Ⅳ
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深紅のカーペットに沈み込むように跪き、ひとりの魔術師が頭を垂れている。
「ミカド・ジン。君が何故ここに呼ばれたかは、わかるね?」
問い掛けに、ミカドは無言で肯定の意を示す。
「何、そこまでかしこまらんでもよろしい。そもそも、上司と部下の関係でそんな姿勢を強いているなどと思われては、世間から何と言われるかわからん」
冗談めかして言いながらも、ミカドの前の机についている恰幅の良い男の目は、笑っていなかった。
「ヒルコ、君の作戦は失敗に終わったな」
ミカドの後ろでシルクハットを手に持ち壁際に立っていたヒルコに、突如会話の矛先が向かった。
「は……申し訳ございません」
「伝説の魔導士、そして我が国の貴重な資産、手に入ればこれほどまでに我が国の存在感を上げられるものはない。だから期待している君に任せていたのだが、何か言い訳はあるかね」
「……言い訳のしようもございません」
ヒルコは唇を噛み締め応える。恰幅のいい男は頷いて、視線をミカドに戻した。
「そこで、次は君にお願いしようというわけだ。ヒルコと同様かそれ以上に、君の実力は高く評価しているのだよ」
「ありがとうございます」
ミカドは、顔を上げずに答えた。
「それこそ、君を誘ったキズナ・エニシのようにね」
意地悪く口の端を上げる男に、ミカドはただ項垂れることしかできない。
「この魔法省で生きていきたかったら、結果で示すことだ。無用な疑惑など雲散霧消させるほどの、な」
「かしこまりました」
必要最小限の言葉で応答を終えたミカドは、脇に控えていた秘書に退出するよう促され、一礼して出ていった。
残されたヒルコを無視して太った男は秘書に次の予定を尋ねる。
「ゴトー長官」
ヒルコが、蒼白の表情から意を決して言葉を吐いた。
「何だ、君はまだいたのか」
「ミカドが優秀なのは確かです。しかし、彼には国家への忠誠が薄いという問題があります。彼に任せては、ミイラ取りがミイラになりかねない。どうか再び私に任せて頂けませんか」
「ヒルコ君」
ゴトーと呼ばれた恰幅の良い男は鯰のような口髭をしごきながら、大きな腹を机に当てつつ椅子を回転させ、告げた。
「私が何年待ったと思っている?」
「それは……」
「他の仕事があったのはわかる。だがこの件は、キズナ・エニシを見つけてから六年間、君が何もできなかったということ以外、残っていないのではないかね」
「お言葉ですが」
「君を取り立ててきたのは、君がどのような形であれ、いかなる手段を用いてでも、結果を出してきたからだ。結果を出せない君など、世間から見た蛇蝎の如く嫌われる役人の典型だとは思わんかね」
ぐうの音が出ないほどに言い募られ、あのヒルコが口を噤む。
それに気を良くしたのか、少し鼻の穴を大きくして、ゴトーが続けた。
「それに、私はそうなっても構わない、と考えているのだよ」
「え?」
思わず聞き返したヒルコに、更に満足げにゴトーが髭をしごいた。ただそのままで、待っていても返事が来そうにないので、ヒルコは質問を重ねる。
「つまり、ミカド・ジンが〝小さな魔術師〟に加入しても良い、と?」
「その通り。我が魔法省としては不満分子が消えて組織としてすっきりする。そして、〝小さな魔術師〟側にはいつ裏切るかわからない不穏分子が加わってしまう、ということだ」
「裏切る?」
ミカドの性格を思い返し眉を顰めるヒルコに、ゴトーは遂に高笑いした。
「何年彼と一緒にいると思っているんだ。彼の弱点など、とうに把握しているし、首根っこは掴んであるよ。それがあればまず裏切ることはないだろうし、もしそうなったとしても大丈夫、いざと言うときはそれを使えば一発さ」
「左様でしたか」
ヒルコは恭しく一礼し、続けてシルクハットを被り直して、退出した。
魔法省の無機質な廊下を歩きながら、苦々しい顔で考える。
――上司とはいえ、尊敬に値する人物ではありませんね。ですが、敵に回してはいけない人物です。
舌打ちをすると、窓からふと外の風景が目に入った。この陰湿な陰謀が張り巡らされてた建物内とは遮断されたかのように綺麗な青空が広がっている。
この国を守るために出来ることは何だろうか。
ヒルコは遠くを眺め、そう憂いた。
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