第10話 ε-N論法 定義式

食事の準備をしながら藍が話しかける。

「極限って覚えてる?」

「いや、ほとんど覚えてない。リミットだっけ」

「そう、リミットを使うんだけど、高校の教科書にはどう書いてあるか知ってる?」

「いや、よく覚えてないな」

「私も一字一句まで正確には覚えてないけど、数列の極限はこんな感じ。


数列{aₙ}のnを限りなく大きくしたとき、aₙがある値に限りなく近づくとき、数列{aₙ}は収束するという。収束しないとき、数列{aₙ}は発散するという


どう思う?」

「まず日本語がわかりづらいな。その上で、限りなく大きく、とか、限りなく近づく、とかは怪しい気がする」

「そう。たとえば、nが平方数のときに10、そうでないときに0.1ⁿという数列


10

0.01

0.001

10

0.00001

0.000001

0.0000001

0.00000001

10

0.0000000001

0.00000000001


はnを限りなく大きくすると、10の出る回数は限りなく減る。そして、10以外の数は限りなく0に近づく。この数列が収束するのか、発散するのか、はいまいちよくわからないよね。湾はどう思う?」

湾はノートを取りながら藍の話を聞いている。

「うん、これは0に近づいているから収束してる気がする。nが限りなく大きければ、ほとんど毎回ほとんど0になるわけだね」

「そう考える人がいても不思議ではないのに、この数列は発散する」

「え?そうなの?」

「そう。でもこれは間違えても仕方ない。日本語が厳密でないのがいけないんだ」

「なら厳密にするためには論理式を使わないとね」

「そういうこと」

「でも、どんな論理式になるか、全く想像ができない。まず、書き始めがわからないな。収束の定義を書くの?」

「そう。数列{aₙ}がrに収束する、を定義しよう」

藍はほとんど食事の準備が終わったらしい。

そして、ノートに書いた。


数列{aₙ}が収束するとは次の論理式を満たすr∈ℝが存在することをいい、このときのrを極限という。

∀ε>0,∃N∈ℕ,∀m∈ℕ(m>N→|r-aₘ|<ε)


これを

lim[n→∞]aₙ=r

と書く


「これが今日のメインディッシュだよ」

「ええと、全然文法を守ってないように見えるけど…」

「そうだね。文法を守っていないところは全て慣習的な書き方だ。文法を全て守ると、大変な文字数と読みづらさに困ることになるので、今はこの式を読み取ることに集中しよう。その前に私の料理も食べてしまおう。今晩は長くなるぞ」

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