第30話 順序数の和の計算

「ちょっと受け取ってくるね」

湾が玄関へ向かう。


受け取ったのは大きい正方形の入った袋。


「なんだか少し楽しくなってくるよ」

湾は子供のように言う。

「パーティみたいな感じはするね」

「何飲む?ビールでもいく?」

「ビール飲んで順序数について来れるかな?」

「コーラでも飲む?」

「その退廃的な感じ、好きだよ」 


湾はさっとお皿とコップを用意して、すぐに食べられる態勢になった。同時にナイフとフォークも用意する。


「ピザ食べるのにナイフとフォーク?」

「あれ?おかしい?」

「普通手づかみでは?」

「でもノートとペン使うでしょ」

「変な感じだ。手づかみのほうが退廃的な感じがしてよい。ナイフとフォークで食べるピザだと少し高級感がありすぎるな…」

「まあ、そう言うなら…」

湾はナイフとフォークを片付ける。


ピザを食べながら話す。


「ところで、この順序数の話、どこまでいくの?」

「どこまで、というのは難しいな。大きさの話かな」

「というか、目的の話?順序数を考えると、何か楽しいことがあるんだろうか」

「わからない」

「わからないのかよ」

「うん」

「大きさの話だったら?」

「行けるところまで、だね。でも」

藍はもったいぶるようにピザを食べきってから続ける。


「最後まで厳密にいくよ」


片付けが終わると早速藍が話を続ける。


「まず、和を作るために順序数を整列集合に直すんだけど、文字が足りなくなる心配はない。まず、順序対を定義する」


順番を気にする二つの項の組a,bを、

(a,b)

と書き、次のように定義する。

∀x(x∈(a,b)↔(x={a}∨x={a,b}))


「たとえば、1,4の順序対はこうなる」

(1,4)={{1},{1,4}}

「まあ、この定義は特に気にする必要はなくて、順番を気にする二つの項を作れることが大事。さて」

湾に話す隙を与えないように接続詞を継ぐ。


「二つの順序数αとβに対し、順序対の集合AとBを次のように定義しよう」


A={(x,0)|x∈α}

B={(x,1)|x∈β}


「例を作れる?」

ようやく藍は湾に目線を向ける。

「えっとね、α=3とβ=4ならこういうことだね」


A={(0,0),(1,0),(2,0)}

B={(0,1),(1,1),(2,1),(3,1)}


「そういうこと。これは共通部分を持たないよね。それぞれの順序数の要素に、0や1を付加することで、各"数字"に色を付けたイメージだ」

「色?」

「3の要素0,1,2を赤く塗って、4の要素0,1,2,3を青く塗ると、3の要素1と4の要素1が区別できるよね。実際は赤とか青とかでなく、0の色と1の色を塗ったイメージ…まあわからなくてもいいけど」

「いや、言いたいことはわかるよ」


「さて、これでどんな集合にも和を定義できることがわかった。では例題3つだ」


第一問

ω+3


第二問

3+ω


第三問

ω+ω


「それぞれの順序数の和が、どのような整列集合なのかを見極めよう」

藍は教師さながらに宣言する。


「まずはω+3、か。定義に戻るべきだよね」

「もちろん」

「長い…」


α,β∈ONとする。

α+βを以下のように定義する。

αと順序同型な整列集合を(A,<)

βと順序同型な整列集合を(B,≪)

とし、A∩B=∅となるようにA,<,B,≪を定める。

ここで、二項関係◁を、以下のように定める。

∀x,y(

(x,y∈A→(x◁y↔x<y))

(x,y∈B→(x◁y↔x≪y))

((x∈A∧y∈B)→x◁y)

)


このとき、

α+β:=

Ord(A∪B,◁)


「さっきの藍の方法で、ωと3に色を塗ってみよう」


A={(x,0)|x∈ω}

={(0,0),(1,0),(2,0),(3,0),…}

B={(x,1)|x∈3}

={(0,1),(1,1),(2,1)}


「これでいいよね」

「良い。その時のそれぞれの大小関係は?」

「順序対の第一項にそのまま大小関係入れればいいよ」

「論理式でよろしく」

「うっ…」


湾はノートに書き始めようとしては迷って止め、を繰り返している。


「順序対の左とか右とかってどうやって指定すればいい?」

「そうだな、こういう記号を定義したらどうだろう?」


順序対(a,b)の左を取り出す記号を[L],右を取り出す記号を[R]とし、次のように表記する。

(a,b)[L]=a

(a,b)[R]=b


「ああ、こんなのでいいの?」

「新しく記号を定義しないで取り出すこともできなくはないけど、難しくなるからこうしよう」

「じゃあ、これでとりあえず書いてみる」


A={(x,0)|x∈ω}

={(0,0),(1,0),(2,0),(3,0),…}

に対して、関係記号<を次のように定義する。


∀x,y∈A(x<y↔(x,0)[L]∈(y,0)[L])


「こうかな」

「これでは上手く行ってない。多分、xとyがどのような項か混乱している」

「あれ?」

湾は式をよく見直す。

「そうか、xとかyは順序対だもんね、ってことは、これでいいのかな?不思議な感じ」

湾は式を書き直す。


∀x,y∈A(x<y↔x[L]∈y[L])


「そう。それでいい。たとえば、2と7は比較できてる?」

「えっと、こうだよね」

湾は注意深く確認しながら式を作る。


(2,0)<(7,0)↔(2,0)[L]∈(7,0)[L]


「よし。それでいい。B=3ほうは?」

「ほとんどコピーすればよさそう」


∀x,y∈B(x≪y↔x[L]∈y[L])


「よし。いいね。では、いよいよAとBの和集合に全順序を入れよう」

「これも定義に戻って確認すればいいね」


ここで、二項関係◁を、以下のように定める。

∀x,y(

(x,y∈A→(x◁y↔x<y))

(x,y∈B→(x◁y↔x≪y))

((x∈A∧y∈B)→x◁y)

)


「あれ、なんかめっちゃさっきの式と似てる」

「うん」

「ちょっと、ちょっと待って、何か思い付きそう」

「待つ」

湾はノートの上で試行錯誤をくりかえす。


x◁y:↔

(x[R]=y[R]→x[L]∈y[L])

(x[R]≠y[R]→y[R]=1)


「これ、どう?」

「あーあ」

藍はがっかりしたようにため息をつく。

「え、なにか悪いことあったかな」

「最後にここに持っていって感動してもらおうと思ったのに先回りされちゃった。こう見ることもできる」


(a,b)と(x,y)の◁での比較を次のような手順で行う。


a₁<b₁ならば

(a₀,a₁)◁(b₀,b₁)


そうでないなら、

a₀<b₀ならば

(a₀,a₁)◁(b₀,b₁)


そうでないなら、

(a₀,a₁)=(b₀,b₁)


「これは、右の項で大小比べして、等しかったら左の項で大小比べする。キーワードは辞書式順序だ。今回は順番が逆だけど」

「辞書式順序?」

「辞書で調べるときは、一文字めを見て、それから二文字めを見て、と探していくよね。そして、左側の文字が早いほど、早くに載る。例えばこう」


◀を、日本語の辞書式順序とする

あい◀あお◀あか◀かい◀かく◀きく◀わん


「たしかに。うちらの名前でサンドイッチされてるね」

「そう。私の名前は、日本語の名ではおそらく辞書式順序で最小。"愛彩ああさん"でも居れば話は別だが。そして、湾は日本語の辞書式順序ではほぼ最大。"湾司わんじさん"なら居そうかな。まあ、ほぼ最小とほぼ最大の名前で良いカップルだね?」

藍は微笑みかける。

湾は照れたようにノートに向かって、定義を確認する。


「じゃ、最後、新しい整列集合を作るね」


二つの集合

A={(x,0)|x∈ω}

={(0,0),(1,0),(2,0),(3,0),…}

B={(x,1)|x∈3}

={(0,1),(1,1),(2,1)}

の和集合A∪Bに、二項関係◁を次のように定義する。ただし、[R]は順序対の右側、[L]は順序対の左側を取り出す記号とする。

x◁y:↔

(x[R]=y[R]→x[L]∈y[L])

(x[R]≠y[R]→y[R]=1)


「こんな感じに整列するね」


(0,0)◁(1,0)◁(2,0)◁(3,0)…

◁(0,1)◁(1,1)◁(2,1)



「そして、順序数を計算するよ」


集合A∪Bと二項関係◁は整列集合を成す

このとき、定義域をA∪Bとする関数Gを次のように定義する

G(x)={G(a)|a◁x}

このとき、(A∪B,◁)の順序数をord(A∪B,◁)と書き、次のように定義する

ord(A∪B,◁)={G(k)|k∈S}


「今回最小なのは、(0,0)、次は(1,0)、とこうなるね。だから…」


G((0,0))=0

G((1,0))=1

G((2,0))=2

G((3,0))=3

G((0,1))=


「これは…」

「定義に戻ろう」

藍は式を指さす。


G(x)={G(a)|a◁x}


「これに代入すると、こう」


G((0,1))={G(a)|a◁(0,1)}


「さて、(0,1)より小さい順序対に対応する順序数全体はどのような集合だろう?」

「0から始まって、自然全体だね」

「それはなんていう順序数?」

「ωだ」

「だから、こう」


G((0,1))=ω


「えーと、あれ?」

「(0,1)未満の順序対に対応する順序数全体は自然数全体、つまりωなので、G((0,1))はωに等しい。そもそもGは自身未満の項に対応する順序数全体の集合だからね」

「難しいけど、なんとなくわかった」

「これから何度も練習するからね」

「はい。とりあえず、こうだね」


G((0,0))=0

G((1,0))=1

G((2,0))=2

G((3,0))=3

G((0,1))=ω


「こう書き加えると少しわかりやすい」

藍は書き加えた。


G((0,0))=0={ }

G((1,0))=1={0}

G((2,0))=2={0,1}

G((3,0))=3={0,1,2}

G((0,1))=ω={0,1,2,…}


「なるほど、たしかにわかりやすい」

「じゃあ、(1,1)は?」

「えっと、今書いた順序数全部だよね、だから、こうか!」


G((1,1))=ω+1={0,1,2,…,ω}

∵G((1,1))=ω∪{ω}=ω+1


「じゃあ、その次は?」

「こうだね」


G((2,1))={0,1,2,…,ω,ω+1}=ω+1+1


「よし、これが最大元だから計算終わりだね。順序数求めるよ」

湾は元気よく宣言して書き続ける。


ω+3=Ord(A∪B,◁)

={0,1,2,…,ω,ω+1,ω+1+1}


「よくできました」

「やったね。時間はかかったけど」

「まあ、どんな順序数同士でも和ができることや、辞書式順序とか、寄り道しながらだから仕方ない」

「それはそうか。で、次の問題は、と」


第二問

3+ω


「あれ?今回と同じじゃないの?」

「今回AとBに非対称性があった。だから和の交換法則は成り立たないかもしれない。やってみようか」

藍は不敵な笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る