第7話 宇宙から来た石



 宇宙から来た石をひろってしまった。

 なんのことはない。

 隕石だ。

 自宅の屋根をつきやぶって、空から落下してきた。


 幸い、今はもう使っていない物置に落ちたので、屋根の修繕費は心配ない。ベニヤ板を買ってきて、とりあえず自分で穴をふさいだ。


 だが、床を見ると、そこにも穴があいていて、問題の石がそこにあったのである。


 なんだかギラギラ光る雲母うんものような結晶と、真っ黒に焼けた鉄のようなものがまざりあっている。


 文緒の知りあいに、地元の大学で研究員をしているBさんがいた。Bさんの専門はよくわからないが、この隕石の話をすると、調べてくれるという。


「半分、貰ってもいいかな? ほんとに隕石だったら大学に寄付ってことで」

「ああ。いいよ」


 というわけで、石は真っ二つに割られた。半分になった隕石がガラスの瓶に入れられて返されてきた。断面には金属のような光沢があった。


 文緒はそれきり隕石のことは考えなかった。ほんとうに隕石ならそれでいいし、もし違っていれば、それはそれでかまわない。


 二ヶ月以上も経ち、完全に石のことを忘れてしまったころ、Bから電話がかかってきた。あの石のことかと、文緒はその存在を思いだした。


「Bか。あの石か? やっぱり隕石だったのか?」

「…………」

「おい? B?」


 なんだか、ようすがおかしい。

 自分から電話をかけてきて、何も言わない。


「B、どうしたんだよ?」


 すると、ようやく声が聞こえてきた。


「……絶対に、渡すなよ? 絶対にだ」


 電話は切れた。


 変なやつだなぁと文緒は思った。

 だが、翌日、テレビニュースでBを見た。大学の研究室で変死していたというのだ。時間から言って、文緒に電話をかけてきた直後だ。


 文緒はBと最後に話した人物として、警察から何度も聞きとりをされ、しばらく落ちつかない日々が続いた。もしかしたら、警察は文緒を疑っているのかもしれない。


 なんとなく窮屈な日が続いた。

 ある夜、残業して帰ると、電気をつけたとたん、荒された室内が目に映った。部屋のあらゆる引き出しがあけられ、衣服や日用品が床に散乱している。


 だが、盗まれたものはなさそうだった。家には祖父の遺した大きな金庫があって、中身はカラだったが、貯金通帳や余分な現金などを保管しておくのに使っている。父の形見の大きなダイヤのついたタイピンなどの貴重品や、ついでにあの隕石も入っていた。


 金目のものが残っていて安心したが、それからというもの、なんだか身のまわりに嫌な気配があった。いつも誰かに見られているような気がする。


 落ちつかないまま、大きな家に一人で眠っていると、夜な夜な、どこからか声が聞こえてきた。


 ——出してぇ。ここから出してぇ……。


 ハッと目がさめると、ガタガタと、あの金庫が揺れている。

 なんだか、ゾッとした。


 翌日、また夜遅くまで仕事をした。

 暗くなってから帰宅して、家の前まで来ると、誰かが玄関前に立っていた。

 門灯の明かりで見えるよこ顔は、とても美しい女だ。


(すごい美人だなぁ……)


 ぼおっとしてながめていると、女が声をかけてきた。


「返してくれませんか?」

「…………」


 文緒は怪訝けげんな思いで女を見つめた。なぜなら、女はあいかわらず玄関のほうを向き、文緒によこ顔を見せたまま語りかけてきたのだ。


 変な女だ。

 初対面の人間に、いきなり声をかけてくるのに、よこ向きというのはどういうことか。それに、会ったこともない女なのに、何を返せというのだろう?


 文緒が危ぶんでいると、女はゆっくり、こっちを向いた。じょじょに女の正面の姿が見えてくる。


 ヒッと、文緒は悲鳴を呑んだ。

 女は半分だったのだ。


 頭のてっぺんからつまさきまで、きれいに唐竹割りになっている。つまり、左半身しかない状態だ。


「返してください。わたしを返して」


 女の断面はピカピカと金属のように光っている。


 わあッと声をあげて、文緒は尻もちをつきながら、家のなかに逃げこんだ。急いで鍵をしめる。女は戸口に張りつき、「返して! 返してェーッ」と叫びながら引き戸を鳴らす。


 文緒はガクガクふるえながら、どうにか居間まで這っていった。

 あわてて警察を呼ぼうとしたが、そのとき、気づいた。


 金庫が揺れている。

 二百キロはあるはずの金庫が、揺れながら金切り声を発していた。


「返して! 返してェー! わたしの半分、返せえええェェェェェェーッ!」

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