第14話 無限小数 特徴

二人の食事だが、宴もたけなわ、という言葉が似あう興奮で部屋が満たされていた。

普段からアルコール飲料は好きな二人だが、今日はアルコールに頼らずとも興奮と幸福にひたり、むしろアルコールはこの会を阻害するものにしかならない。


時間は22時半。食事もすべて終わり、ただちゃぶ台の上にはマグカップが二つと、ノートが二冊あるのみである。


「よし、じゃあ、無限小数の話をしたいけど、その前に小数をしっかり定義しよう」

「小数の定義か…、考えたこともなかったな」

「普段から使う概念ほど、いざ厳密にしようとすると難しいものだね。なぜなら当たり前にわかってるから。でも、逆に言えばすでに知っている概念だから、その特徴をよく観察すればいい」

「やっぱり、はじめは小数の例を眺めるのがいいかな」

「よし。いっぱい小数を書いてみよう」

「じゃあ、まずは普通にこういうの」


3.7

2.9

0.54

25.83


「いいね。さりげなく書いてくれたけど、なにか思うことはある?」

「そうだな…、何桁で終わってもいい、とか、整数部分は0以上の自然数、あ、自然数は0も含むから自然数でいいか。自然数ならなんでもいい、とかあるね」

「負の数でもいいはずだよ」

藍はノートに書く。


-23.1

-90.04


「確かにそうだね。じゃあ整数ならなんでもいいんだ」

「これくらいかな?」

「いや、ちょっと待って…意味ある事かわからないけど、前々からすこし不思議に思ってたこと思い出した」

「なに?」

湾はノートに

345.345

と書く。

「これ、三百四十五点三四五って読んで、整数部分は三百四十五って位を付けて読むけど、小数部分は羅列して読むよね。なんか不思議な感じがする」

「たしかに。それも大事なことだね。メモしてみよう」


・整数部分は整数ならなんでもいい

・整数部分は位を付けて読み、小数部分は羅列して読む


「よし、じゃあ、今挙げたようでない小数、思いつくかな」

「たとえば、こういうのだよね。きっとこれからの話題の中心になるやつ」


0.33333333…

0.16666666…

3.14159265…

2.72727272…

1.41421356…


「いいねいいね。これらは無限小数だ。この中には有理数と無理数があるね」

「うん」


0.33333333… 有理数

0.16666666… 有理数

3.14159265… 無理数(π)

2.72727272… 有理数

1.41421356… 無理数(√2)


「有理数と無理数にどういう特徴があるか知ってる?」

「有理数は繰り返しになるけど、無理数は繰り返しがないんだっけ」

「そうだけど、それだと0.16666…が厳密じゃないかも。これは途中まで繰り替えしじゃない」

「ちょっとまって!これもしかして、さっき定義した停止する数列にそっくりじゃない?」

「そう思う。もしかしたらこの先、あの考えを使うことになるかもしれないね」

「藍は、もうこの先の話題全部知ってて話してるんでしょ?」

「そう思う?」

「だって、自信満々に"講義"をしてるじゃない」

「本当のこと言うと、理屈が頭に入っているだけで、どうなるかはいまいちよくわからずに進めてる。私だって、小数の定義を論理式で書いたことなんてないからね」

「そうなの?え、じゃあ逆に調べないと不安になったりしない?」

「まあ、怪しいと思ったり定義を忘れたりしたら調べるけど、むしろ論理式は"私の言いたいこと"を言うための言葉だからね」

「そういうものなのか」

「話を戻そうよ。さて、小数の特徴を書くよ」


・整数部分は整数ならなんでもいい

・整数部分は位を付けて読み、小数部分は羅列して読む

・有限小数と無限小数がある

・繰り返しがある小数(有理数)と、繰り返しがない小数がある(無理数)


「これで十分小数の例は挙がったかな。じゃあこの特徴をよく…」

「待って」

湾が遮る。

「どうしたの?」

「まだこんな小数があるよ」

藍は不思議な顔をする。湾がノートに書く。


1.350

2.0

-4.000


「最後に0が続くのは理科でおなじみだよね」

「確かに…。すっかり有効数字の話は忘れてたな」

「これくらいかな」

「そうだね。最後の話はこのようにまとめていい?」


・有限小数の最後に0を付け加えても構わない


「なるほど。数学では2と2.0は等しいもんね」

「そう。ついでにこれはどうだろう」


2.6000000…


「まあ、これは2.6と等しい小数ということで誤解は無さそう」

「じゃあ、こうまとめてみよう」


・有限小数の最後に0を加え続けて無限小数にしてももとの小数と等しい


「いい感じじゃない?」

「これ、とても大事で、有限小数を無限小数にできるようになった」

「本当だ。ってことは無限小数を考えれば、有限小数を全部考えられたことになったね」

「そう。そして、有限小数になるとは、小数を数列とみたときに"停止する数列"になることで、s=0ということだね」

藍はさっき湾が作った論理式を指さす。


数列{aₙ}が停止するとは次の論理式を満たすことである。

∃s∈ℝ,∃N∈ℕ,∀m∈ℕ(m≧N→aₘ=s)


「なんだか自分の作った式を使って新しいことが言える感じってたまらないね」

「そう。数学の楽しい一面だよ」

「とにかく、小数の特徴全部並べてみようよ」


・整数部分は整数ならなんでもいい

・整数部分は位を付けて読み、小数部分は羅列して読む

・有限小数と無限小数がある

・繰り返しがある小数(有理数)と、繰り返しがない小数がある(無理数)

・有限小数の最後に0を付け加えても構わない

・有限小数の最後に0を加え続けて無限小数にしてももとの小数と等しい


「さて、これからどうするんだっけ。たしか0.9999…がどういう数なのか、だっけ」

「違うよ」

「違った?」

「それがどうなるかは副産物。私たちの目標は」

藍はいったん呼吸をおいて、湾の目を見て言った。

「無限小数を論理式でとらえることだ」



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