第41話 青いしみ



 朝、目がさめると、ベッドのシーツの上に青いしみができていた。

 よりによって青だ。赤ならどっかケガしてたのかなとも思うが、そこにあるのは青いしみだ。

 パジャマが新品なら、あるいは染料がついたのかもしれない。だが、着古して何度も洗濯し色あせている。しかも、青くない。

 じゃあ、気がつかないうちに青い色のにじみそうな何かをつぶしてしまったのだろうか?

 その“何か”がまったく見当もつかないが。


 しかたないので、とりあえずシーツは洗った。漂白剤につけてから洗ったので、青いしみはキレイにとれた。


 次に気づいたのは、会社でのことだ。朝、満員電車をおりて職場へ到着したとき、なにげなくあいさつをかわした事務の女の子が「あッ」と声をあげた。

 ふりむくと、

「辻浦さん。その服、どうしたんですか? 背中よごれてますよ?」

「えっ? ほんとですか?」


 あわててトイレへかけこむと、スーツのジャケットが青く染まっていた。電車のなかで誰かの服の色が移ったのかもしれない。

 この日は営業でどうしても取引先の人と会わなければならなかったため、急いで水にぬらしたハンカチでふきとった。


 いったい、あれはなんだろうか?

 寝起きにできていたシーツのしみと関係あるのだろうか?


 疲れて家に帰った。

 玄関ドアをあけ、靴をぬぎながら、無意識に壁に片手をかけた。

 靴をそろえようとしたとき、ふと壁に目が止まった。

 青い手形がついている……。


 文緒は思わず、あとずさった。

 スリッパにつまずいて、廊下にペタンと尻もちをつく。


(なんだ、これ?)


 自分の手のあとか?

 手が汚れていたとか?


 見なおすが、手には青いものなんてついてない。試しにハンカチでふいても色はつかなかった。


 なんだか体がふるえてきた。

 背筋が寒い。

 なんだろう? 原因不明の病気でも発症して汗が青くなってるとか?


 文緒は気をとりなおしてシャワーを浴びることにした。

 きっと手に何かの塗料がついていただけだ。コンビニで立ち読みした雑誌のせいかも。大したことじゃない……。


 熱いシャワーを浴びると少し落ちついてきた。何度も右手を閉じたりひらいたりしてみたが、どこも汚れていない。やはり、コンビニの本に誰かのイタズラでインクをしみこませた紙でも挟んであったのだろう。


 安心して髪を洗う。

 泡だてたシャンプーを洗いながしているとき、文緒はかるく目をあけた。すると髪のさきから青いしずくがたれていた。排水口に青い水が吸いこまれていく。


「わッ!」


 ぶるッとふるえがついて、あわてて文緒は浴室をとびだした。

 文緒の髪は黒い。染めてなんていないし、シャンプーもあんな色じゃない。シャワーを流す湯は途中までたしかに無色透明だった。


 やっぱり何か変だ。

 こうも何回も奇妙なことが続くなんて。


 怖くなって、文緒は友達に相談しようとした。寝室にとびこみ、スマートフォンに手をかけようとしたとき、ズルッと手のさきから青いものが落下した。青い色のついた透きとおったゼリーのようなものだった。

 それは一瞬、スマホの上に広がっていき、次の瞬間には見えなくなった。


 ペタリとその場に腰をぬかし、文緒は動けない。ぼんやりしていると、足の下から、すうっと何かが伸びてきた。影のようなものだ。

 よく見ると、青い。

 さっきのゼリーだ。

 とびはねるように立ちあがると、それはまた消えた。



 *


 以来、じっとしていると、アレが現れる。

 青いゼリーのような何か。

 あれがなんなのかわからない。

 だが、一つだけわかっていることがある。

 あれは生きている何かだ。

 文緒が油断して抵抗しなくなるときを待っている。


 以前、一度だけ睡魔に襲われて、うたたねしかけたとき、全身の半分があれに覆われていた。悲鳴をあげたら逃げていったが……。


 あれに飲みこまれたら、どうなるのだろう?

 あれに全身をすっぽり覆われてしまったら?


 そう思うと、夜も眠れない。


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