Ⅴ
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「ツチミカド。カシワギ。オオクニヌシ」
ヒラグモの詠唱が戦場に飛ぶ。そのヒラグモ自身は、単身真っ只中を悠然と歩いていた。
周囲に着弾する爆撃音が鳴り響き、土が飛び、炎が吹き上がる。だがヒラグモは、傲然とでも表現すればいいか、顎を上げ周囲を睥睨するように胸を張り、目を細めながら進んでいく。
「止まれ、止まれ!」
前方から怒鳴り声が聴こえ、一小隊が立ち塞がった。後方から指揮官らしき男が拡声器で声を張り上げる。
「それ以上進めばたとえ子供といえど容赦はせんぞ! 早々に立ち去れ!」
叫ぶ男に、ヒラグモは大きな溜息を見舞う。
「お主、この状況で無関係の幼児が歩いておると思うかね? 見た目だけで判断しておるようじゃあ、一生小役人だな」
「な、何⁉」
動揺する指揮官に向けて、ヒラグモは人差し指を突き付けた。
「ツチミカド」
部隊の前方の土がいきなり爆発したかのように噴き上がり、兵士を覆う。
「撃て、撃てい!」
指揮官の怒号で魔術師部隊は一斉に詠唱を開始し、アルフェンの代名詞でもある総統の火系魔術を繰り出す。
しかし、重力と共に落ちてくる土に対して、あまりにも無力であった。
「くっ、ひ、退け!」
と命じた時にはもう遅い。全員が呑み込まれるか、というところで、土が止まった。
「……ん?」
目を閉じ、その土の圧力に構えていた指揮官は、何もないことに拍子抜けし、ゆっくりと瞼を開けた。
「総統に繋げ」
「ひっ!」
その前に、小憎らしい子供の顔があるが、もう先程のように侮ってなどいられない。その無表情が、悪魔のようにすら見えた。
「早う」
「わ、私の連絡無線ではそんなところまで――」
「上官でええ。そこからまた更に上官、と行けるじゃろう」
言いながら、ヒラグモは掌をこまねいた。それに呼応して、自らの後ろにまだ聳える土の壁がみしり、と忍び寄る。
「わ、わかった! 待て、待ってくれ! 頼むから!」
慌てて無線を繋ぐ指揮官を横目で見ながら、逃げようともしない部隊の兵にも目を注ぐ。
死が目前に迫っているというのに、全く動揺する素振りすら見せず、彼らの目には虚ろとして光がなかった。
ヒラグモは無言でその視線を指揮官に戻し、人差し指で顎をくいと上げる。
「まだかの? この指が少しでも意思を持って振られれば、主らは圧死か窒息死するわけじゃが」
ぶるぶると首を横に振り、指揮官は必死に無線に話しかける。
「応答せよ、応答せよ!」
――どうした
やっと反応があり、救われたようにヒラグモを見た。
「七賢のヒラグモが総統に会いたいと言っておる、と伝えい」
頷くと、指揮官は叫ぶように無線に告げた。
「この地に攻め入りし者の名、七賢者のヒラグモなり! 至急応援を乞う!」
「阿呆め」
ヒラグモは指を右へ滑らし、指揮官の首をそのまま一回転させた。
――何だって? 応答せよ、B7……
「儂じゃ。今から総統に会いに行く。相応の饗応の準備をせい」
そう告げて、向こう側で叫ぶのを無視して通信を切った。
ヒラグモが再び目をやる。指揮官が殺されたというのに、部下たちはぼうと虚空を眺めて微動だにしない。
ひとつ溜息を吐いて、ヒラグモは土を蹴り、せり上がる土中を飛び石のように渡りながら宮中へと向かっていった。
「最近の権力者は狙われやすい空中よりも地下を選ぶもんじゃがなあ」
鍵が掛けられているはずの窓を軽々と開け、宮殿の謁見の間に上からヒラグモが舞い降りる。
中央の玉座に座った太った男が、じろりと睨め上げながら言った。
「どこに居ようが、お主のような魔力を持つものに狙われたらお終いであろう」
そう言いながらも、ヒラグモの登場に怯えている様子はない。
「主、随分自分の魔力に自信があるようじゃのう」
ヒラグモが、薄く唇を広げた。
「四方が開けていて、逆にいつどこから攻められるかわかれば、自らの力でそれを対処できる、と踏んだからこその、ここか」
アルフェンの最高権力者は大儀そうに息を吐き、手を振った。
「それより、単身我が国に攻め入ってきた理由はなんじゃ。流石の七賢でも、まさかひとりでこの国を乗っ取るか、潰せるとは思っておるまい」
「できそうじゃったがのう」
その風貌通りの小生意気な少年に、不遜にも鼻息ひとつで応え、同志キム・ド・ジュンと呼ばれる男は片肘を突き、問い質した。
「こちらからも聞きたいことは山ほどある。そもそも、お主は本当に伝説と呼ばれる七賢者なのか。そうならば何故これまで表に姿を現さなかったのが急に出てきた。そして、伝わっている通りならお主の年齢はいくつじゃ。どうしてそのような見た目なのか、もし不老不死というものがあるのなら――」
そこまで言って、話を切った。目だけで、ヒラグモに意思を伝えている。
ヒラグモはそれを受け取り、薄く笑って胸を反らした。
「お主ほどの男なら、儂がどれほどの〝魔〟を持っておるかは、理解できるじゃろう。戦力としては、それだけでええんじゃないか」
「戦力?」
「そう。儂を、主の食客として加えい」
「何のために」
「あの、小童どもの〝小さな魔術師〟を潰す」
「ほう」
キムがやっと、興味深げに息を吐いた。
「どういうことだ」
「儂は、人間の全魔術師化など、愚策じゃと思っておる。〝魔〟は、それを扱える者しか手にしてはならぬよ。それは、力のない魔術師にすら共通する。そして、他の大多数はその少数の魔術師に使われてこそ、人類のためとなる。そうじゃろう?」
ヒラグモに問われ、キムは満足げに口の端を上げた。この考えは彼が建国の頃から掲げているものであり、だからこそ傀儡のような兵士たちが生まれているのだ。
「それで、何故わざわざ我が国に。あの小童を潰すだけならひとりでも十分できよう」
「今言ったように、儂は力の持った魔術師が世界を管理すべきじゃと思っておる。その研究のために籠っておったわけじゃが、遂にその制度が完成した。で、外に出てみると、同じような考えを持っておるのはお主だけじゃった、というわけじゃ」
制度が完成した、という言葉にぐい、と身を乗り出したキムが、鋭い語調で聞く。
「それは本当か」
「実際に、見てみればよろしい」
「……いいだろう。話を聞こう」
「うむ。それが賢明じゃ」
キムが立ち上がり、奥を指した。
「奥の部屋で聞く。イン、付いて参れ」
側に立っていた若者だけを連れ、キムが奥へ行こうとする。それに続くヒラグモが、何でもないように言った。
「そうそう、不老不死の方法は、あるぞい」
宮殿内に緊張が奔る。一瞬立ち止まったキムは、周囲を睥睨しつつ、歩みを再開した。
「それも、奥で聞こう」
「それと、小童どもには儂が味方すると言ってある」
「何い⁉」
「はっはっは。何、そう怒るでない。二重スパイみたいなものよ。少しでも楽になるようにな」
「……七賢が、せせこましいことをする」
「あそこに肩入れしとるトラルドは、そこそこ厄介でのう。念には念を、じゃ」
「……トラルドの弟子とう法螺は真なのか。だとすると、一理ある」
「ま、それも含めて詳しい話は奥で、じゃろう? 行こう行こう」
ヒラグモがキムに並び、背を押していった。インと呼ばれた若者は、まだ少し不審気ながらも、それに従い、頭を下げ、奥へと見送った。
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