第21話 マフラー(テイク2)
このごろ、ふとしたはずみで、視界のなかに変なものが見える。
何か髪の先がひっぱられるような違和感をおぼえて、ふりむくと、一瞬だけ赤い糸のようなものが見えるのだ。
しかし、なんだろうか。
その糸には、あまりいい感じがしない。
糸の周囲が暗く淀んだような、黒い陽炎がゆらゆら揺れているような、妙に薄ら寒い印象を受ける。
だが、文緒はあまり気にしていなかった。ただの気のせいだろうと思っていた。
ある日。
とつぜん、口のなかに妙な感覚があった。ウッカリ髪の毛を飲んでしまったときのような。何かが喉の奥にからんで気持ち悪い。
仕事中だったので、急いでトイレにかけこんだ。手洗い場の鏡をのぞきこんで口をあける。
すると、いったい、なんだというのか。喉の奥から赤い糸が出てきた。それも、毛糸だ。ひっぱっても、ひっぱっても、ズルズル、ズルズル、どこまでも途切れることなく出てくる。
文緒は気分が悪くなって吐いた。
喉がつまりそうになり、ガサッと赤い毛糸のかたまりが洗面台の流しにとびだしてきた。
なんだこれ?
なんで、こんなものが口から……。
毛糸のフルコースなんて食った覚えないのに。
それでも、毛糸は切れない。
まだまだ出てくる。
文緒は気が狂ったように、それをひっぱった。これを出しきってしまわないことには気持ちが悪くてしかたない。喉の奥にひっかかって、つねに吐き気をもよおしてしまう。
ひっぱればひっぱるほど、お腹の底のほうで、何かがほぐれた。
プツプツ、プツン。
プツン。プツン。プツ……。
ほどける感じが、むしょうに気持ちいい。夢中になっていた。
ふと、鏡に映る自分がいつもと違う気がした。目だけを動かして見るものの、そのあいだも毛糸をひきずりだすことはやめない。
プツプツプツ。
プツプツプツ。
何かのほどける感触がだんだん上に移動してくる。お腹から胸まで。
そこまで来て、やっと気づいた。
下半身がない。
まるで毛糸で編まれたマフラーがほどかれていくように、胸から下がなくなっている。消えてしまった端っこから、赤い糸が見えた。
そして、そこから女の子の顔が覗いている。
文緒は思いだした。
高校のときに事故死した彼女のことを。彼女が編んでくれたおそろいのマフラーのことを。
柩のなかにまで入れた、あのマフラー。
彼女は文緒と目があって、くすくす笑った。
「一人じゃさみしいよ。あなたも来て」
文緒の手は止まらない。
プツプツと自分の体をほどいていく。
プツプツ。プツプツ。
プツプツプツ……プツン。
何かにあやつられるように。
肩が、首が、顎が、鼻が、目が、そして、とうとう頭のてっぺんがほどけて、消えた。
あとには、長い長い、赤い毛糸が一本——
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