第84話 死人花峠



 自家用車で帰省する途中、土砂くずれで車道がふさがれていた。気は進まないが、あそこを通るしかない。


 死人花峠——

 大昔、そこで女が殺され、以来、峠を通る人のあとをついてくるという。

 まあ、ただの迷信だ。


 文緒は車をおり、死人花峠へと入った。

 峠の道は荒れていた。

 しかし、道の両脇には死人花ひがんばなが咲いて、美しい。


 少し進むと足音が聞こえた。

 サクサクサク……。


 まさか、こんな道を自分以外の誰かが歩いてるのか?


 しばらく、山道を進む。

 くの字になったカーブで、目だけを動かし確認してみた。

 たしかに、いる。

 樹間に人影が見えた。女だ。


 まさか、ほんとに……?


 ドキドキしながら、歩調を早める。

 あと少しで、言い伝えの女が埋められた塚だ。


 そのとき、急に背後の足音が近くなった。

 さっき、カーブをまがったときには、かなり離れてたはずなのに。


(いつのまに、こんな近くに……?)


 背筋が寒くなる。

 文緒はさらに急いだ。

 背中の足音も同じ速度で追ってくる。


 ザッザッザッ——


 近い。もう、うしろから手が届くんじゃないだろうか?


 たまらなくなって、文緒はふりかえった。

 真うしろに女が立っている。

 光のかげんで、一瞬、顔に変な影が見えた。まるで死斑のような……。


 だが、見間違いだ。

 それは高校の同級生だ。そして、当時の彼女でもある。


「アヤちゃんじゃないか。ひさしぶりだなあ」

「そうね。何年ぶり?」


 会話がはずんだ。

 やっぱり、綾と話してると楽しい。心がやすらぐ。なんで、この子をすてて、冷たい都会の女なんかと結婚してしまったんだろう。


「……おれ、おまえと結婚すればよかったなぁ」

「今さら、そんなこと言うのはズルイよ」

「そうだね。ごめん」


 ふったのは文緒のほうだ。

 でも、ほんとに後悔している。

 もしも、やりなおすことができたなら……。


 そうこうするうちに塚の前についた。

 言い伝えでは、女は恋人にすてられ、殺されたという。

 綾と再会して話したせいだろう。言い伝えの女が哀れになった。


「バカなことした。ほんとに好きだったのは、おまえだったのに」


 死人花をたおり、塚の前にたむけた。

 かるく手をあわせる。

 目をあけると、綾の姿が消えていた。


「綾」


 もう行ってしまったのか。

 おれが殺した愛しい女……。


 文緒は後悔とともに、峠の崖から身をなげた。



 *



 数日後。文緒の死体が発見された。

 村人たちは、ひそひそ声をかわす。


「また、やられたな」

「これで何人めだ。峠のあやかし」

「さてね。男はみんな、ありもしない幻を見せられて、狂い死ぬっていうからなあ」


 文緒には綾なんて恋人はいなかった。

 誰とも結婚してないし、誰も殺してない。

 ただ、数百年前に殺された女の名が、綾乃という——

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