1-2 白い朝 灰の朝


 氷の彫刻が黒炎を纏う。少しずつ、しかし確実に氷を溶かし、氷像の主が首を回しながら現れる。

「毎朝毎朝よく飽きないな…てかそこは普通酒とかじゃないのかよ…」

 数秒前まで氷漬けにされていたとは思えない呑気な声を目前の黒ずくめの少女に返す。

 

 黒ずくめの少女ーー

 3年B組出席番号21番、三河理恵。改め聖教会対魔最高偵察官"ミストルテイン"4位、ドリュアス。


 明るい性格でコミュ力も高くクラスの中心にいつもいる女子だったが、自然を異常なほどに好んでおり、他の女子達が渋谷に買い物に行ってる間に高尾や八王子まで行って散策しているような有様だった。それでも友人が居なくならないのは彼女の人徳故か。

 そんなようなので木の精霊を自らの名としている。女性の名前としてはそれはどうかと思ったが、少々強引に略したリアというあだ名は気に入っているようだ。この世界では氷と風、疾走の加護を生かし斥候職として鍛えている。


 ここで、「加護」と「適性」について説明せねばなるまい。この世界には、「適性」と言われるものと「加護」と言わるものが存在する。「適性」は胎児が成長する段階で物質的に得る特徴の一つで、各魔法の行使に大きく関わる適性だ。適性は大半の人間が2つか3つほど所持しており、火水氷土風雷全て所持しているものも稀だが存在する。召喚された勇者達は、神の手によって作られたため全員全ての適性を所持している。

 「加護」と言われるものは、文字通り神が与える様々な分野に関する加護であり、所持していると適性のみの場合より超高度な術の行使が可能である。一般的な魔法使十人と加護持ち一人が打ち合えば後者が勝つというのだからその効果は絶大だ。加護持って生まれるものは六属性適性のそれよりはるかに少なく、持つものは例外なく英雄となる。勇者達は単数ないし複数持っていることがほとんどであり、未だ未知数である真の成功した勇者である5人の加護の数は、先駆者達の賭けの対象になっている。


「私は健康優良児だから酒も煙草もしないの!あんたもレイズももうおっさんじゃない!」

「…気を使ったって出るものはいつまで経っても出ないぞ。」

「…。」

 …どうやら地雷を踏んだらしい。無言で自分の体を見下ろす。召喚の際にどうやら元の生身の体ではなく、神が創造した体を持っているであろうというのが、仮説だがほとんど合っているであろう見解だ。根拠は10年以上経っても成長しない体、排泄物に消化吸収の痕跡が見られないこと、飲まず食わずで10日間ぶっとおしで戦闘しても栄養失調などは見られなかったこと、妙に魔法の媒体として優秀な身体、etc。


 それはつまり、淑女の皆々様方は中学三年の出るところも出ていない体から変化しないといことで。


 ちなみに神聖術で身体を再生した場合は例外的に外見も能力に見合ったものに再構築されるらしく、腕脚はもちろん胴に風穴を空けられた経験も両の指で数えられないリュークはすっかり筋肉質で屈強な体に置換されている。


「…ッ。」


 無言の踏切と共に目視を許さぬ速さの斬撃。しかし剣の腕ではリュークに分があった。

 即座に抜きうった黒刃で刃を流し、返す刀で少女の黒装束を浅く切り裂く。


 少女の白い肌が、朝の爽やかや日差しに照らされ眩しく輝く。


「…てめぇリュカ今度はかき氷にでもなっとくか。」

「…申し訳ありませんでした。」


 結局その朝はミルクを2本奢ることで勘弁してもらい、リューク・イアンを無理やり略したあだ名で呼ぶリアと共に修練場をあとにした。




















 シャワーを浴び軽く汗を流した(リアは服を取り)二人は、ある枢機卿の一人の元を訪れた。


「決行は予定通り行う。現場は各自の判断に任せる。教会、王城の守備の段取りも予定通り。勝利を我らに。」


 異様な程に簡潔なその言葉。教会の最高機関にも関わらず神に祈らないその態度。神は存在するかもしれないが、祈っても助けてはくれない。成す物事は己の手で成す、そう暗に宣言するかのように。

 しかしそれを非礼と咎めるような頭の固いものは、このには誰もいない。


 "エインヘリヤル"第4位ミレイユ・ラグジュアリー


 "エインヘリヤル"第2位ゼノン・ヤークト。


 "エインヘリヤル"第1位ガリア・マウアルケロン。


 3年B組出席番号11番坂本和樹。改め教会戦力最高総括官"ワルキューレ"第2位ユリシス・サープ。


 そして枢機卿2位レイズ、エインヘリヤル3位リューク、ミストルテイン4位ドリュアス。


 聖教会の最高位にあるもの達が会する、明らかに不吉なものを予感させる空気の中、一言だけ発したレイズは即座に解散を伝える。必要性を疑わせる会議だが、それは各員が確認など必要のないことを暗に示す。


「しくじんなよリュカ。終わったら一杯やろうや。」

「何カッコつけてんだシス。てかやたらめったら死亡フラグたてんなよ縁起でも無い。」

「え!これも!?さっきレイズに終わったら告るって言ったらそれも…あってめぇ十字切るな死なねぇよ!?」


 底抜けに明るい彼は勇者召喚の時レイズと共にいたバイザーの騎士だ。今は顔をあらわにしているが、その幼さが残る無邪気な顔は十数年が経過した今も変わらない。

「…まぁ。上手くやれよ。」

「おぅ!」

 何が楽しいのかいつも笑みを絶やさないユリシスを前にすると陰鬱な気分も晴れるようだ。


「…まぁが相手だ。そんなに気ばることもあるまい…行くぞ。」


 微かに呆れるような、ガリアの小さな声。


 静かに結ばれた言葉に、一同が顔を引きしめる。


 人の身をした化け物達が、対なる二枚の盾を、異形の斧を、淡紅の太刀を、十字盾と長剣を、黒杖を、黒剣を、短杖ワンドを手に、静かに放たれた。

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