第22話 バケモノ



 子どものころから、なぜか、文緒のあだ名は“バケモノ”だった。

 保育所で最初にそう言われてから、小学校の六年間も、中学校の三年間も、高校にあがっても、あいかわらずのバケモノ。


 見ためはごく普通だし、何かの特技があるわけでもないし、群を抜いて成績がいいとか、人間離れしてスポーツ万能とかいうわけでもない。平凡きわまりない。


 なのに、みんなが口をそろえて、バケモノと言う。


「ねえ、お母さん。なんで、みんな、ぼくのことバケモノって言うの?」


 子どものころ聞いてみたことがある。だが、母は笑うばかりだった。

 父も、姉も、祖父母もだ。


 友達は普通にできた。

 どっちかと言えば人気者だ。


「よっ、バケモノ。おはよ」

「おはよう。バケモノ」

「バケモノくん。おっはよー」


 朝からクラスメイトに次々と声をかけられる。


「ねえ、なんで僕がバケモノなの?」


 たずねても、みんな笑うばかり……。


 でも、社会人になって、結婚してから、なんとなくその理由がわかったような気がする。


 長女が生まれてきたとき、一瞬だが、チラリと頭にツノが見えたのだ。

 文緒が悲鳴をあげて狼狽すると、妻が微笑んだ。


「あっ、ここは、わたしに似たのね」

「えっ? どこのこと?」

「う、うん。なんでもない」


 長男のときには、もっとおぞましいものが、いろいろ見えた気がする。


 それから数年して母が急死したとき、父は母の死に顔を一度も見せてくれなかった。


「ああ……おまえは見るな。見ないほうがいい。そのほうが平穏に暮らせるぞ」


 そう言われた。


 近ごろ、文緒は思う。

 バケモノなのは自分じゃなくて、みんなのほうじゃないかと。


 宇宙人にとって地球人は“宇宙人”だ。

 バケモノにとって人間は——

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