第85話 黒薔薇



 本城さんは近所の青年だ。

 左のほおに、生まれつき黒いあざがある。薔薇ばらのような形で、彼の美貌をより高めている。


 彼は、いつも難しい本を読んだり、変な数式を書いたり、無数の機械の部品をつなげることに忙しい。


 じっさい、本城さんが何をしてるのか、文緒にもわからない。ただ、本城さんの語る話は、いつも破壊的で反政府的で、それがカッコイイと前は思ってた。


 でも、最近、怖い。

 この前、本城さんの部屋で爆弾を見つけた。


「何これ?」

「これで、ふっとばすんだ」

「何を?」


 本城さんは笑って答えない。


 容器に入った水みたいなものもあった。文緒がさわろうとすると、本城さんはその手をにぎりしめた。


「死にたくなければ、やめときな」


 何が入ってるのか、怖くて聞けなかった。


 でも、昨日、見つけてしまった。

 本城さんの計画書を。

 それは日本を壊滅させるテロ計画だ。

 とても緻密ちみつな計画書。

 なによりも、それを書いたのが、本城さんだということが怖い。この人なら、きっと、どんな計画でも成功させてしまう。


「見たね」と、本城さんは笑う。

「君だけは生かしてあげてもいいよ。さすがに話し相手は欲しいよね」


 この人、本気だ。


 本城さんのことは好きだ。

 でも、生まれた国をこわされるのは困る。父さんや母さんや、学校の友達や……みんな死んでしまうのは、イヤだ。


 その夜、文緒は本城さんを殺した。こうするよりほかに、本城さんを止める方法はなかった。


 でも、夜になると、本城さんがやってきた。青白い顔に邪悪な笑みを浮かべて。


「殺したくらいじゃ、おれは止められないよ」


 そう言うと、本城さんは文緒のなかに入ってきた。


 翌朝、文緒のほおに黒い薔薇が咲いた。本城さんと同じ場所に、同じ形で。


 鏡に映るのは、本城さんの姿。

 いつも、耳元で、本城さんがささやく。


「君だって、ほんとは、こわしたいんだろ? 妹にばかり優しい両親も、君をバカにするクラスメイトも。おれが手を貸してあげるよ」

「ダメだよ。そんなこと……」

「どうして? ほんとはやりたいくせに。おれのうちに行ってごらん。爆弾もある。毒ガスもある。病原菌やコンピューターウィルスだってあるよ?」


 毎日、毎日。昼も。夜も。


 気づくと、左胸にも黒薔薇が咲いた。

 右手。右足。

 目のなかにも。

 いろんなところに、薔薇が咲いた。


 ふふふ。ふふふふふ……。

 僕は本城さんになっていく。


「そうだよ。君は、おれになりたかったんだろ?」


 染まる——


 近ごろ、町に薔薇のような痣をもつ少年少女が増えた。

 本城さんの意思が広がっていく……。

 危険な種子がばらまかれる。


 文緒は殺してはいけない人を殺してしまったのかもしれない。


 ふふふ。ふふふ。ふふふふふふふふ……。

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