第24話 記号間のルール

それから5日経った。


湾は、プロジェクトのために飛び回っている。なかなか藍に会う日を作ることができない。藍も藍で忙しい時期に突入し、日々パソコンに向かったり、資料を探しに行く日々だ。


湾はふと思い立って藍にメッセージを送る。


***

最近忙しくて全然連絡取れてないけど、近々会えない?

***

時間は作れそう。明後日とかどう?湾の予定は?

***

良いね。明後日の午後どうだろう。できればお昼ご飯も一緒に

***

完璧。じゃあ、楽しみにしてるね。夜はいつまで時間あるの?

***

今のところずっと予定空いてるよ。次の日は午前10時から仕事だ。

***

OK。うちに泊っていく?

***

そうしよう。じゃあ、そのつもりで準備する。お昼のレストラン予約していい?

***

いいよ。12時集合で、間に合う時間にしよう。

***

わかった。今回はこちらが払うからね。先週たくさん泊めてもらったお礼。

***

そう?悪いね。ありがとう。

***

楽しみにしてるね。

***

うん。私も。体調に気を付けて

***

ありがとう。藍もね

***


最近、論理式に触れてないな。まあ、2日間論理式漬けだったのが不思議だっただけで、この話題もこれで終わりかな。よく考えたらε-N論法なんて専門家っぽいことよくやったなあ。もう少し知ってみたい気もするけど、でも難しいんだろうな。藍も、いつまで論理式について教えるのに興味持ってくれるかわからないし。


二日経って、湾は待ち合わせ場所に6分前に着いた。藍はすでにいた。


「早いね」

「午前中何もなかったから本屋寄ってから来たんだ」

「何買ったの?」

「いや、何も。本屋って目的無く行っても楽しい」

「そうだね」


二人は少し歩いて予約してあるレストランに向かう。


「ご予約されている五十藤様ですね。お待ちしておりました」


「いいね、予約した昼食なんて久しぶり」

「最近忙しかったからたまにはね」

「何か面白いことあった?」

「うーん、変わったことと言えば、プロジェクト仲間が自然数が整列集合であること、なんて話してたよ」

「それは変わったことだねえ」

「藍と論理式の話をするようになってから、数学が寄ってきたのかな」

「ね、湾は、なんで論理式の話を始めたか覚えてる?」

「なんでだっけ」

「思い出して」

「そうだ、0って何?って話だったね」

「そう。その話、続きやろう」

「お、それは楽しみ」

「あのとき、"フォン・ノイマン構成"とか"順序数"とかそんな単語を出したけど、ほとんど説明してなかったから」

「あれ、もう一週間前の話なんだなあ」

「そうだね。それでその前に、ちょっとやりたいことがあるんだ」

「やりたいこと?」

「そう。今まですっ飛ばしてきたけど、"ならば"とかをしっかりやる。もっと言うと」


藍はすこし躊躇うように呼吸してから宣言した。


「記号間の関係をやろう」


藍はノートとペンを取り出して書き始めた。


「まず量化記号は"すべて"と"存在"があるんだけど、この二つにはこういう関係がある」


∀x(¬(φ))

¬(∃x(φ))


「これは以前やったかな」

「以前やったかもしれない。さて、これを利用すると、どちらかの記号は実はなくても良いことがわかる」


∃x(φ)

¬(¬(∃x(φ)))

¬(∀x(¬(φ)))


「なるほど、"否定"の記号を二回つけても同値だから、その片方だけを中に送り込んだんだね」

「そういうこと。おなじようなことを論理結合子にもできる」


¬(A∨B)

(¬A)∧(¬B)


「AとBのカッコは省略したよ。ところで、これをなんていうか覚えてる?」

「ド・モルガンの法則」

「いいね。その通り。じゃあこれを使って、"かつ"の記号が不要であることをやってみよう。これも二重否定をするんだけど、湾、わかる?」

「やってみる」


A∧B

¬(¬(A∧B))

¬((¬A)∨(¬B))


「いいね。これで、量化記号は一つで十分だし、論理結合子も一つで十分であることがわかった。では"ならば"も不要なことを言おう」


A→B :↔

(¬A)∨B


「"AならばB"は、"AでないまたはB"と読み替えてよい。むしろ、これが"ならば"の定義だ」

「ならばの定義?あれ?なんか不思議。"AでないまたはB"って条件とかそういう性格なさそうだよね」

「そうなんだけど、いままで"ならば"を見ていたとき、前提が不成立なら成立、前提が成立なら右側も見て成立しているときに全体も成立、だったよね」

「うん」

「ということは、"AならばB"は、Aが不成立ならとりあえずOKだから、"Aでない、または~"となることは想像できない?」

「なるほど、Aが不成立ならとにかくOKということを主張していくんだね」

「そう。その上で、Aが成り立たなければBが成立していなければいけない。逆に、Bが常に成立していれば、"AならばB"も常に成立しているしね。表にすると、こう」


A→B

A\B ┃成立┃不成立

成立 ┃成立┃不成立

不成立┃成立┃成立


「これはどうやって見るんだ?」

「例えば、Aが不成立でBも不成立のときは一番右下を見ればいい。もう少し実際の例を出すと」


x=3とする。

xは偶数→xは4の倍数


「これは全体でみると成立している。xは偶数じゃないから前提が成り立っていない」

「お、わかりづらい」

「x=2なら、不成立」


x=2とする。

xは偶数→xは4の倍数


「なるほど、xは偶数だけどxは4の倍数じゃないもんね」

「そういうこと。だから、この式は不成立」


∀x∈ℕ(xは偶数→xは4の倍数)


「それはそうだ」

「そして、反例の定義はこう」


∀x(φ₁(x)→φ₂(x))の反例とは、

φ₁(s)∧(¬φ₂(s))となるsのこと。


「ああ、これは似たようなことを和音さんから聞いたな。こんな論理式ではなかったけど」

「和音さん?だれ?」

「ああ、プロジェクト仲間の人」

「そう。では、"AならばB"は"AでないまたはB"と書き換えられることにして、"AとBは同値"も書き換えてしまおう。そもそも"同値"はこの省略だったね」


A↔B :↔

(A→B)∧(B→A)


「そうだったね」

「じゃあ、これを今までの知識を駆使して書き直そう」


(A→B)∧(B→A)

((¬A)∨B)∧((¬B)∨A)

¬((¬((¬A)∨B))∨(¬((¬B)∨A)))


「これでひとまず基本的な記号になった」

「なんて複雑な…」

「とりあえず、"または"と"否定"に直せることが大事で、別に最終形がどうなろうと別に構わない。ちなみに、"同値"の表はこう」


A→B

A\B ┃成立 ┃不成立

成立 ┃成立 ┃不成立

不成立┃不成立┃成立


「AとBの成立不成立がそろっているときに成立、ということ」

「うん、わかったよ」

「つまり、今まで見てきた論理演算子は、次の記号だけで事足りることがわかる」



「おお、たった3種類か」

「そういうこと。でも、カッコが多くなりすぎるし、さすがに読めないからどんどんいろんな記号を使っていくけどね」


「お待たせしました。前菜の辛子蓮根と椎茸の煮つけでございます」


「ということなので、記号間のルールについてはここまでにしよう。まずはおいしい昼食に集中!」

「いただきます」

「いただきます」

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