Ⅲ


「それで、この〝国〟の人口と、戦略、未来予想図はどうなってるんだ?」

〝小さな魔術師〟に合流し、その知見と能力から、一足飛びにエニシの右腕として登用されたミカドがまず最初にしたことは、エニシとのビジョンの共有、そしてそこから逆算して導かれるグランドデザインを描くことだった。

 そもそもが、エニシが理想に燃えて場当たり的に(勿論彼なりの戦略と勝算はあったわけだが)作られた国だ。そこに具体的な方策を持ち込める人材は必要不可欠だった。

「人口は、今のところ百人。フレイレに聞いてくれれば、名簿を作ってくれてるからもっと詳しい情報はわかるよ。ジャン、フレイレ、セレナ、エルドルトが各二十名の魔術師を束ねるようにしてる。それに僕と、オトハ、セレナが連れてきた子供達に加えて、ミカドと娘さんふたりで、丁度百人だ」

 ミカドが頷き、窓から外を眺めた。ミカドの子供と、セレナが連れてきた孤児たちが、もう仲良くなったのか遊んでいる。

 そこに、金の長髪をなびかせたローブ姿の男が現れると、一気に子供たちが集まって人気を博していた。

「あれは?」

「ああ、もうひとり居たね。トラルド。でも彼は協力はしてくれるけど、この国の人間として動くつもりはないらしいから、計算には入れられないと思う」

「あれが、伝説の魔導士か」

 ミカドが目を見開いて、名を知らぬ者はいなくとも、実物を見た者は少ない伝説の魔導士の若すぎる外見に驚いた。

「そ。若作りしてるけど、実際は三百歳くらいだから、お爺ちゃんだよ。まあ、そんなお爺ちゃんに頼るわけにもいかないよね。今を生きる僕らが、変えていかないと」

 エニシが言い切ると、ミカドも頷き、視線を室内に戻した。トラルドと子供たちは、いつの間にかひとりのがき大将を先頭に、ジャンを追い掛け回している。

「一旦、各国からの攻撃や尋問は止んだとみていいんだな?」

「だろうね。そもそも国土を奪い取ったわけでもないから、自分たちに害をなさなければ今のところ静観、って感じなんじゃない」

「だったら」

「うん。その間に、大きな動きをして、更なるうねりを作らないといけない」

 ミカドの言葉を継ぐようにして語ったエニシの横顔は、磨かれた宝石のように決然としていた。

「もう、その方策は考えてあるんだな?」

 ミカドはそのエニシの表情から察したようで、用心深く尋ねる。

「まあね」

 そう言って、視線をひとりへ送る。

「彼女が、何か関係あるのか?」

 その先には、オトハが子供たちと遊んでいた。

「関係も何も、一番の鍵だよ」

「……何を考えている?」

「説明しよう」

 急に身を翻し、部屋から出ると、オトハの元へと丘を下りていく。

「待て。どういうことだ」

「見せた方が早い!」

 駆け下り、オトハの手を取ると、立ち上がらせた。困惑した顔で、オトハがミカドと、エニシを見比べる。

「えっと……何?」

「オトハ、昔君が僕にやってくれたように、ミカドの子供たちにやってあげてほしいんだ」

 そう言われ、オトハの顔が固まる。

「あれを……?」

 エニシは黙って頷き、優しい目で促した。

「そう、あの時の条件は、揃ってる。トラルドの雲、魔力がない子供、そして、オトハ」

「だから、私を誘ったの?」

「勿論それだけじゃない。オトハだから、誘ったんだ」

「でも、全てではない」

「それは、そう」

 神妙に同意して見せるエニシに、オトハは一度大きく息を吸ってから、答えた。

「わかった。それがこの子達のためになるのなら、それは喜んでやるわ。でも――怖い」

「大丈夫。トラルドもいるし、いざとなったら僕が守る」

 オトハが怖いのは、力を授けるということの重さに加え、テンのように暴走してしまう可能性もあることが、トラウマとして植え付けられているのだろう。

「テンは今や、僕の大事な相棒だよ。心配することなんて、何もない」

 伝説の魔導師の元で学んだこの青年は、自分以上に〝魔〟に関しては詳しいはずだ。自分も、負けず劣らず勉強した自負はあるけれど。

 そう、頷きながら、オトハは自分を納得させた。

「ミカドさん、お子さんたちに今からすることを、ご説明させてください」

 だがその二人の間に、エニシが割って入る。

「ミカド、僕を信じろ」

 それは、有無を言わせぬ口調だった。

「オトハ」

 エニシに促され、オトハは心配そうにミカドを見やった。

 ミカドが、エニシと視線をぶつける。

「そこまでする意味はなんだ」

「説明しても、理解できない。見るのが一番なんだ。それに、ここで僕に全てを賭けてくれるくらの覚悟が、右腕には欲しい」

 じっと、エニシの瞳の奥を見つめ、ふ、と息を吐くと、ミカドは肩を竦めてオトハに頷いた。

 オトハも頷き返し、ふたりの娘の元に向かう。

「ちょっといいかな」

 セレナたちと遊んでいたふたりは、少し不満そうにしながらも、オトハによってエニシたちの元へ連れてこられた。

「ここに座ってて」

 優しく伝えて、オトハが扇を握り、空を見上げる。

「あまねくおわせし、やおろずの神よ」

 大気が、動くのを感じる。

「ヤオロズ、百九十九番、解夏」

 娘たちを取り囲んでいたものが、そのオトハの言葉と同時に、彼女たちの中へと奔るように流れていった。

「ユウナ! エナ!」

 驚きのあまり、ミカドが叫び、駆け寄ろうとする。それを腕で押し留め、厳しい視線をエニシが向ける。ミカドは唾を飲んで、再びオトハの行為を見守った。

 ふたりの娘は最初から気を失っており、流入の止まぬ大気になすがままに身を揺らされている。

 オトハは目を瞑り、集中して何かを呟いていたが、突如、その扇を開き、目を開けると腕を高々と掲げた。

 流れ込んでいた大気が、絞られるようにその掲げられた手の先、扇へと集まっていく。

「廻」

 そう告げて、扇をふたりへ指した。扇に導かれ、絞られた大気が再び、龍のように少女たちへ流れ込む。

「新しい。僕の知らない間に、オトハも修行してたんだねえ」

 暢気に、感慨深げにエニシが笑う横で、

「がんばれ……」

 とミカドが、静かに呟いた。

 ドン!

 すべてが流れ込み、一度大きく体を撥ねさせると、ふたりは地面へ倒れた。慌ててミカドが駆け寄るが、もうエニシはそれを止めない。

「ユウナ! エナ!」

 抱きかかえる父の顔を、うっすらと目を開けながらふたりが確認する。

「おとう、さん……」

 そのふたりの体の表面が、ぼう、と淡く光り輝く。

「どうした? 大丈夫か?」

 必死に尋ねるミカドに、ふたりが笑いかけた。

 ミカドはほっと安堵の息を吐き、ふたりを丁寧に地面に立たせる。

 ふたりは、輝く自らの掌を不思議そうに眺めながら、何度も握り、開いていた。

「……どうした? 本当に大丈夫か?」

 不審げに眉根を寄せる父を余所に、二人が握り直す速度は上がり、やがてそれは力強いものになっていく。

「お父さん! 私、ううん、私たち、力が入る!」

 それは、ふたりにとって、生きてきて初めての大きな体験だった。生まれながら常にその力を奪われ、自ら生み出すのではなく、与えられることでしか生きられなかったのだから。

「力が……?」

 まだ半信半疑なミカドに、ふたりの娘がその握った拳を思い切り振り下ろした。

「いた! 痛い、痛いぞ、ふたりとも! ……痛い?」

 驚いたミカドに、少女たちは満面の笑みで応える。

「お前たち!」

 ふたりを両腕で抱きしめ、乱暴に頬ずりをする。ふたりは嫌がって、それを力を籠めて遠ざけた。

「はは、こんなこともできるんだな。オトハさん、これは、一体?」

 嫌がるふたりを抱き続けながら、ミカドがオトハに顔を向ける。

「解夏は、魔力の道を開く魔術。今回は、お子さんの道を綺麗に丁寧に舗装した、というのがわかりやすい表現かと」

「舗装?」

「そうです。今までの治療は、不足する魔力を供給するだけでした。でも、この魔術は、魔力が流出してしまう穴を塞ぎ、道を整えるということです」

「そんなことできるなら、皆にやれば――」

「ごめんなさい」

 ミカドが前のめりになるのを、オトハは頭を下げて勢いを削いだ。それを、エニシが補足する。

「できないんだよ。ここがトラルドの〝魔獣〟の中だから、という特例条件下でのみ、初めて解夏は効果を発揮する。その条件をもっと調べて、全世界にこの魔術を掛ける、というのが、僕の目論見」

 エニシの説明に、ミカドは腕を組み、考えた。

「だったら、一般人を多くここに招くのか……?」

 ミカドの推測に、「チッチッ」と人差し指を振り、エニシは自信満々に言い放った。

「トラルドのこいつを、広げる」

 ミカドが目を丸くし、息を呑んだ。

「そのための、魔術師集めか……!」

「そういうこと。こいつが世界をすべて覆ったら、後はオトハの力は使い放題だ」

「そうなれば、全世界の誰もが、魔術を使えるようになる……!」

 エニシが、笑った。

「僕の目的は、全人類の魔術師化。〝魔術師〟なんて言葉をなくしてしまうこと。誰もが魔術師になり、魔導師たち一部の強者が権力を持つ〝大きな魔術師〟の時代は終わり、〝小さな魔術師〟の世界に。だからこその、国名だよ」

 ミカドが、打ち震えた。この震えは、どこから来るものか。

 わからないままに、今はこの熱を感じておきたい。その拳を、強く握りしめた。

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