第13話 ε-N論法 応用
「私の教えられることはもう終わったから、あとは湾に任せるよ。私もどういう論理式が展開されるか楽しみになってきた」
「よし。まずは…状況の整理だよね」
「うん。どういう数列を考えたいか」
湾は新しいノートに書き始める。
2.5
100
34.9
7.7
7.7
7.7
7.7
…
(以降全部7.7)
「こういう数列を考えたい」
「いいね。まず名前を付けてみようか」
「そうだな…、あるところから数列が動かなくなるから、"停止する数列"とかどう?」
「楽しい名前だね。じゃあ、こういうのは停止する数列?」
今度は藍が書く。
4
7
7
4
7
7
…
(以降4 7 7を繰り返す)
「いや、これは停止しないな」
「じゃあこういうのは?」
2
3
3
3
「あれ?"…"は?」
「無いよ」
「今は無限数列だけ考えたい」
「じゃあ、こういうのは?」
4
4
4
…
(全部4)
「これは停止する数列だね」
「じゃあこういうのは?」
1
1
0
0
1
0
…
(以降平方数番目は1、それ以外は0)
「これも停止しない…、なんだか藍って面白いね」
「なんで?」
「普通に考えて、わかりそうなものをどんどん質問してくるから」
「そうかな。まあ言いたいことはわかってるんだけどね。でもいろんなパターンを考えて、論理式を厳密にしたいよね。ワイエルシュトラスがきっといろいろ試行錯誤を繰り返したように。じゃあ意地悪を1個」
「え?」
「これは停止する数列?」
π
アメリカ
地球
猿
金
金
金
金
金
…
(以降全部"金")
「なんだこりゃ」
「なんか停止する数列っぽくない?」
「いや…そうだけど…、そのなんていうか…」
「どうする?これも停止することにする?」
「そうしてもいいけど、今は実数だけで考えるよ」
「わかった」
「先進んでもいい?」
「うん」
定義したいもの:停止する数列
停止する数列とは、無限数列で、ある項から先は全て同じ項になるもの
「いいね。まとめるの上手い」
「あ、無限数列って論理式で言うの難しそう」
「もちろん論理式で言えるけど、そこは今は日本語でよさそう」
「そうだね。じゃあこういう書き始めにしたい」
数列{aₙ}が停止するとは、{aₙ}が実数の無限数列であり、以下の論理式が成立することをいう
[論理式]
「どう?」
「カッコいい」
「よっしゃ。じゃあ早速論理式を書き始めたいけど…、う〜ん」
「さっき停止する数列を日本語で書いたでしょ、そこから考えよう」
停止する数列とは、無限数列で、ある項から先は全て同じ項になるもの
「どう考える?」
「既に無限数列という言葉はあるから、この部分はいらないね。ということは、"ある項から先は全て同じ項になるもの"を言いたい」
「うん」
「ある項から先は…、そういえばこれ、ε-N論法にも似たものがあったような。ちょっとε-N論法の論理式見せてくれる?」
藍に、前のノートを広げてもらう。
∀ε>0,∃N∈ℕ,∀m∈ℕ(m>N→|r-aₘ|<ε)
「えっとたしか、全ての正の実数であるεに対して、自然数Nが存在し、N番目から先の項は全て論理式が成り立つ、だったよな」
「そうだね」
「ということは、これを真似してみるか」
∃N∈ℕ,∀m∈ℕ( … )
「これで、例えば
a₀=4
a₁=3
a₂=7
a₃=2
a₄=2
a₅=2
…
(以降ずっと2)
という数列なら、aₘのmは3以上であってほしいな。そして、m≧3のときのaₘに求める性質は…と、なんか色々考えられるよ」
「例えば?」
「常にa₃と等しくなっていて欲しい、とか、何らかの数に等しくなっていて欲しい、とか」
「いいね。せっかくだから両方書いてみようよ」
「えっ…」
「がんばれ!」
∃N∈ℕ,∀m∈ℕ(m≧3→aₘ=a₃)
「うーん、惜しい。3は今回の例にしか適用できないよね」
「そっか。えっと、そうだ、3はNなんだった」
∃N∈ℕ,∀m∈ℕ(m≧N→aₘ=a_N)
※a_Nは、aの右下にNが来る記号を表す
「あれ?完成したよ?」
「日本語部分も一緒にやってみよう」
「うん」
数列{aₙ}が停止するとは、{aₙ}が実数の無限数列であり、以下の論理式が成立することをいう
∃N∈ℕ,∀m∈ℕ(m≧N→aₘ=a_N)
「え?これカッコよくない?」
湾はなんだか途端に嬉しくなってきた。
「湾はきっと創作脳だね。でも、自分の考えを綺麗に表すことができたら当然嬉しいものだよ」
「うん、額縁に入れて飾りたいくらい」
「でも、もう一つの方も忘れずに」
「なんらかの数に等しくなる方か…」
「そう。こっちの方は少し難しそう」
「これって、ε-N論法の、極限rみたいなやつだよね」
「それ気付けるんだ」
「だって、数列を特徴付けてる数って感じしない?この数列は要はこの数だよね、みたいな」
「その言葉に私は感動を隠しきれないけど、でもそれはまたの機会に閉まっておこう。今はε-N論法の極限を参考にしようか」
「そうすると、すこし日本語書き換えたくなってきたかも。まずε-N論法の文章もう一回見せてくれる?」
藍はノートを指さす。
数列{aₙ}が収束するとは次の論理式を満たすr∈ℝが存在することをいい、このときのrを極限という。
「真似してみる」
数列{aₙ}が停止するとは次の論理式を満たすs∈ℝが存在することをいう。
∃N∈ℕ,∀m∈ℕ(m≧N→ … )
「sはstopのsのつもり。あと少しだけど、これは簡単かな。全部sになればいいんだから…」
湾はノートのページをめくって、丁寧な文字で書き切った。
数列{aₙ}が停止するとは次の論理式を満たすs∈ℝが存在することをいう。
∃N∈ℕ,∀m∈ℕ(m≧N→aₘ=s)
「どう?藍」
「湾としてはどっちが好き?」
「待って、もっと好きな書き方を見つけた。書き直していい?」
「わかった」
数列{aₙ}が停止するとは次の論理式を満たすことである。
∃s∈ℝ,∃N∈ℕ,∀m∈ℕ(m≧N→aₘ=s)
「ねえ、湾、本当に額縁作っちゃおうか」
「え?」
「明日ホームセンターに額縁と紙と、買いに行こう。そして、これを書いて飾る」
「ほんとに?」
「湾が初めて考案した数学の概念の厳密な定義だ。そして、これは自体がなかなか綺麗で普遍的な概念だから、飾るに値すると思う」
「なんか、ちょっと恥ずかしい気もするけど…」
「恥ずかしくないよ。むしろ今日は2つの記念日になっちゃったな。ところでこの嬉しさの中だけど、一応メニューには無限小数があるんだ。これ、どうしようか」
「もちろんやるでしょ!」
「そうだね、よし。では、湾の買ってきてくれた紅茶、二杯目とともに、無限小数について考えよう」
「あ、用意するよ」
湾は立ち上がったが、膝が震えて上手く立てなかった。なんだか浮ついている気分である。
「あれ…?」
「それね」
藍は微笑みながら言った。
「数学の魔力だよ」
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