第89話 旧校舎(前編)



 これは私が高校のとき、友達の文緒から聞いた話です。


 文緒が中学に入学した年、ちょうど校舎の建てかえがあったそうです。文緒たちは新校舎に入ったので、旧校舎で授業を受けたことは一度もありません。


 旧校舎は夏休みのあいだに解体される予定でした。


 一度も入ったことのない旧校舎。

 とても古い木造校舎は、ちょっとしたお化け屋敷です。

 おまけに旧校舎には、ガイコツ女が出るというウワサがあり、中学生の興味をひくには充分でした。


 一学期の終わりごろのある放課後。

 文緒は仲のいい友人数人と、旧校舎を探検することになりました。言いだしたのが誰だったのか、今となってはわかりません。


 クラスで人気者のイケメン男子、Aくんがメンバーに入っていたので、女の子たちは、みんな、キャアキャア言って喜んでいたそうです。


 旧校舎は古いので、たてつけの悪くなっている窓があり、かんたんに侵入できました。


 ギシギシときしむ廊下。

 割れたガラスをガムテープで止めた窓。

 教室の床には、ところどころ穴があいています。壁や床の木の板がささくれだち、危険でした。


 電気はもちろん、つきません。まだ昼間なのに、なかは薄暗く、冒険するにはほどよい迫力がありました。


「ガイコツ女って知ってる? 顔の半分が骨なんだって」と、B子が言いました。


 B子はふだんからクラスの中心的な女子で、活発だけど、みんなが怖がるのをおもしろがるようなところがありました。


「ずっと前のことだけど、この旧校舎で自殺した女の子がいたんだって。夏休みだったから、なかなか死体が発見されなくて、見つかったときには体のほとんどが腐って、骨が見えていたんだって」


 と、誰から聞いたのかわからないけど、ありがたくないことを、B子は自慢そうに話しました。


 文緒はAくんがいたから、みんなについてきたけど、怖い話が苦手でした。

 ほんとはすぐにも逃げだしたいのに、さらにB子は、こんなことまで言いだします。


「二階のトイレで梁に縄をかけて、首をくくっていたんだって。今からそこに行ってみようよ!」


 それで、ガイコツ女が出るという二階のトイレへ行くことになりました。


 きしむ階段をあがっていくと、長い廊下があります。

 片側は外に面した窓がならび、反対側には教室がならんでいます。

 その廊下の奥に、問題のトイレがあるのです。


 この廊下に立ったとたん、文緒は感じたそうです。説明はつかないのですが、なんとなく、イヤな心地がしたと。


「ヤダぁ。なんかゾクゾクするよ?」

「暗いね。まだ夕方前なのに」

「ちょっと、押さないでよぉ」


 そんなことを言いながら、みんなで、ひとかたまりになって歩いていきます。


 そのとき、C子が廊下のでこぼこに足をとられて、ころびました。C子はとなりのクラスなんですが、文緒と仲がよかったので、いっしょに来たのです。


「大丈夫? ケガしなかった?」と、Aくんが手を貸してC子を立ちあがらせました。


 じつはC子はなかなかの美人で、長い黒髪の、ひと昔前のアイドルのように清楚な女の子です。

 AくんはC子のことが気になるのか、何かと親切にしてあげていました。それが、B子の気分を害したようでした。


 ガイコツ女が出るというトイレの前まで来たときに、とつぜん、B子が言いだしました。

「どうせだから、一人ずつ順番で見てみようよ」


 みんなは反対しましたが、けっきょくB子に押しきられました。


「じゃあ、Aくんは男子だから、男子トイレね」


 廃墟同然の旧校舎で、男子トイレも女子トイレもなさそうなものです。そもそも、ガイコツ女が出るのは女子トイレでしょう。でも、B子の口調には、うむを言わせぬものがありました。


 Aくんが男子トイレのなかへ入ると、B子はいきなり、C子の背中を押しました。


「C子が一番ね!」


 そう言って、ガイコツ女が出るというトイレのなかへC子を押しこむと、B子は出入口のドアがあかないよう押さえてしまいました。

 なかからC子の声や、ドンドンとドアをたたく音が聞こえます。


「やめて。出して! ここから出してよ!」


 叫び声が聞こえたのでしょう。

 あわてて、Aくんが男子トイレから出てきました。


「何してるんだよ? C子さんは?」


 男の子の力でB子はドア前からどかされました。


「ちょっと、からかっただけだよ。すぐに出してあげるつもりだったし」


 B子はむくれて言いかえしましたが、反省しているようではありません。


「おーい。C子さん。出てきていいよ。大丈夫?」


 Aくんがドアをあけてみました。

 でも、そこに人の姿はありません。


 ジメジメした感じの異様に暗いトイレです。

 天井に電球が一つありますが、もちろん、電気が通っていないので、今は点灯していません。

 コンクリートの床。

 板壁で仕切られた個室。

 壁には、あちこちに変なシミができていました。


「ヤダ、これ、人の形に見えるよ」


 手洗い場の近くに浮きだしたシミを見ながら、B子はおもしろがっているように見えました。


 Aくんがイライラしたようすで、みんなに訴えます。


「そんなことより、C子さんを探してよ」


 探すも何も、そんなに広いトイレではありません。

 個室が三つならんでいるだけです。


 けれど、みんなはトイレのなかまでは入ろうとしませんでした。

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