Ⅳ


 ふたりを見つめるトラルドの視線には、どこか厳しいものがあった。

 それに戸惑いを覚えながら、オトハが手を振って応える。

「何者って、私たちは普通の――」

「解夏、凍冬はヤオロズの中でもかなり特殊な魔術だ。君がどう教えられたのかわからないが、使える者は限られてくる」

「そんな――」

「そして君」

「キズナ・エニシです」

 だいぶ遅くなったが、やっと名を名乗る。

「エニシか。いい名だ。エニシ、君は無理矢理、〝魔〟を使えないよう封じられていた」

「無理矢理……?」

「そう。これに関しては、人間界にある程度いるとは考えられている。だが、そこの獣」

 顎をしゃくり、窓の外の芝生ですやすやと寝転がっている白い獣へ注目を集めた。

「あれも、同様だった。封じられたものの子孫だろうが、それらがこうも偶然に一堂に会すとは、なかなか考えづらい。君たちの越し方を、少し私に聞かせてもらえるかな」

 ふたりは顔を見合わせつつ、特に隠すこともないので全てを語った。

 エニシは、ふたりの魔術師の息子として、生まれながらに魔術を使えないこと。そして、そんな彼を慮った両親により、この地に連れてこられたこと。

 オトハは、この地に古くから残る神社の娘のこと。その神社は、かつて九尾と呼ばれる魔獣を封じ、今もそれを護っていること。

 それを聞いて、トラルドが頷いた。

「なるほど。ヤオロズの意志とは無関係だったか」

「ヤオロズの……?」

「いや、こちらの話だ。エニシのご両親は、こうなることにも一縷の望みを抱いて、この地に越してきたのだろうな」

「え、それは……?」

「封じることができれば、放つこともできるということだ」

「じゃあ、キズナ家は、そんな下心もあって、私たちに近づいてきたんですか?」

「まあ、そう責めてあげないことだ。人間、一面だけが答えではないさ」

 トラルドは苦笑しながら、腕を開く。

「それに、私がいなければ君たちはこのままだったわけだしね」

「そうだ! それは、どういう意味なんですか?」

 頭を掻きながら、トラルドが説明した。

「ちゃんと話すと諸々複雑なのだが、私たちがいるこの場所は、入道雲の中で、この雲も、実は魔法によって生きているんだ」

「雲が……生きている?」

「まあ仕組みはいつかわかる日も来るだろう。そんな特殊な魔法なのだが、満月に照らされるとその月光に乗って下界に降りてしまう、という性質を持つんだ」

「月光に……乗る?」

 今度はオトハが首を傾げる。わからないことだらけだが、トラルドは意に介せず続けた。

「〝魔〟に通ずる道を封じられた者がこれを受けると、出る場所がないので〝魔〟が溜まる。そしてその特殊性により、暫くすると無理矢理魔に通ずる道が開ける。だが、封じられたものは、そのままだ。結果、体調が悪くなる」

「あ!」

 思い当たる節があり、ふたりが顔を見合わせた。

「封じたものを解き放っても、それだけでは意味がない。魔に通ずる道が開けて後、解き放つことで、その者に潜んでいたものが、一息に花開く」

「それが、あの大きな白い獣で、エニシだった……」

「そういうことだ。つまり、あそこにいるのは、君たちの言う九尾の狐の子孫ということだな」

「でも、狐には……」

「まあ、伝説に良くあることさ。使う魔法から見るに、あれは〝かまいたち〟だな」

「かまいたち?」

 聞いたことのない動物の名前に、エニシが首を捻る。

「向こうの動物の名さ。しかし、封じられることにより使える魔力が上がるのか、それともそもそも潜在能力が高かったのかはわからないが、君たちの力はなかなか興味深いな」

 しげしげと眺めてくるトラルドの視線に困惑しながら、エニシはふと気づいたようにトラルドに聞いた。

「僕はこれから、魔術を使えるようになるんですか?」

「ああ、もちろん。あの子はもう一度封印されてしまったから無理だけどね」

 振り返って、白い獣を見やる。

「僕が、魔術師に……」

 掌を見ながら感慨深げに呟いたエニシが、はっと顔を上げる。

「これは、封じられてない人、本当に生まれつき魔に通じる道?を持たない人だと、どうなるんですか?」

「魔術師になる」

 断言した。

「そんなことが、可能なんですか……」

 驚いているエニシへ、トラルドが先手を打って遮った。

「だからといって、人類全てに月光を浴びせて回るのは、現実的ではない。特殊な事情で封じられている人もいる」

「でも、オトハがいて、この雲があって、後は志を同じくする人がいてくれれば、全ての人が魔術師になれる、という選択肢を持てるということですよね?」

 目を輝かせて、トラルドを見る。

「様々なしがらみや、それを阻むものもいるだろうが――」

「そんなの関係ない! なりたいものになれる、やりたいことができる。その自由を、平等と呼ぶんです。僕は、選ぶことすらできなかった――」

 拳を握り締め、唇を噛んだ。それを見て、オトハが息を呑む。

「エニシ、やっぱり――」

「魔術を使わないという選択肢もあるし、それはそれでいいと思うよ。でも、仕方なくじゃなく、僕が自ら、選びたかった。そんな風に世の中をできるなら、したい」

 物事が目まぐるしく進展していて、少女の理解する世界の範囲ではなかなか追いつかない。

 少年は、いつの間にそんなことを考えたい他のだろう。つい今しがた間で農業高に行くと言っていたのに、今や世界の人々に魔術師になる自由を与えたい、などと大それた野望を語っている。今までずっと温めていた考えなのだろうか。それとも、少年は直面した状況によって、急激に変わるものなのだろうか。

 オトハの戸惑いを余所に、その力強い宣言に、トラルドが不意に手を差し伸べた。

 その手を、不思議そうにエニシが眺める。

「えっと……」

「私の跡を継がないか、キズナ・エニシ」

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