第88話 黒猫



 幽霊が出るという噂のある古刹へ行った。

 ほんとうは行きたかったわけじゃない。友人Nに誘われて、ムリヤリひっぱられていったのだ。

 もちろん、文緒は抵抗した。


「ヤダよ。おまえと心霊スポットに行くと、ろくなめにあわないし」

「つれないこと言うなよ。な? 今度は絶対ほんとに出るって」

「そういう問題じゃない!」


 しかし、けっきょく、Nの車に押しこめられるようにして、つれていかれてしまった。


 真っ暗な夜の寺はものすごい迫力があった。後継者がいなくて無住になってしまったという古い寺だ。まわりの苔むした墓も見るからに恐ろしい。


「早く帰ろう。ほら、なんにもないだろ」


 文緒はうながしたが、Nは聞かない。本堂のまわりを一周し、墓のあいだにまで入ってウロついた。たっぷり一時間はいたと思う。何も起こらないので、やっとNもあきらめた。


「帰ろうか。やっぱ、ウワサはただのウワサだな」


 Nがそう言って車へむかって歩きだしたとき、文緒は背後で猫の鳴き声を聞いた。だが、ふりかえっても姿は見えない。

 きっと野良猫でも、そのへんにいるのだろうと思い、その夜は帰った。


 ところが、数日後。Nから会いたいと電話があった。切羽詰まった声を出すので、しかたなく、仕事帰りに居酒屋で落ちあった。


「なんだよ。今ごろ」

「どうしよう。この前の寺、ヤバイとこだった」

「……なんで?」

「あそこに行ったあとから、ずっと黒猫につきまとわれてるんだ。ただの黒猫じゃないぞ。片目がつぶれて血のりで口のなかが真っ赤になったやつが、宙に浮かんで、こっちをにらむんだ」


 文緒はため息をついた。

 これだから、こいつとかかわると、ろくなことにならないんだ。ほんと、鈍い友人を持つと苦労する。


 猫は宙に浮いてるんじゃない。

 黒い服を着た青い顔の老婆が抱きあげているのだ。

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