第7話 共通部分
踊る論理式たち。めぐる素晴らしい発想。どんどん続く論理。・・・
夢から覚める。
「おはよう」
「ん」
「藍、起きた?」
「ねてる…」
「いま何時だろう?」
湾は時計を確認すると7時22分。まあ5時間は寝られただろうか。
「もうちょっと寝かせてよー」
声ならない声で訴える藍。
「でも、もう朝だし…それにしても論理式の夢を見たのは人生初だよ」
「じゃあ私が起きるまでの宿題…、共通部分を定義して」
「わかったよ、先起きて朝食の準備でもしてるね」
「だめ」
「はい?」
「離れたら寒い」
「共通部分考えるにしたって昨晩は紙と鉛筆が無いと論理は考えられないって思い知ったからな。寝ながらは無理でしょ」
「じゃあ、ノートと鉛筆持ってきてここで考えて。命令」
「はいはい」
「早く。寒い」
湾はノートと鉛筆を持ってきて、うつ伏せになって考える準備を始める。藍は湾の背中に頭を乗っけて居心地のいい場所を探す。
さて、共通部分は、例えば…
{1,4,5,6}と{2,3,4,5}の共通部分だったら{4,5}だ。
ふたつの集合AとBから作る共通部分A∩Bの要素はAの要素でもBの要素でもあるもの、だな。
そう考えると、はっきりする。まず、いつものように、∀x( )から始めてみようかな。
∀x(x∈A∩B↔(xはAの要素でもBの要素でもある))
なんだ、簡単じゃないか。
∀x(x∈A∩B↔(x∈A∧x∈B))
はい、できあがり。あれ?これどこかで見たことあるような…、えっと、和集合の定義は、
∀x(x∈A∪B↔(x∈A∨x∈B))
うわ、なんだこれは!
全く一緒…ではなくて、∩と∪、∧と∨がそのまま入れ替わってるだけだ。
これはすごいんじゃないか?なるほど、これなら∪と∨、∩と∧という記号を似せたくなるのもよくわかる。
あれ…∪と∨とか考えていると記号の意味が分からなくなってくるな。似すぎている。
実際に計算も似るのかなあ?たとえばド・モルガンの法則を藍は、
¬((A)∧(B))↔(¬(A))∨(¬(B))
¬((A)∨(B))↔(¬(A))∧(¬(B))
と言っていたな。このまま適用できるかな?いや、わからないな。そもそもこのAは論理式だから集合ではないし…えっと、これは混乱する。
まあいいや、共通部分の定義はできたはず。
「できたよ」
…返事はない。
「藍ー、できたよー」
「…読んで」
「えっと」
あれ?どうやって読むんだ?
湾はノートを見返す。
∀x(x∈A∩B↔(x∈A∧x∈B))
∩は"共通部分"、↔は"同値"、∧は"かつ"
「全てのxに対して、xがAとBの共通部分の要素であることは、次と同値である。xがAの要素であり、かつxがBの要素であること」
「んー、わかんない。合ってそう」
「ノート見てよ」
「目が開けられない。記号そのまま読んで。さっきの言葉だと、カッコの付き方がわかりづらい」
「全て、エックス、カッコ開き、エックス、属する、A、共通部分、B、同値、カッコ開き、エックス、属する、A、かつ、エックス、属する、B、カッコ閉じ、カッコ閉じ」
「正しい」
「やったね」
「確認はしたの?」
「え?」
「確認。和集合も共通部分も具体例で確認した?」
「してない」
「しなさい。私は寝てますので」
「はい…」
まず、和集合の確認をしよう。
∀x(x∈A∪B↔(x∈A∨x∈B))
A={1,3,4}
B={1,5}
としてみる。
このとき、A∪B={1,3,4,5}になってほしい。まず、これが成り立つかを確認だ。
このまま式にいれちゃっても大丈夫かな?
∀x(x∈{1,3,4,5}↔(x∈{1,3,4}∨x∈{1,5}))
えーと、同値はどうやって考えるんだっけ。
湾はノートを見返す。
(X→Y)∧(Y→X)をX↔Yと略記する
なるほど。ということは、X→YとY→Xを両方調べて、そして、∧だから、両方成り立つときのみ成立か。じゃあ、まずは、
x∈{1,3,4,5}→(x∈{1,3,4}∨x∈{1,5})
これは成立するかな?
x∈{1,3,4}∨x∈{1,5}の∨は"または"だから、どちらかが成立すればOK
x=1
x=3
x=4
x=5
の時だけ考えればよい。
x=1なら、x∈{1,3,4}なのでOK
x=3なら、x∈{1,3,4}なのでOK
x=4なら、x∈{1,3,4}なのでOK
x=5なら、x∈{1,5}なのでOK
だからOK
今度は逆向きだ。
(x∈{1,3,4}∨x∈{1,5})→x∈{1,3,4,5}
これは成立するかな?
x∈{1,3,4}∨x∈{1,5}
の条件のもとで…ということは、xは1,3,4またはxは1,5、ということかな。
つまり、xが1,3,4,1,5のとこに調べればいいか。あれ?でも1は二回調べる必要はない。
だから、xが1,3,4,5の時だけ調べればよい。そしてこのときは毎回
x∈{1,3,4,5}
だからOKだ。
よし、確認完了!
…ってこれ、ものすごく面倒じゃないか?和集合の時に成り立つ場合を調べるだけでこれだけ大変なのに、成り立たないときを調べたり、共通部分を調べたりするのか。
何か、もっと短縮できないかな?今のだと、
x∈{1,3,4,5}
x∈{1,3,4}∨x∈{1,5}
のそれぞれが成立するxが一致していればOKだということだ。
だから、例えば成り立たない例
A={1,3}
B={1,4}
A∪B={1,4}
だと、
x∈{1,4}
これの成立するxは1と4
x∈{1,3}∨x∈{1,4}
これの成立するxは1と3と4だから一致しない。だから成り立たない。
よしよし、共通部分を調べてみよう。
∀x(x∈A∩B↔(x∈A∧x∈B))
たとえば、A={1,3,4,5,6}、B={2,4,6}としてみる。
共通部分A∩B={4,6}であって欲しい。これが成り立つか、というと、
x∈{1,3,4,5,6}∧x∈{2,4,6}
がなりたつxは4と6だけだから、OK
あれ?結局共通部分を調べるのと同じことをしているじゃないか。
"共通部分"と"かつ"の違いってなんだ?あれ、同じ記号に見えてきた…。
「ね、藍、起きてよ。"共通部分"と"かつ"の違いって何?」
「じゃあ、起きる。文法の話をする」
藍はゆっくりと湾の身体から離れて起き上がった。
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