第8話 日本一ついてない文緒は、じつはめちゃくちゃポジティブ
「ああ、まただ。買ったばっかりなのに。また壊れたよ」
朝起きて、情報番組を見ようとした文緒だが、リモコンのボタンを押しても、まったくテレビが反応しない。リモコンの電池は三日前に交換したばかりだから、電池切れのせいではない。
試しにテレビ本体の電源を入れてみた。が、やっぱり画面は黒いままだ。
しかたないので、あきらめた。
こんなことには慣れている。
どうも、このマンションに越してきてから、ろくなことがない。なんでか知らないが、やたらに電化製品が故障するのだ。
前のテレビが壊れたのは、もう寿命だろうと思って諦めた。買ってから十年は経っていたし、せっかく広い部屋に引っ越したのだから、もっと大きいのが欲しいとは思っていたのだ。
でも、今回のテレビは買いかえてから、まだ一ヶ月も経過していない。三年間保証がかけてあるから、まあ修理費は無料だ。仕事の休憩時間にでも電気屋に電話しようと考えた。
かわりに朝風呂に入ることにして、髪を洗ったあと、ドライヤーのスイッチを入れようとした。いきなりドライヤーが火花を散らしたので、ビックリして手を離す。あわてて、コンセントをぬいた。
「ああ、驚いた。もしかして、手がぬれてたせいかな?」
しょうがない。まあ、夏のことだから、短髪の文緒の髪はすぐに乾く。ほっといて、朝食にする。
冷蔵庫をあけたとたんに、むわっと暑い空気がふきだしてきた。冷蔵庫が温風庫になっている。あまり調理はしないから、なかはほとんどカラだが、牛乳は腐っていた。フレークにしようと思ったのに、これじゃ食べられない。
なんだか、今日はほんとについてない。電化製品がいっせいにストでも起こしたみたいだ。
あれもこれも、みんな修理だ。
まとめてとなると、けっこうな金額になるかもしれない。いやになる。
外でハンバーガーでも買おうと思った文緒は、もう着替えて出かけることにした。
スーツをとりに寝室へ行くと、テレビがついていた。
なぜだろう? さっきは、たしかに無反応だったのに。リモコンで番組を切りかえると、普通に動く。
「変だなあ。勘違いだったかな?」
まあ、直ったのなら、それにこしたことはない。
気をとりなおし、服を着替えていると、いきなり、浴室でゴトゴト音がした。あわてて見にいくと、今度は洗濯機がまわっている。もちろん、文緒がスイッチを入れたわけではない。
「こいつも故障か? もう、いいかげんにしろよな」
引っ越しを機に洗濯機を買ったものの、仕事で着る服はクリーニングだし、あまり使わない。洗濯機は直らなければ、コインランドリーで充分だ。
そう思い、文緒は洗濯機のコンセントをぬいた。だが、洗濯機はまだ動き続けている。不思議な故障もあるものだ。
文緒はあまり気にしなかった。
それから、さらに数ヶ月。
新しいマンションの生活にも慣れた。それにしても、あいかわらず、やたらと電化製品が故障して困る。最近の商品は質が悪いのだろうか?
今では部屋に帰ると、冷蔵庫はバタバタ、ドアが勝手に開いたり閉じたりするし、テレビのスイッチが自然に入ったり消えたりするのは日常茶飯事だ。
ドライヤーは温風のはずが冷風だし、電動カミソリはスイッチは入るのに顔にあてた瞬間、なぜか止まる。電球もいやによく切れる。何度かはスイッチをひねったとたんに、パンッと音を立てて破裂した。
まったく、困った欠陥品だ。
なんで、自分はこんなについてないんだろう。
なじみの電気屋も近ごろは修理の依頼をなんとなく嫌がってるふうだし、どうにかならないだろうか?
これじゃ、まったく騒々しいイタズラっ子に十人もとりかこまれたみたいだと、文緒は自分で考えておかしくなる。
「とにかく、昔っから、ついてなかったんだよなぁ」と、文緒は誰もいない室内をながめながら、ひっそりとぼやいた。
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