Ⅳ
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「具体的に、エニシの考えを実行していく過程を検討したい」
ミカドが、〝小さな魔術師〟主要メンバーの前で言った。
円卓を囲むのは、エニシ、フレイレ、セレナ、エルドルト、ジャンだ。そこにオトハの姿はない。
「ちょっと待った。実際、今のところあの魔法はオトハちゃんがいないと使えないわけでしょ? 当事者がここに居なくていいの?」
ジャンが、子供に追いかけられて傷だらけになった腕を気にしながらも核心をつく言葉を放った。エニシが頷いて応える。
「大丈夫。オトハにはあまり負荷を掛けたくないし、鍵となるからこそ、あまり外には見せないようにしつつ、内部でもこの力を特別扱いしないようにしておきたいんだ」
「敵を騙すにはまず味方、ということか」
エルドルトの低い声に、セレナの柔らかな声が上から被さる。
「実際、彼女に出てきてもらうのは最後なんでしょう? それまで計画に参加する必要がないなら、いいんじゃないかしら」
「そうなの?」
ジャンが前を向き、そこで改めて、ミカドが咳払いをした。
「というわけで、まずは概略から、説明させてもらおう」
ミカドが空中に文字を描き、それがそのまま青く光って残る。
「前提として、魔獣には契約者を通して魔力を注げることは皆、ご存知の通りと思う。その魔力と、元々の魔獣の力によって魔獣の特殊能力も引き出されるわけだが、勿論魔力を注がねばならない分、魔獣とは距離が近くなくてはならない」
「そこから?」
魔獣を持つものなら超初歩の説明を始められジャンが呆れるが、ミカドは指を振ってそれを嗜めた。
「この前提が、後の作戦の肝になる。そのための念のための共有だ」
「トラルドの魔獣であるこの世界を広げる、というのがエニシの目論見だと儂は聞いておったが」
エルドルトの意見に、ミカドが頷いた。
「そう。そのためには、膨大な魔力をこの世界に注がなければならない。そのためにも優秀な魔術師を集めているわけです」
「ただ、まだ実行に移されない、ということは、トラルド師や、我々がいても、まだ足りない、ということですね?」
フレイレの言葉で、そのための〝作戦〟であることに、皆が思い至る。
「そういうこと。全世界を覆おう、と言っているんだから、それくらい途方もない魔力が必要なんだ」
「だったら、何人くらいいるんです?」
「一万人は欲しいかな」
「一万⁉ プロが一万だから、その全てがそこに集まる計算になるよ?」
「その通り。だから、いくら何でも味方だけでこの人数を集めるのは、非現実的だ」
「しかし、ではどうやって」
「敵味方関係なく、その場に集まったすべての魔術師の魔力を利用する」
「敵? ということはつまり――」
「戦争だ」
その一言に、場に一気に緊張感が奔る。椅子にだらしなく座っていたジャンも姿勢を正し、厳しい表情でミカドに問い質した。
「それは、死人が出る、ということ?」
「平和の前に、小さな犠牲無しに進むことはできない。……が勿論、出来る限り犠牲者は出したくない。何せ、その場に参戦している全員の魔力を利用したいんだ。ひとりでも減れば、それは作戦の最終目標の達成という観点から見て不利益になる」
「確かに」
ほっと息を吐いて、また椅子に背を預ける。心優しきこの青年は、なるべくなら人を傷つけたくないからこそ、この場に身を投じているのだ。
「しかし、小規模な戦では意味がない。敵、と仮定してだが、国連からも最強の、つまり五芒星は当然として、全ての魔導師と魔術師が参加するほどの大戦をいずれ引き起こすのが、目標となる」
「五芒星か……」
「トラルドが生きていたんだから、四賢者や三皇帝の生き残りもいるんじゃないの? そういう人が参戦すれば、大分違うんじゃない?」
「トラルドさんが普通にそこにいるから勘違いしてしまいがちだが、彼らは普段姿を見せない。それ故五芒星ですら存在を疑われるのに、過去の伝説の人をいると仮定して頼りにするのは、流石に作戦として受け入れられないな」
「あの、私の姉は、五芒星なの」
おずおずと、セレナが手を挙げる。
「え?」
「言い出せなかったんだけど、双子の姉で――」
「エレナ・パーカー?」
「そう、一文字違い」
「とすると、五芒星は実在しているわけだ」
「そりゃそうか」と首を竦めるジャンを宥めつつ、ミカドは続けた。
「その五芒星を誘き出すためにも、こちらが本気で、そこまでの戦力を出さなければ世界が変わる、というところまでは見せたい」
「そのためには、一体どうすりゃええ」
エルドルトが呆れたように声を上げた。
「これまでも、国をぶち上げたりアルフェンを追い払ったり、それなりに衝撃を与えるようなことはしてのけた。それでも、微動だにせんのが、体制というもんだ」
「仰られる通りです。ですから、それなり、ではもう済まないことをしなくては」
「どうするの?」
ジャンが、身を乗り出す。
「アルフェンを乗っ取る」
言葉は違うが、戦争を仕掛ける、と宣言しているのと同等だ。エニシを除いた全員が息を呑んだ。
「そして、更に他の国への宣戦布告を突き付ける。そんな増長膨張国家、早めに潰さなくてどうする」
ミカドが意地の悪い笑いを浮かべるが、皆、頬が引き攣っていた。
「方針は分かりました。では、詳細な作戦をお聞かせ願いましょう。でないと、判断できそうにありません」
フレイレの冷静な意見に、変な空気になりかけた場が落ち着き、改めて、ミカドが各作戦、そして担当者を想定しつつ説明を始める。
「まず、一度アルフェンをこちらに誘き寄せ、引き付ける。できれば総統自らお出まし願いたいところだが、ともかく魔術師部隊を総出にさせて、空き家のアルフェンを、こちらの実働部隊で戴く」
「誘き出す方法は?」
「ひとつは、こちらの戦力低下を敢えて向こうのスパイに知らせる」
「散々煮え湯を飲まされたエルドルトなり、フレイレ、セレナが元いたところから助けを乞われていなくなった、とかね」
「その通り。そしてもうひとつが、相手に戦いたくなるような、新戦力を手に入れさせる」
「何、それ?」
「できれば、トラルド師に裏切ったふりをして向こうについて頂きたいのだが……」
「トラルドは、ここは貸してくれてるけど、基本口を挟まない方針だからなあ」
「そこを何とか、説得してみてくれないか」
ミカドの懇願に、エニシが口を尖らせながらも頷こうとしたその時、
「やあ、やってるかい」
そこに、ふらり、とトラルドが友人に会いに来たかのように気軽に入室し、手を挙げた。
「トラルド」
エニシが目を丸くして、溜息を吐きながら首を振る。
「本当にトラルドは人が悪い」
「風が教えてくれるんだよ」
それこそ風が吹くように嘯き、七賢者のひとりは空に人差し指を立てた。
「動くべき時、生きるべき時間は、常に風と魔と共にあり」
「それでは、ご協力頂けるのですか」
ミカドが、冗談で煙に巻きそうなトラルドを捉えるべく、一直線に質問を放つ。
だがその言葉を避けるように、トラルドは身を横に開いて、自らの後ろを指し示した。
「彼が、君たちに力を貸してもいいって。私はその案内だけだよ」
トラルドの半分ほどの背丈のその人物は、ローブを深く被り、口元以外、何ら情報を与えない。口は小さく、肌も白い。一見、女性のように思える。
「どなたです?」
その印象からか、ジャンが気軽に問い掛けた。
ローブの人物は、想像外の低い声で応える。
「ヒラグモ、と申す」
「うん?」
ジャンが首を捻るところで、トラルドが悪戯っぽく微笑んだ。
「私の旧知で、七賢者のひとり、土のヒラグモだ」
ジャンが噴き出す。だが、他の五人は最初からその気配を感じ取っていたのか、真剣な表情のままそのローブの人物、土のヒラグモを見つめていた。
「君たちが何をやろうとしているか推理した上で、自分の力が必要なんじゃないか、と思ったんだってさ」
「主たちの思惑は、地球上のすべての人間を魔術師にしようというものじゃったな。それをするために、特別な魔術師がおるじゃろう」
トラルドのフォローをぶった切るように、単刀直入にヒラグモが突っ込み、同席者たちは体を硬くする。
「そんな素直に反応しておるようでは百戦錬磨の世界政府を相手にできんぞ」
笑うヒラグモに意地悪いものを感じ、苦い顔をしながらエルドルトが問い掛ける。
「それで、そうだとして、今までどこにも出てこなかったようなヒラグモ殿がわざわざ何故」
「まず、主らの青臭い理想論に火を点けられた。トラルドの〝魔獣〟という容れ物があったとはいえ、儂がやりたくてもできなかったことを、してのけようとしておる。しかも、若い衆が」
「ヒラグモさんも、人間すべてを魔術師にしようと?」
「そうとも。だが、儂には理想を共有する仲間がおらんかった。長生きはするもんじゃな」
嬉しそうに笑うヒラグモに、やっと少し空気が弛緩したところで、また、即座にヒラグモが言い放つ。
「して、その特別な魔術師は、特別な条件下でなければ、その力を発揮できん。そうじゃの?」
「……どうしてそう、思われたんです」
「考えれば簡単なことじゃ。全人類魔術師化を標榜して、その具体的な術がないまま暴走して建国など、ありえん。何らかの勝算があってしたと目すべき。となれば、新たな魔術か、魔術師か。そしてそれが手早くできるのなら、一般人を集めてさっさと味方を増やしたほうが早い。だがそれをやらぬということは、そのような手立てではないということ。新たな魔術なら特定条件下でもそう障壁は高くないと考えると、自ずと答えは出る」
「それで、その上で、お力をお貸し頂けるこちらの利はなんです?」
「ひとりの魔術師による技となれば、その者に供給する莫大な魔力が必要となるはずじゃ。七賢と呼ばれる儂がおって困ることはあるまい?」
「そうですが……それなら、貴方でなくても実力のある魔術師は必要としています」
「そして、何より知恵がある。先程言ったじゃろう、儂も全人類魔術師化を目指しておったと。そのための策も、色々と試しておる。先人の失敗を糧に同じ轍を踏まぬことは時間の短縮に繋がるじゃろう?」
全てを聞き、納得したエニシが深々と腰を曲げた。
「貴方が、僕らの味方になってくれるのなら、とても助かります。是非」
ヒラグモも、鷹揚に頷いて応えた。
「うむ。だが、儂とやるとなったら、儂の要求は高いぞ」
「自分から来たくせに」
ジャンが唇を尖らせるが、ヒラグモは平然と続ける。
「確かに、儂は自らの意思でここに来た。じゃが、だからと言って、ここに居させてくれるようおもねるのは、違うのではないか? 一度仲間として認めたならば、それ以降、序列は関係ない。その組織を良くするため、己の持てるものを発揮し、仲間には要求していく。それが、プロというものじゃろう」
ジャンの驚きも、立て板に水のような論理に見事に流される。
エニシが立ち上がり、手を差し出した。
「ありがとうございます。七賢のひとりが加わってくださること、非常に心強いです」
「ふん、流石に首領は度量が広いか」
ヒラグモが、その手を取る。身長差があるので見上げるような形になり、同時にローブが後ろに落ちた。
ヒラグモの顔が露わになり、皆が息を呑む。
「ん?」
口の端を上げ、握手を交わしていたヒラグモが、その視線に気づき眉をひそめた。そして、後ろに垂れ下がったフードに気づき、「ああ」とローブを脱ぎ捨てた。宙に放り投げられたローブは、魔術により空間に消える。
「すまん、癖で着たままにしておったわい。よもや、主らにそういう偏見を持つものがおるとは思わんが、この外見だと世間ではいらぬ衝突を起こすものでな」
そう嘯いているのは、玉の肌をした少年、十歳ほどに見える眉目秀麗な茶色い髪に青い眼をした、喋り方と声からは想像できない姿だった。
「あ、あ、あ」
ジャンが人差し指を突き出し言葉を失っている。
「さっきのがき!」
「なんのことかのう」
嘯いているが、この対面の前にふたりには何かがあったらしい。沈着冷静なフレイレも、少し目を剝いているようだ。
「ってことは、推測じゃなく実際オトハちゃんの魔術を見てるんじゃねえか!」
「確認したまでじゃ。ちゃんと、今言うたことは推測しとったわい」
「ぐぬぬ……」
よくわからないふたりのやり取りを呆れた様子で見ていたエニシが、トラルドに誰ともなく問いかけた。
「ほんと、トラルドといい、七賢者ってのは、若作りの化け物しかいないの?」
「〝魔〟を究め、この歳まで生きているんだ。想像すればわかるだろう」
トラルドの答えに、エニシは肩を竦めるばかりだった。
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