第21話 マフラー(テイク1)



 このごろ、ふとしたはずみで、視界のなかに変なものが見える。

 何か髪の先がひっぱられるような違和感をおぼえて、ふりむくと、一瞬だけ赤い糸のようなものが見えるのだ。


 会社で気になっている女の子に冗談めかして話した。すると、これを聞いた沙織さんは、こんなふうに言った。


「辻浦さん。それ、運命の赤い糸じゃないですか?」

「そうかな? そうだといいんだけどね」


 でも、なんだろう。

 その糸には、あまりがしないのだ。


 糸の周囲が暗く淀んだような、黒い陽炎がゆらゆら揺れているような、妙に薄ら寒い印象を受ける。


 だが、文緒はあまり気にしていなかった。この前の話から、沙織と親しくなって、何度かデートをしたからだ。

 今度こそ、うまくいけばと思う。

 以前、大好きだった彼女はとつぜんの事故で亡くなってしまった。あんな悲しい思いは二度としたくない。

 沙織との時間を大事にして、確実に愛をはぐくんでいった。


 ある日。

 文緒は遠くの空に赤い色糸の凧を見つけた。今時、ビルの谷間で凧上げなんて珍しい。電線にからむんじゃないかと、いらない心配をする。


 それにしても今日は、あのツンツンと髪をひっぱるような感覚が強い。

 風がきついせいか……。


 いつのまにか、凧が近づいていた。

 ずいぶん、大きな凧をあげているんだなと、文緒は思った。

 それに、嫌にリアルな人型だ。セーラー服を着た女の子のように見える。首には赤いマフラーを巻いて。


 あれ?——と心にひっかかりを覚えたとき、

「お待たせ。文緒さん。待った?」と、声がした。

 沙織だ。デートの待ちあわせをしていたのだ。


 嬉しくなって、ふりかえった文緒はギョッとした。

 沙織のうしろから、何かがものすごい速さで近づいてくる。


 赤い糸だ。糸のさきには、マフラーが。そして、先端がほどけた、そのマフラーを首に巻いているのは、さっきの凧だ。いや、それは凧ではなく……。


 文緒は思いだした。

 高校のときに事故死した彼女が編んでくれたおそろいのマフラー。

 彼女は赤。

 文緒は白。

 柩のなかにまで入れた、あのマフラー。


 彼女との運命はまだ切れていなかったのか。

 彼女は遠い遠いところから、文緒と結ばれたその糸をたどって、帰ってきたのだ。

 真っ赤に血走った目をして。

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