に出して叩く。かわいいアニメ声が余韻を引くようにして響き、狂乱していたリズムがプレイヤーを置き去りにして波のように引いていった。
「……」
鍵太郎はぽかんと口をあけたまま、なにも言葉にすることができなかった。これが、聡司の本気――。
結果が画面に表示される。太鼓のキャラクターが出てきて言われた言葉は……
『ざんねーん! 不合格だどーん!!』
「……」
結構かわいい顔して、グサっとくること言うなこいつ。
遊び手の心を折るようなセリフに、鍵太郎は聡司を見た。これで怒るようなことはないだろうが、あれほどの集中力を見せた後だ。ショックは受けるかもしれない。
果たして聡司は――結果を見て、ぶっ――と吹き出して笑った。
「あはははははは! だよなあ! これじゃ無理だ!」
「え……」
てっきり落ち込むかと思っていた鍵太郎は、笑い出す聡司を見て戸惑った。なにも言えないでいると、ひとしきり笑った聡司がこちらを向く。
「な? だから言ったろ、ボロクソな結果しか出ねえって。あーやべ、マジでオレかっこ悪ぃ」
「そんなこと……」
「いいんだよ、かっこ悪くて」
否定しかける鍵太郎を、聡司は制した。歯を見せて笑いながら、先輩は後輩に言う。
「本気出して散々な結果で。あーやべえもっと練習しなきゃーってほうが――燃えるだろ?」
「……」
ようやくわかった。
聡司が見せたかったのはこのプレイよりなにより、難敵に挑むこの姿勢、そのものなのだと。
文化部なんて、と心のどこかでまだ思っていた自分が、恥ずかしくなる。彼らは彼らで、ずっと挑んでいるのだ――自分という一番の強敵に。
「ああ、やっぱたまには意識的に限界にチャレンジしないとな。腕がなまる鈍る。
くはーっ、集中しすぎて途中で脳汁出すぎてやばかったぞ。ああ笑いが止まんねえ――っふ、うひゃははっはは!?」
「……」
これさえ言わなければ、かっこいい先輩だと言われるんだろうに。キモいと呼ばれるのも致し方ない。
はぁ――とため息をつく。どうやら自分は、結構大変な部活に入ってしまったらしいということが、今さらながらにわかった。
気合いを入れてかからないと、と思ったものの――目の前で先輩が笑い転げてるのを見て、なんかちょっと、こうはなりたくないなとも鍵太郎は思った。
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