第三章 興り
Ⅰ
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「さて、今日の客人はどのようなお方でしょう?」
帳面を片手に黒人の魔術師フレイレ・パトリックが面を上げると、緊張して身を固くして椅子に座っていた青年が、勢いよく立ち上がった。
「はい! 今年度魔術専門学校を卒業いたしました、ヤマガタ・アラシです。よろしくお願いします!」
大声で挨拶をし、体を半分に折り曲げる。フレイレは苦笑しながら眼鏡の位置を直すと、椅子に座るよう促しながら説明を始めた。
「ここに来られた、ということはメッセージを読んだか、誰かからスカウトされたということだと思いますが――」
「メッセージからここを解読しました!」
「ほほう。それは、なかなか優秀ですね。見所がある」
「ありがとうございます!」
アラシが、頬を赤くしてまた思い切り頭を下げた。
「それでは、今度はこちらも軽く紹介させてもらいましょう。まずは細かい話から始めねばなりませんね。あの日から半年、我々の国は目覚ましい発展を遂げております――」
フレイレは、あのエニシの宣言から半年の間に、〝小さな魔術師〟に起こった出来事を簡潔に伝えた。
まず、トラルドの箱庭世界を訪れた彼らがしたことは、この〝小さな魔術師〟においての彼らの役割分担であった。
国を造るのだから、内政・外交の体裁は取り繕わなくてはならない。
ただし、衣食住もこの世界があれば事足りるので、必要なのは人事と軍事が主であった。
そこで、入国審査などの人事面をフレイレが、軍事面をエルドルトが、外交をセレナが担うこととなった。
残るジャンはまだ必要ないがいずれ警察を担う予定となっており、法の部門はエニシが、そして厚生の担当をオトハが司る予定となっていた。
そして、各国からの陰なり陽なりの、〝小さな魔術師〟への接触から、まずは始まった。とにかく、得体のしれないこの国の目的と概要を、皆が掴みたいのだ。
しかしエニシは謎のベールを被り続けた。その代わり、魔術師が集まる至る所(プロのリーグ戦や講演など)にゲリラ的に表れては、国家の設立、そしてその趣旨の宣言を行い、同時に民を求める旨を発した。そして、詳しい募集の内容と選考方法は、ある程度の魔力がないと、紙が開かないように魔術で守られた紙をその場で放り、手に入れ、解読できた者だけがわかるようにした。
そこで伝えたことは、二点。一点は、〝小さな魔術師〟の設立理念とそのために必要な魔術師の条件。そしてトラルドの〝庭〟の場所であった。
参加したい者は三日の内にそこに来れば扉があり、審査を受けられる。
そう、流したのだ。
トラルドの〝庭〟への扉は自由に作れるので、もし攻めてこようと考えている勢力にその時バレてしまっても問題はなかった。今のところ、まだ主要国首脳会議などで共通の敵と認定されているわけではないので、その短い日にちの間に準備を済ませ、おおっぴらに軍隊が攻めてくることはないだろう。それに、エニシを敵と認識しているハポネス対策に一応他の国に扉を準備することにはしていたが、この小さな勢力に負けた時のリスクを考えると、そこまで大きな行動に出られる国はないはずだった。
ただ、ならばスパイを送り込めばいい。また、思想が合わないものや、単純に実力不足や年齢などの問題もある。そのふるい落としを、今フレイレはやっているのだ。
「呼び掛けから三カ月で、国民の数は三十に増えました」
総数が一万弱というプロの魔術師の中で、そこまでの魔術師を保有するとなると、それは既に一地域たるに相応しい。プロチームがない地域もあるのだ。
「そうなると、徐々に各国も我々を無視できなくなってきております。そこで初めて、アルフェンが我々に攻撃を仕掛けてきました」
小さな国がこの量の魔術師を一気に獲得できる機会など、そうそうない。それを狙い、常に虎視眈々と勢力維持のための策謀を巡らしている小国・アルフェンが千載一遇と併呑にかかったのだ。
「ですが我々は、整然と戦いこの一国を退けました」
一地域分しかいない魔術師が、一国と伍した。いや、それ以上、勝ってみせた。
勝利の要因には、勿論籠城戦という数が少なくとも有利な条件に加え、優秀な魔術師が集まっていること、そして軍事担当のエルドルトの卓越した指揮もあっただろう。この箱庭世界(実はこれこそがトラルドの〝魔獣〟であるという)がこと守りに関しては柔軟性があり、鉄壁である、ということもあった。
ともかく、その衝撃と効果は想像以上に高く、可能性に賭けた魔術師が、更に殺到することとなる。
「そして今や、我々は百人の大所帯へと膨れ上がっております。数だけで言えば、小国に匹敵します。ですがそれでも、我々の意志を体現するためには、まだ足りません」
その言葉に、アラシが目を輝かせ身を乗り出す。
「いずれは世界全てを巻き込みますが、今は理想だけを語ってはいられません。現時点で実力のある者、自分の身は自分で守れる者しか、まだ受け入れられません。そこで、こうして賛同してくれたのに申し訳ないことではありますが、試験のようなものをしている、ということを理解してください」
フレイレの説明に大きく頷き、アラシは口角泡を飛ばして自己主張を始めた。
「俺は、卒業年度の今年、大学リーグで得点王にもなりました。プロと混ざってもやっていく自信はあります!」
「うん、それは心強いですね」
さらりと流しながら、フレイレは喋るアラシをじっくりと観察していた。
実際、あの暗号を解読できるレベルなら、実力には疑いがない。問題は、スパイなのか、また、高邁な理想をちゃんと共有できるのか、だった。スパイは問答無用として、ただ勝ち馬に乗りたいから、功名心から、などの輩もこの時期からは気を付けなければならない。目的、目指す方向が違ってしまうと亀裂が入りかねないし、母体がまだ小さい分、影響が大きいのだ。
水を操る〝魔〟と繋がるフレイレにとって、水分の塊である人間は理解しやすいものだった。今、アラシの体内を巡る水に関して、おかしな動きは見られない。
「それではお聞きしますが、我々の今の代表であるエニシが示した理想について――」
フレイレは、怪訝に顔を上げた。エニシの名前が出た途端、アラシの中に戸惑いの波が広がったのだ。
「それに関しては――」
そう言った直後、部屋が轟音と共に揺れた。
「何です」
「フレイレか。どうやらアルフェンが性懲りもなく再度攻めてきたようだわい」
エルドルトからの声が部屋に響く。
「面談に来ている魔術師は?」
「これが最後です。その辺りも一応考慮したのかもしれませんね」
「関係のない者を巻き込まないようにか? ふん、いっぱしに体裁を気にしたか。前回の敗戦で学んでいないと見える。戦争は、なりふり構わずできることをすべてやった方が勝つというのに」
エルドルトの暴論に苦笑しながら、フレイレはアラシに扉の向こうに行くよう促した。
「この先は安全です。君は中で待っていなさい」
「いえ、俺も戦わせてください!」
目を輝かせて迫るアラシに、フレイレが苦笑しながら頷く。
「なるほど、いい心がけです。ですが、訓練されたチームに何も知らない味方が入るのは、敵以上に厄介になる。見学は許しますので、私についてきなさい」
フレイレが小部屋を出て、雲の上に立つ。白く眩い空の中に、戦闘機に囲まれた人影がひとつ、浮いていた。
――〝小さな魔術師〟代表、キズナ・エニシに告ぐ。世界の秩序を乱す活動を止め、即刻我が国に従僕せよ。さすれば、我が国での活動の自由を認め、庇護を約束する。
一機が、その浮かぶ影に布告した。浮かぶ影・エニシは冷笑すると、ひらりと手で追い払う。
「笑止。あんたの国の中だけの自由で閉じ込めて、あんたの国の法に、つまり支配者の意向に沿って、僕たちの〝魔〟を利用しようってんだろう? 僕らの思想と真逆じゃないか。よくそんなことを臆面もなく言えるね。帰って総統に伝えな。『あんたに迎えられるくらいなら、僕らは自分のクソを喰って死ぬ』ってね」
返事はなかった。代わりに、一斉掃射がエニシを襲う。
勿論、彼を覆う風のバリアがそんなものを通させない。が、それは相手も百も承知だろう。魔術師が誕生し、彼らが戦場に立つ時、近代兵器の役割は消えた。役に立つとしたら、運搬と、目くらまし程度だ。
「同志キム・ド・ジュン……」
どこかから、大勢の詠唱が聴こえた。
「エレメント!」
巨大な炎の波が、エニシを襲う。
雲間に隠れていた飛行船に、大勢の魔術師が乗っているのが見える。彼らから目を逸らすための戦闘機だったのだ。
「レオン・バーナビー、エレメント!」
だがそれを、突如腕が空中に現れたかと思うと、勢いよく突き出した。その腕から太い柱のような炎が導き出され、エニシを襲った炎を呑み込むと、そのまま飛行船へと一撃を加える。
戦闘機は無残に弾き飛ばされ、飛行船もバラバラに破壊される。乗船していた魔術師たちが空に放り出された。
だがすぐさまその場で数人ずつ集まると、空中に浮かび、再び
「同志……」
と詠唱を始めた。
「この思考停止、とにかく言われたことを忠実にやり続けようとする操り人形感が気に喰わないんだよ」
エニシが吐き捨て、数か所から炎の矢が向かってくるのを掻き消しながら、後方に指揮をした。
「エルドルト!」
「おうさ!」
再び巨大な腕がわらわらと集まった魔術師たちに襲い掛かる。
しかし今度はまだ集まりきっておらず、的が絞られない上、単独で機動力も高いので避けられてしまう。
だがその結果、集まりかけていた魔術師たちは、再び散会させられる。
「フレイレ!」
「承りました。アイーダ・クロエ、フォグス」
声がしたかと思うと、どこからともなく水煙が噴出し、魔術師たちを取り囲む。これで、彼らの視界は遮断され、連携も分断された。
「ジャン!」
「オーケー! アキニイ・ドロッタ・イヴ・クレイシー、ドレイブ」
空から、雷が落ちる。水煙を伝わり、ひとりひとりを行動不能へと陥れた。
「セレナ!」
「はい。ユー・リンチン、ガンナー」
エニシの下方で、樹の枝が縦横に張り巡らされた。落ちていく魔術師たちがそれを通過し、傷を癒しながら消えてゆく。
「お終いだ」
エニシが、腕を振った。
風が巻き起こり、かまいたちが残りの船団を切り刻む。その後、風は纏まると、四方八方へと弾け飛び、敵共々空の彼方へと葬り去ってしまった。
青空に、静寂が甦る。
エニシは「ふう」とひと息吐くと、扉のある雲へと降り立った。
「……すげえ」
見知らぬ声がそれを迎え、エニシは眉根を寄せた。
「すげえ、すげえよ!」
急に現れた同世代の男に手を掴まれ、エニシは困惑した。
「何?」
「これが本物の魔術師の戦いなんだな。俺も、必ず役に立つ。任せてくれ!」
「誰、君」
「おおい! 卒業式の日に随分ご挨拶な対応してくれたじゃねえか! もう忘れたのか!?」
アラシが大袈裟に嘆くが、エニシの記憶の琴線には触れないようで、まだ首を傾げている。
「昨季の大学リーグ得点王のヤマガタ・アラシだよ!」
困ったような視線をフレイレに送るが、フレイレも首を横に振る。
「あの! お前の魔獣に吹っ飛ばされた! オトハと同期の!」
「ああ!」
「何でそれでしか覚えてねえんだ!」
身悶えさせて叫ぶアラシを笑いながら、エニシは扉を開けつつ、振り返った。
「来たんだ」
「来たんだよ! 悪いか!」
「いや、悪くない。君にしては、いい選択なんじゃないか?」
「お?」
その言葉に、アラシが頬を緩める。
「まあ箸にも棒にも掛からないだろうけど、志に賛同してくれるならうちは断らないからね」
「おおい!」
「嘘だよ。実力がなきゃ、ここには来られない。歓迎するよ。でも、志が嘘だったら、覚悟はしておいてよ」
冗談めかしていたエニシが、突如厳しい視線をアラシに与えた。思わず、唾を飲む。
「ま、君はそんなことできるような人間には思えないけど」
「おまっ……!」
最後のアラシの叫びは届かず、エニシは口の端に笑みを浮かべながら扉を潜った。視界に、新たな魔術師の社会が広がっている。
トラルドの世界を基に、各々が自由に家を作り、勝手に集会場などを整備していっている。
この自由な世界を守っていかなくてはならない。
だがそれだけではない。
エニシの理想は更にその先、自由に、国境に、国の思惑に縛られず、誰もが自分のために魔術を使えるようになることにある。
「行くか――」
そう呟き、とんっと雲を蹴って飛び出した。
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